11、道標
気怠さの中、ゆっくり眠りから覚醒して部屋の時計を確認した絵梨は、深いため息が漏れた。
お風呂から出た2人は、要の暴走で第2ラウンドが始まり、すでに夜中になっていた時間だったため、翌日お互い仕事もあるし程々にするべし!と何度も言い聞かせて、なんとか短い時間で要の暴走を止めたのは今から約2時間前のことだ。
疲れているはずなのに泥のように寝れなかったことを、夢に出てきた人物に本気で殺意が芽生えた。
そんな絵梨の横にいた男は腕枕をしていた関係で絵梨が起きたことに気がつき、口づけしようと顔を近づけて来たが絵梨が手で遮った。
「エリン、手が邪魔」
「あえて邪魔してるのよ。なんで起きてるのよ」
絵梨が起きる前に要はすでに起きていたようで、バッチリ目が開いていた。
「俺ショートスリーパーなんだよ」
ふざけんなよ(怒)そこはロングスリーパーであって欲しかった!!
寝てても逃げらるほどの体力は今はないが、少し落ち着きたかった。と、横目で一夜を共にした男を見れば、色気ダダ漏れでまた理性が飛びそうになりギュッと固く瞼を閉じた。
しかし先ほど2時間の間に見た夢を思い出し深呼吸をし気持ちを切り替え、まずはこの体勢を変えようと声をかけた。
「要くん、私の体を起こしてくれる」
元々動かない体だったのに、また好き勝手されて、出来るならこれ以上無駄な体力を使いたくなかった。
休日ならまだしも、数時間後には仕事に行かなければいけないのに異常に体が重かった。
腰に関してはもう感覚すらなくなっていた。
ゆっくりと上半身を起こしてもらい、枕のある上部まで移動した後に腰裏にその枕をいくつか差し込まれて、なんとか座ることが出来た。
汗をかいた後ということもあり肌寒さを覚え布団をバスタオル代わりに体に纏わせ露出を控えめにした。
獣がまたその気になられても困るからというのもある。と剥ぎ取られないように布団をきっちりと脇で腕留めた。
横で要が不服そうにしていたが無視だ。
「確認なんだけど今から約5年前に、ある山の利権の半分を買い取らなかった?」
思っても見なかった話の切り出し方に要は驚いたが、確かにその時期に買わされた記憶があり絵梨の隣で上半身裸のまま頬づえ付きながら答えた。
「買った。確かな筋からの信頼おける情報だと言われて、元々親父に話が回って来たものだったが相手側から買い取れるのは独身でなければ許可が降りなかったとかで、俺が買わされたけど、それがどうかしたのか?」
知崎には二人息子がいるが、長男は現在社長をしている静波の父だ。
かなり歳の離れた弟が要で、あの一族で唯一の独身といえる。
(あの人らしくなく、かなり周りくどいやり方で知崎と縁付けたな)
「ごめん、私のスマホ取ってくれる?どこにあるかわからなかったら要くんのタブレットでもなんでもいい。地図アプリを開いてくれる?」
絵梨の言葉に要はベットサイドに置いてあった自身のタブレットを取ると、地図アプリを開いて絵梨に渡した。
絵梨はそれを受け取り、ある文字を打ち込みそこに映し出された地図を要に見せた。
「その山ってここで合ってる?」
絵梨の手の中でタブレットが示した山を見て、要は驚き目を見開いた。
「ああ、なんでわかったんだ」
その言葉を聞いて、絵梨は力が完全に抜けたようにズルズルと下に擦り下がった。
答え合わせのように質問したことが、悉く模範解答のように夢で見たままの状態に一瞬力が抜けたが、その後は夢の内容を思い出し憤りだけが増した。
「あんのくそババア!」
睡眠不足と気だるさも相まって苛立ちから出た絵梨の言葉に、要は意味がわからずオロオロしたが、本人はそれどころではなかった。
2時間ほどの睡眠中に2度目の回想夢を見た。
祖母の遺言書作成後の場面で、その時に自分宛だと言われた封書の中身を見ていた。
ある山の場所を示す座標とその土地の半分の権利書が添えられていた。
『ここの半分の利権を〈鍵〉の一族に渡して』
祖母はそれらと一緒に譲渡に必要な金額を瀧田に渡しながらそう言った。
『よろしいのですか?かなり破格な値段ですが?』
『構わない。元々この作業も絵梨と〈鍵〉との出会いを画策してのものだ』
『それでも、もう少し言い値でもいいような気がしますが』
『いいや、ここは二束三文の土地だ。少なくとも十年以内に問題が起きる土地だから持っていない方がいい所なんだ』
『そんなところの土地を絵梨様に譲渡するのですか?』
戸惑い顔の瀧田に、祖母は悪戯な表情を向けた。
『絵梨の性格上、白芭の物は一切興味を示さず受け取らないだろう。そうなればここは誰の物になると思う?』
『それは、、、間違いなく分家方の誰かの・・・』
『だろう。だからプレゼントしてやろうと思ってな』
瀧田は、ああと納得して頷いてみたが、懸念も口にした。
『左様ですか。それなら良いのですが、もし〈鍵〉方の方から反発されこの山だけでも絵梨様の元に残す動きを取った場合どうするのですか?』
『・・・・多分そこは問題ないだろう。というのも絵梨の〈鍵〉は私のものより、強固だからな』
『はい?・・・・と、言いますと?』
言われたことにピンと来なかった瀧田の言葉に、祖母は真剣な表情で真正面を見据えて口を開いた。
『過去、白芭の当主たちは相性の区分をABCDの4ランクだけだと思われて来たが、私の代でその上のAA、AAAが存在することがわかったことで、お母様は私に最高の相手を用意したわけだが・・・・実はその上が存在していたのだ』
『どういう意味ですか?』
眉間に皺を寄せた瀧田の横で、それまで姿勢良くベットの上で座っていた祖母は、力を抜いてベットに背を預けて姿勢を斜めに傾けた。
『絵梨の相手を占っていたらAAA以上のポテンシャルを持つものがいると感じてな。古い文献ひっくり返して驚いたんだが、滅多に現れないスペシャルな〈鍵〉は昔も存在していたらしい。ただ何百年とそんな存在がいなかったことで伝説級の似非物語化してその考えは追いやられていたんだが、見つけてしまったんだ』
『ああ、その文献を、ですか』
『いや、文献もだが、絵梨のスペシャルな〈鍵〉もだ』
祖母は瀧田とは違う方向に顔をプイッと逸らし、瀧田はその言葉に呆けた。
・・・・・・・・・。
長い沈黙の後、瀧田が吠えた。
『本気ですか!?あなたが苦労したことをお孫様にも背負わせる気ですか!?』
焦ったように言う瀧田に祖母は罰が悪そうに、それでいて達観したように薄目で自分の手を見ながら言葉を出した。
『苦労と思っていたのは私の気の持ちようでどうとでもなったことを、私は彼を失って初めて知ってしまった。もっと向き合って彼と腹を割って話をしていれば、その考え方は180度違ったものとなっていただろう』
『それは・・・・』
その意味を身近で見てきていた瀧田は嫌でも知っているため、口を閉ざした。
『紋が認めた相手とは、相性とは、お互いが思い合う感情の大きさなのだとわかっていれば、あの行為ももっと幸せに感じれたものを・・・今更だがな』
懺悔するように呟く祖母の気持ちに気付き、瀧田はなるほどと頷いた。
『だから絵梨様の相手をAAA以上のお相手に選ばれたのですね。では差し詰めスペシャルというならば表記はSでしょうか?』
『いいや・・・・・ だ』
『・・・・・はい?』
聞こえた単語が信じられず思わず聞き返した瀧田に、祖母は非情な面持ちで言い放った。
『SSSだ』
ドーン!と漢顔で言った祖母の顔を思い出し、絵梨はズルズルとさらに摺り下がった。
ほぼベットの上に横になった状態で半眼で天井を見つめた。
SSSって何?
自分(祖母)はAAAの夫を持て余したくせに、さらに厄介なものを私に寄越したの?あのばあさんは。
白目で放心状態になっている絵梨を心配して要が声を掛けて来た。
「エリン?」
視線の先に割り込んで来た要を見て、色気ダダ漏れの男に目の毒だなと、なんとか横にあったクッションを要の顔に押し当てた。
『SSSっているんですか?』
冷や汗を出している瀧田に続き、祖母も戸惑い顔になった。
『いたんだ。私も驚いた』
『絵梨様は・・・体が持つでしょうか?』
その言葉に祖母はさらに体の力を抜き、背を完全にベットに委ねると額に手を置いた。
『そこは・・・若いからなんとかなるだろう』
その言い分に絵梨はとうとう看過できずに夢でありながら(おい!ババア!!)と突っ込んだが、祖母は真剣な表情になって優しい口調で話していた。
『それより今のやり取りもSSSの鍵を受け取った絵梨が、この会話を聞いて見ている可能性はあるから、そういう意味であの子が山の権利を持ち続けることはないんだ』
まるでその場面を孫が覗いていることがわかっているように、天井の端を見て話す祖母と絵梨は目が合った気がした。
『絵梨、夢は無意味に見せることはない。そこには必ず意味があると思いなさい。その時は無意味に思えることでも先で必ずその意味を見出すきっかけをくれるはずだ。私たちの仕事はそれら点と点を少しずつ紡いで線にして答えを導き出すことだ。真梨のことや両親のことも膠着した状態からこれから少しずつ動いて行くはずだ』
そこまで自信満々に言った祖母は、眉を下げて目に涙を浮かべて、そこに絵梨がいると本気でわかっているのか言葉をさらに続けた。
『絵梨、ごめんね。本当ならみんなの事も一緒に解決したかったけど、私の体が持たなかった。一人にすることを許してほしい。でもあなたにはこれ以上にない〈鍵〉を用意した。彼はあなたにとってこれ以上のない最強のカードだから。必ずあなたの隣であなたのためにあなただけを見つめて行動してくれるから素直に受け入れなさい。私のことは恨んでもいいから、彼のことは許してあげてほしい』
ポロポロと涙を流しながら言う祖母に、絵梨はそれ以上悪態をつく事が出来なくなった。
(本当、ばあちゃんはずるい)
そんなことを言われたらもう何も言えないじゃないか。
ベットに横になった状態で絵梨の瞳から溢れる涙を見て、要はそっと抱き寄せて力強く抱きしめた。
「大丈夫。泣きたかったら思いっきり泣いていいんだ。これからは俺がそばにいるからエリンは思うように行動すればいい」
ゆっくりと頭を撫でられ一気に涙が溢れた。
「・・・夢を見たんだ。おばあちゃんがした事の数々と思いを」
「うん」
「もっと早くにおばあちゃんの思いを知っていれば、もっと違う言い方も接する事もできたのに、もうそこにその人はいないんだ」
「そうか、、、、もどかしさと虚しさが込み上げて来たんだね。マリンの時と同じように」
そうだ。
あの事件が起きるまで、漠然と家族みんなでずっと一緒にいられると思っていたあの頃を思い出し震えた。
私は何をやってるんだろうな、1度経験して知ったいたはずなのに。
人の命は無限ではないと、いつどうなるかなんて分からないのが人生なのに、姉や両親の時と同じように祖母の事でも過ちを繰り返している。
祖母が預言師という能力を持ち、女帝と言われ強い存在に見えたところで不死身では無いのに。
気がついた時には自分の手の中で砂がこぼれ落ちるように、ただ見ることだけしかできない自分がいて、何もできなかった、しなかったことにもどかしさと虚しさが押し寄せて来た。
もっと早く決断して白芭を継いでいれば、こんな思いもしなかったのだろうか。
自分のことばかりで周りに目を向ける余裕なんてなかった自分にはあの時はあれが精一杯だったが、他の手段があったのかだろうか?
震える手を握り込み、逞しい腕に抱かれ耐えていれば、頭上から声がした。
「エリンもっと悩みなさい」
「悪魔かよ」
優しい口調でも、内容は非道なものに感じ思わず口から付いて出た。
「悩んでその先に思い感じたことを次に活かして行動に移せばいいんだ。あーしておけばよかった、こうしていればよかったと後悔することは生きていればこれからもたくさん出てくる。その先で、どれだけ反省して行動できるかが大事なんだ。そう言う意味でも今は思いっきり泣きなさい。そうすれば頭の中がスッキリして今まで見えて来なかった事も見えてくるようになるはずだから」
姉と同じ年の包容力で諭され、絵梨はその言葉が素直にストンと心に入ってきて小さく咽び泣いた。
あの事件後、無条件に甘えられる存在はいなかった。
祖母や叔母は居てくれたが、早く大人になれ、しっかりしろと言われているようで。自分で勝手に壁を作って必要以上に近づかずに生活して来た。
手痛い裏切りや大事な人をまた失えばもう自分の足で立っていられないほど心が壊れる気がして、、、、怖かった。
でも今は、要の包容力と優しさに触れて不思議と心の底から安心し身を委ねて泣けた。
目の前の男の胸元の肌がどんどんと濡れていたが、相手も気にしないようでただずっと背中や頭を撫でられて、長年耐えてきたことを思い出しとにかく泣いた。
脳裏にこれまでの仲嶺の家族と幸せに過ごした記憶と、あの事件後祖母と言い合いしながらも一緒に過ごした無気力な青春時代を思い出しながら、後悔と懺悔、反省。
そして見えてきた悔悟。
※悔悟:自分の過ちを悔いり、悟ること
経緯はどうであれ〈鍵〉を受け取った今、一族の中で何が起きていたのか祖母も究明を望んでいたと知った以上、この状態を最善と捉えるしかない。
これからは、やらずに後で後悔するくらいなら、与えられた環境の中でこれまで紡いできた一族の想いを馳せながら自分にできることは全力で取り組もうと思えた。
2つの事件究明は、私の望んで来たことでもあるのだから。
そして姉は兎も角、祖母も事件解明の為に、最後の一縷の望みとして絵梨に〈鍵〉を託したのなら、その期待に応えるのが亡くなった家族への何よりの供養のように思えた。
そういう意味でも彼のことも前向きに向きわねば失礼な話だと気づく。
逃げてばかりでは事態は究明するどころか停滞することはこの9年間、嫌でも経験したのだから・・・。
室内の時計の音と絵梨の鼻を啜る音が響いていたが、少し落ち着いてくると涙は止まり確かに頭が冴えてきた。
相変わらず室内には絵梨の鼻を啜る音はするが、薄暗い部屋の中で眼光だけは鋭くなっていった。
明日1話UP予定です。
よろしくお願いします。




