13、力量の差
要の自宅を出てマンションの駐車場まで安定のお姫様抱っこで移動すると、昨日中華料理屋に置いて行ったはずの要の車が戻って来ていた。
要は車の助手席に絵梨を乗せると学園に向けて出発させた。
「白芭の追撃は気にしなくていいのか?」
要の言葉に絵梨は、ああと気づいたように頬を緩めた。
「その辺はもう脅威に感じる必要はないわ。逆に今頃、相手側は焦ってるでしょうから」
白芭の血がそうさせているのか、【完全紋を持つ者の能力開花は全てを凌駕する】
白芭なぎさは薄い紋しか持ち合わせていないが、白芭の女帝統治下で他にその能力を使える者は今まで彼女しか存在しなかった関係で、昔から相当の野心家だった。
彼女が20歳の時に全ての儀式を受け、正当な後継者である真梨が成長するまでの間に力をつけ実権を握ろうとした時のように、遺言書公開前に祖母の財産を貰うつもりで絵梨を探していたのだろう。
だが、その前に絵梨が能力開花してしまった。その瞬間同じ能力者である白芭なぎさは姉マリンの時と同じようにそれを感知したはずだ。
22年前、彼女は第一儀式後すぐに執り行った〈鍵〉選定中に、姉が第一の儀式を“誤って“行ったことで姉の天才的能力を肌で感じ取った白芭なぎさはその場で泣き崩れたと聞いている。
能力者同士は同じ予言師の力量を感じる取る能力も備わっている。と、白芭には言い伝えられている。
20歳だった彼女は当時、若干6歳の少女よりも自分の能力が劣っていると感じ、どう足掻いても叶わないと思い知らされ泣き出した。
祖母はその場で同じように姉のポテンシャルを感じ取り、そう判断したと言っていた。
第一の儀式の後、あれから白芭なぎさは〈鍵〉を受け取り、能力開花は済ませている。
祖母が白芭の屋台骨を解散させるその時まで、彼女は祖母の元で補助要員の役割を補っていた。
だが祖母が白芭を解散させてからは、その辺の事情を知る術がなくなった彼女は色んな意味で情報不足だ。
4年前に絵梨が第一の儀式を済ませていると知らない彼女にしてみたら、今回寝耳に水だっただろう。
このタイミングで絵梨が最上の〈鍵〉を受け取り能力開花したことで、彼女の能力はほぼ使えなくなったはずだ。
それだけ能力の幅には、血の制約のせいか隔たりがあった。
全ての予言師が自由にその能力を使えれば言うことはないが、どうやら違うと祖母に聞かされたのは姉の婚約直前の頃だった。
『わかり易く言えば、電波で例えるのが丁度いいか。流れている電波の横で強い電子波を流すと妨害されるだろう。白芭の能力もそれに近く、強い力の前では中途半端な力は成す術がないほど無力になるようだ』
そう言っていた祖母の言質が正しいなら、白芭なぎさは捜索途中、後一歩のところで私の居場所を掴めなくなって混乱したことだろう。
「本当に大丈夫なんだな」
「能力開花した今の私に、叶う相手はいないわ」
断言した絵梨の頭をそっと撫でた要は、その言葉を信じて学園に向かった。
駐車場に着いても絵梨は生まれたての子鹿程度にしか足を動かせず、結局要に横抱きにされて理事長室に連れて行かれた。
その様子を理事長室の席についていた真一は、額に手を置いて唸っていた。
「その様子だと一線超えられたのですか?」
「ごめん」
言い訳のしようがない。
要に横抱きにされ、絵梨を抱えている本人がニコニコ顔を向けていれば尚の事だ。
視線を逸らす以外絵梨にも成す術はなかった。
理事長の宇崎真一と知崎要は同級生で、2人とも姉の幼馴染同然でこの9年は皆無だったが、幼い頃からの顔見知りだ。
応接セットの椅子にそっと下ろされた絵梨は、響子を呼んで欲しいと真一にお願いした。
その理由を知っている真一は、すぐに宇崎の本宅にいる彼女に連絡を入れてくれた。
連絡し終わった真一に、絵梨は顔を向けた。
「真兄、今週末に宇崎の管理する旅館に一室、2人分の予約入れてくれる?」
「よろしいですが、誰と行かれるおつもりですか?」
困惑顔の理事長に要が吠えた。
「は?今の状態を見て俺以外の誰と行くって言うんだよ」
当たり前に絵梨の横に座っていた要は言い切ったが、絵梨は半眼で反論した。
「あなたこそ何を言っているの。行くのはあなたとではないわよ」
絵梨の言葉に焦ったように「じゃあ誰と行くって言うだよ!」と詰め寄った要に、絵梨はため息を吐いて視線を下に向けて言った。
「叔母さんよ」
姉の事件以来、ここまで育ててくれた叔母に会うと言われて閉口した要に、絵梨は向き直ると彼にもお願いをした。
「そう言うことだから、あなたにも今週末調べて欲しいことがあるの」
真剣な表情の彼女を前に、わがままを言うことが憚られた要は先の言葉を促した。
「何をすればいい?」
「大学に行って姉さんと婚約者、そして浮き名を流された女性のことを聞き込みをして来て欲しいの。これまでこちら側がいくら調べても誰も口を開かなかったけど、私たちが近すぎる関係性のせいで答えられなかったのかもしれない。あなたの問いになら口を破る人が出てくるかもしれない」
「・・・・それも勘か?」
そっと絵梨の頬に手を添えた要に、絵梨はその手に自身の手を添えて「そうよ」と告げた。
一瞬絵梨から視線を外し思いっきりため息を吐いた要は、視線を絵梨に戻し了承した。
「わかった」
そう言った要の穏やかな表情をそれまで黙って見ていた真一は、まさかと背中に冷い汗を流した。
そこに無遠慮に理事長室の扉が開かれ、2人の男女が入室してきた。
1人は見慣れた恭二、もう1人はスラリとした長身眼鏡女性の響子だった。
2人は室内にいた絵梨ともう1人の男性が頬に手を置いて見つめていることに驚き慄いていた。
面倒なところに面倒な奴(1人)が来やがった。と絵梨は要の手をペッ!と剥がすと、体ごと恭二とは逆の方向に向けたが相手は空気を読まず突っ込んできた。
「お前・・・・・・さては襲ったな!」
絵梨は脳内でカン!とゴングの音が響いた。(宇崎陣営は皆その音は聞こえています)
「あんた相変わらず失礼極まりないわね!」
座ったまま吠える絵梨に迫力はなく、恭二はバカにしたように上から指差してさらに言い放った。
「ダッサ!座ったまま虚勢張っても怖くねーよ!お前が襲わなかったらなんでそんな雰囲気になってんだよ!それとも知崎さんが襲ったとでも言うのかよ!この知崎さんが!!」
大事なことなので2度言いました!と要を指差しドヤる恭二に、このやろう!と絵梨が思っていると、隣にいた要が恭二に真顔で言い放った。
「悪い、俺が襲ってしまった」
その言葉に真一と響子の2人が雷に打たれように驚愕な表情を浮かべる中、恭二は言われた意味が頭に入ってこずキョトンとした。
「え?」
「俺がエリンを襲って貪ってしまった」
誰もそこまで言えとは言っていない!
絵梨は要の太ももを叩くと、要は相貌を崩し絵梨を見た。
この人は・・・。
項垂れる絵梨と、週刊誌熟読者の響子は困惑顔で「これが孤高の紳士?」と呟いていた。
恭二は言われた言葉を理解するとブルブルと震え始めた。
「お前!・・・・白芭の方はどうするんだよ!」
「問題ない」
「どこをどう見たらそんなことを言えるんだよ!」
唾を飛ばしながら言う恭二に、絵梨は埒が開かないので言ってやった。
「自己紹介が遅れたわね。〈鍵〉です」
絵梨はそう言って、要の方に両手を添えてドヤ顔で紹介した。
その横で、おどけて要が「どうも、〈鍵〉です」と言ったものだからその場は静まり返った。
は?鍵?
ポケッと呆けていた恭二夫婦は、その意味を理解して慄き悲鳴を上げ始めたが、真一は神妙な表情でその場面を見ていた。
「やはり知崎はエリンの〈鍵〉だったのですね」
「ええ、そうよ。真兄はマリンお姉ちゃんからそのことを聞いていたわね」
確信があるとばかりに絵梨に言われ、神妙な顔で俯いた真一に恭二が詰め寄った。
「知ってた!?どう言うことだよ!」
詰め寄られても答えない真一に変わって口にしたのは絵梨だった。
要の車でここまでの移動中、絵梨は車に揺られながら仮眠を取った際に、姉と護衛の真一が話していることを夢で見た。
「姉さんから婚約相手が榊原に決まったと聞かされた時にあなたは姉さんにそれでいいのか?と質問したのよね。だって姉さんの初恋は知崎要だと思い込んでいたから」
絵梨の言葉に真一は、驚愕な表情を向けた。
「思い込んでいた?」
「そうよ、私も彼と話をするまでそうなんだと思ってたから、違うと聞いて驚いたわ」
真一が驚愕な表情を要に向けたが、要本人は肯定するように大きく頷いた。
「本当だ。中学3年の冬にマリン本人から言われたから間違いない」
「え・・・マリンはなんでそんなことをしたんだ?」
唸るように言った真一に要は淡々と説明した。
「初恋相手の榊原本人を嫉妬させたくて、あえてそうしていたと言っていたぞ」
その言葉に宇崎陣営は驚き、その後誰1人として言葉を出せなくなった。
「私たちはいくつか見誤った見方をしていたがために、先入観で姉さんの事件と両親の事故の捜査を続けてしまっていた」
絵梨の言葉に誰もが神妙な表情をして俯いてしまった。
「そのために進展しなかった2つのことが、〈鍵〉を受け取った事だしこれからは動くはずよ」
絵梨はこの能力を使ってでも引っ掻き回してやる!と拳を握り込み意気込んだ時に自身のスマートウォッチが7時半を知らせるベルが鳴った。
そろそろ朝練がある生徒が通学してくる時間だ。
それに気がついた絵梨は要に向き合った。
「そろそろ時間ね。要くんここまでありがとう、どうぞお帰り下さい」
え?なんで?という顔をした要ににっこり笑って絵梨は言った。
「そろそろ静波ちゃんの支度も終わる頃でしょう、例の言付けよろしくね」
「言付けなら今ここで電話で済むじゃないか」
「朝練のある生徒が通学して来る前にお帰り下さい」
「エリン!」
「また連絡するから」
いつとは名言はしないが、気長に待っていてくれ。
絵梨のその言葉に溜飲を下げた要は、仕方ないと代替え案を出してきた。
「今日静波の迎えに来るから一緒に帰ろう」
「その頃はまだ仕事中です、一緒に行くわけないでしょう」
「じゃあ、終わったら連絡が欲しい。迎えに来るから」
なんでだよ!今日はゆっくり休みたいんで自宅に帰ります!とそっぽを向いたが、アホが梯子をかけてしまった。
「知崎さんは〈鍵〉だったんだろう。なら一緒にいても大丈夫だろう」
恭二!余計なことを言うんじゃないわよ!
「だって〈鍵〉は最大の電波妨害の核だろう。お前の身が守れるなら、一緒の方がいいだろう」
絵梨は怒りでブルブル震えた。
彼に余計な情報を与えるなよ!
しかしそれを聞いた要は、パア!と明るい笑顔になると絵梨を見て来た。
「嘘だから」
「エリン」
「信じないで」
「もう聞いちゃったから無理だよ」
「恭二!」
絵梨は抗議の声を上げたが、だって本当のことだろうと呆れ顔の恭二の横腹を、響子が思いっきり肘でドスッ!と突いたのはその時だった。
「あんたはどっちの味方なのよ」
妻の言葉に、眉間に皺を寄せた恭二はそれ以上は言葉を出さず口を尖らせた。
二十四の男がそんなことしても可愛くもなんともないわ!
「連絡待ってるから♪」
ルンルンで立ち上がった要に、絵梨は無言で手を差し出した。
その意味をわかっていた要はポケットからある物を取り出し、絵梨の手の上に置いて、名残惜しそうに色っぽい視線を絵梨に向けながら理事長室を出て行った。
「絵梨ちゃん、それは?」
響子の言葉に絵梨は手にした物をぎゅっと握り込むと真一に向き直った。
「まずは生徒の問題を解決しましょう」
これを使って、まずは生徒の憂いを払拭する。
「真兄、これを彼女に持たせることを許可して欲しいの」
絵梨の掌に乗っていたのは小型のテープレコーダーだった。
会議中の会話などを録音するために要が持っていた私物の物だった。
「例の教師の物的証拠を取るってことだね」
「ええ、彼女に降りかかっている2つの問題を上手く行けば今日1日で証拠は揃うはずだから」
絵梨は理事長の真一を見た。
「大きな問題に発展したく無いのは学園側も相手方も同じでしょう。だから早急ではあるけれどあくまでこの学園内でこの問題は処理する方向で動こうと思う」
「警察を介入せずに収拾出来る確信があるんだね」
「ええ、彼女には今日一日我慢して彼らと対峙してもらわないといけないけど、これで事件解決するなら頑張ってくれるでしょう」
「結構荒療治ね」
響子の言葉に絵梨も眉を下げた。
「そうね。でも彼女の問題を早めに決着して残りの学園生活を謳歌してもらいたいからね。ただ彼女1人に押し付ける気もないわ。今日も目に余るようなら途中私が割って入って現行犯で拘束するわ」
ギュッと手の中のものを握り込みながら言えば理事から許可が降りた。
「分かりました。許可します」
それを見ていた恭二が質問してきた。
「で?それはどうやって彼女に渡すんだ?」
「そこは要くんに言付けてるわ。教室に行く前に保健室に立ち寄るようにってね」
テープレコーダーを見つめて言う絵梨を見て、恭二はなるほどと納得した。
「化学教師の方は曜日的に今日で決着をつけられると思う。もう1つの問題に関しては、真兄にお願いなんだけど、今日講習会があったよね」
「はい。全教師対象に義務付けたものですが、それがどうかしましたか?」
「それを明日に変更して欲しいの」
「構いませんが、何をなさるおつもりですか?」
「生徒にとって導く存在の者が生徒の憂いになってるなんて許せないじゃない。だから罠を仕掛けるわ。予定していない持て余した時間を使って餌に飛びつく隙を与えてあげようと思ってね」
悪い笑みを浮かべる絵梨に恭二は「お代官にでなる気かよ」と呆れた表情を浮かべた。
真一は関心し、時代劇大好き人間の響子は「絵梨ちゃんかっこいい!」と褒め称えていた。
絵梨はニヤッと響子を見て「と、言うわけで地味メイクよろしく!」といつものように頼んだ。
地味メイクのついでに素顔になった時にそばかすがあるように特殊メイクも頼んだ絵梨に、響子は力瘤を見せるように右腕を挙げた。
「今日はいつも以上に力振るうわね」
「どうでもいいけど、自分でやれよ。いつまで響子にさせるんだよ」
苦言を言った恭二に大反発したのは響子だった。
「え、恭二くんなんてこと言うの。私がしたくてやってるのに邪魔しないでよ」
「え!?そうなの!」
妻に睨まれてオロオロする恭二に、ザマアと思いながら地味メイクをしてもらっていた絵梨の後ろの席で、真一は宇崎の旅館に週末一室を押さえて貰うメールを打っていた。
明日1話UP予定です。
よろしくお願いします。




