10、紋の祝福と呪い ✩
今回もR15指定です。
もうこの世にいない祖母の心に触れる夢を見て、目を閉じ感傷に浸りながら体育座りをして考え込んだ。
若気の至りとはよく言ったもので、あの頃にもう少し祖母と真摯に向き合えなかったのだろうかと後悔した。
そんな事を考えていたら、急に体が赤子が母の体内にいるような暖かな感覚を覚え、絵梨は意識を覚醒させた。
瞼越しでも分かるほど明るい室内にいるようだと感じ、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
鼻に付くシャボンの香りと暖かな湯気に包まれ、絵梨は逞しい腕に腰を抱かれて湯船に浸かっていた。
身じろぎしたことで後ろにいた人物には意識が戻ったことが分かったようだ。
「起きたんだね、エリン」
お風呂場の中で木霊する奴の声を聞いただけで下半身が疼き、絵梨は苛立ちが先に立った。
「うるさい、獣」
言われたことに身に覚えがある要は、ビクッと体を揺らしたがその腕の力が緩むどころか更に体をギュッとその腕に取り囲まれた。
「私、初めてだったんですけど」
「うん、知ってる」
知っててあそこまでのことをするあなたはなんなの!?
その前に姉から聞いていた前情報の信用のなさよ!
「あなた大学時代にアメリカ留学の頃から付き合ってた彼女に、あっちの方が淡白だからって振られてなかった?」
「なんで知ってんだ!ハッ、マリンか!あいつ余計なことを」
と憤慨し声を荒げた要に虚無顔で絵梨は突っ込んだ。
「情報は正しく言いなさいよ」
恨み節全開で気怠さも相まって背中にある胸板に体を預けて呟けば、拗ねた声が後方から聞こえて来た。
「実際そう言われたんだ」
約半日近く拘束された記憶のある絵梨はあれで?と、後ろの人物に顔を向けた。
「元カノがアグレッシブだったってこと?」
「・・・・自分でも今回驚いてるよ」
そうね。
絵梨は思わず、冷ややかな目を湯船の床方面に向けた。
湯船に浸かってるだけなのに、だんだんとお尻に当たるものの質量が上がって、硬くなってくるってどう言うことなのよ。
「ティーンの頃でもこんなことはなかった」
チャプンっと湯船から音を立てながら本気で戸惑っているのか濡れた手で額を抑えている男を見て、絵梨は自身の白芭の紋を見て神妙な面持ちになった。
これが呪いってことなのかしら。
『白芭の紋って色が変わることもあるんだね』
いつだったか祖母と温泉旅行に行き一緒に湯船に浸かった時、祖母の右胸横を見て言ったことがあった。
白芭の紋の形はシャガと言われる花に似ていて六枚の花びらが広がったような痣をしていた。
本物のシャガの花はあやめに似ていて白地に黄色の斑点を囲むように淡い青や紫の斑点は入っているのが特徴だが、白芭の紋は輪郭は淡いピンク色で細長と大きめの三枚ずつの花びらが交互に並び、大きめの花びらの中に黄色とピンク色の放射状の斑点が存在していた。
姉と自分の紋は綺麗な発色をしているが、祖母の紋は同じ形でも全体が白く、よく目を凝らして見なければ見えないような紋になっていた。
『これは〈鍵〉を受け取ったら自然と消えたものだ』
なぜか不本意と言いたげにムスッとした表情で言われた絵梨は片目をすがめた。
『なんで機嫌悪くなったのさ』
『絵梨、あなたは能力開花を望まないと言ったけれど、もし必要になった場合、覚悟しておくんだね』
『なんでそう脅すような事言うかな?』
『脅しではなく、この紋には祝福と呪いの二面性を帯びている。〈鍵〉の存在は、自分自身にも能力的にも不可欠だが、そこに自分たちの意思はあるんだろうかと不安になることも出てくるだろう』
『どう言う意味?』
『体験してみればわかる。自分たちの意思とは裏腹に強制的に起きる衝動的な行動を取らされる恐怖を』
その時の会話を思い出し、絵梨は自身の体を見下ろして目を眇めた。
紋がある場所を見て、先ほどまであった綺麗に発色した紋はなくなり、祖母と同じ白く存在感がなくなった紋がそこにはあった。
そして先ほどの衝動的な行動に走った2人の行動は、媚薬でも盛られたかのように確かに強制的に起こされたものだった。
これが呪いだと言うなら、酷なことはないだろう。
最悪だ・・・・。
彼の行動の不可解さの原因を知り、罪悪感が押し寄せてきた。
「白芭の呪いのせいね」
思わず口を吐いて出た言葉に要が反応した。
「呪い?」
「そんな気がなかったのに、急にしたくなったんでしょう。それって多分この紋のせいだと思う」
「その根拠は?」
「昔おばあちゃんに言われたことがあるのよ。白芭の象徴と言われるこの紋は『自分たちの意思とは裏腹に強制的に起きる衝動的な行動を取らされる』呪具でもあると」
「・・・・」
「要くんが大学時代に淡白と言われていたなら、今回のことはこの紋のせいでおかしな状態に勝手に持って行かれたと見るのが正解でしょうね」
「確かに俺は昔からそういう欲がほとんどなくて、人から心配されるほどだった。ティーンの頃にアメリカで、周りからの強い勧めもあって当時告白された相手と付き合ったこともあったけど、手を繋ぐことも口付けすることも自分からしたことはなかった」
それが紋を持つ者と〈鍵〉が接触したことで、彼のその辺の機能が完全に崩れていると言うことは、やはりこれのせいだなと自分の右脇した紋に視線を向けた。
そう結論づける絵梨とは違い、要は自分に起きた現象を分析し始めた。
「1つ気になったんだが、呪いって人の意思を動かすだけの威力ってあるのか?」
・・・・・?
言われた意味がわからず、後ろにいる人物の顔を見た。
「白芭の神通力や昔の術師といえど、人の意思は変えられなかったんじゃないか?人の不安や思いに反応してそれを助長させて術を発動させたりしたのが陰陽師だろう。信じない人には術が掛からないのと同じように」
たしかに催眠術とて信じる者と信じない者とでは術の罹り具合が変わるのと同じで、人の感情ほど意思に直結したものはない。
昔の陰陽師の術とて人の意思を変えることは出来なかったことは明らかだろう。
信じる者の意思をほんの少し変えることが術者の思惑だ。
白芭もそう言う意味では疑心を利用し、対象者の意識をほんの少しずらし誘導することはよく用いていた手法だ。
そこに疑心がなければ使えないことと同じように嫌悪を示されれば成功しない術だが、白芭の場合は詐欺師と違うのは言われた通りに行動すれば成功できる道筋を示されて来たことで信頼を得ていたからだ。
ただその話と我々の衝動的な行動とどう結びつくと言うのか?
「そう言う意味でその紋に反応した俺は少なくともエリンを好意的に見ていたから術が発動したのではないかと思うわけだ」
その発想は正しいのか?
疑心暗鬼の絵梨とは違い、要は思ったことを次々と言葉にしていく。
「今日再会してエリンのことを可愛いと思ったし、この9年間は寂しい人生を歩んで来たことに俺も悲しくなって力になりたいと思ったんだ。そこに、甘い匂いに誘われて気がついたらエリンを組み敷いていた」
戸惑う絵梨を、要ははにかみながら見つめて告白する。
「つまり何が言いたいかと言うと、エリンとこういうことになったのは性急ではあったが、俺自身としては今となっては棚ぼたで有難いというか、本気でこの先も真剣に付き合うことを検討してもいいんじゃないかと思うんだ」
その言葉に、絵梨は頭大丈夫?と本気で思い、持論を口にした。
「強制的にそう言う感情に持って行かれたかもしれないのに本気で言ってるの?気持ち悪くないの?」
「大幅にステップを飛び越えてはいるが、俺は案外現実をすんなり受け止めてるし、勘なんだろうな。そこに不快感はないし寧ろ新しい視界が開けて高揚しているよ」
それは、そっちの新しい扉が開いただけで相手は私でなくてもいいのでは?と思ったが、大昔に祖母が言っていた言葉を思い出した。
『真梨、絵梨も聞きなさい。もし大人になって異性のことで不安に思うことがあった時、逃げずにちゃんと向き合うんだよ。私は疑心暗鬼になりすぎて俊明を見誤った。もっと素直になって自分の気持ちも相手の気持ちも腹を割って話をしていれば、もっと楽に生活出来ていたのではないかと、本気で後悔しているんだ』
俊明とは祖母の夫、祖父のことだ。
母が結婚する少し前に不慮の事故で亡くなったおじいちゃん。
今になって、その言葉の意味を正しく理解した絵梨は頭を抱えた。
祖母と祖父はAAAの相性で、そんな祖母は白芭始まって以来の最強予言師、女帝とまで言われた。
紋の反応から見て私と要もそれと同等の相性と見て間違いがないだろう。
つまり祖母も性急な関係になった祖父のことを呪いのせいで自分を相手しているだけで、そこに感情があるなんて思っていなかったということなのかもしれない。
祖父は寡黙な人で、戦後の時代に警察官から自衛隊に所属した屈強な人物だったらしい。
祖母が20歳の時に一族が選定した〈鍵〉として出会った人だったが、とにかく寡黙すぎてコミュニケーションも取りにくい人だったと聞いている。
『亡くなる直前に初めてあの人は、自分の気持ちを口にしたんだ』
『おじいちゃんはなんて言ったの?』
姉の言葉に祖母は眉を下げてそっと目を閉じた。
『命をかけられるほど、私はあなたを愛していました』
そう言った祖母は、静かに涙していた。
『2人に同じことが起きるとは思いたくはないが、もし起きた時は疑わずにまずは心を開いて相手の方と話し合いなさい。白芭の紋の祝福も呪いも表裏一体だが、感情を持たないものには効果はないのだと、あの時私は初めて理解したんだ。2人にとって〈鍵〉はどういった存在になるのかは本人の心持ち1つでどうにでもなるからね。どうせなら幸せと思える人生の方がいいだろう?』
反抗期だった私はその言葉に、「継がないって言ってんじゃん!」と反発したが、正直あの時言われた言葉のほとんどを当時は理解してはいなかった。
だが今ならその言葉の意味を理解出来る。
あの言葉が正しいなら。
要は絵梨を少なからず好意があると言うことだ。
「姉さんそっくりの私に好意を持ってると言うこと?」
「マリンも決して悪い感情は持っていなかった。ただ異性として見れたことがなかっただけで、親友としては最高のやつだったよ。言い方は難しいが何か別の見えないフィルターがかかったようにどこか別な存在としてマリンを捉えていたような気がするな」
なるほど、人の勘も侮れないな。と絵梨は感じた。
要が絵梨の〈鍵〉だったから、彼は姉の真梨を親しくはあるがそれ以上の関係になることを無意識にブロックしていたのかもしれない。
第一の儀式を終えた白芭の人間は、白芭の他の予言師の〈鍵〉のことも感じ取ることが出来ると言われている。
姉が、要自身が絵梨の〈鍵〉だと感じたように、彼も本能でそれを感じ取っていたと言うことなのかもしれない。
【絵梨、自分が感じる感覚を研ぎ澄ますことなく白芭の人間なら悪意と好意は肌で感じられるようになるはずだ。今後はその感覚を信じて自分の人生を謳歌しなさい】
約4年前、宇崎と再会しもう一度亡くなった仲嶺の家族と向き合い、真相を知りたいと思い始めた頃に後継人である瀧田は絵梨の前に姿を現した。
成人したその日に第1の儀式を受けますかと問われ絵梨は、1つ条件をつけて受けることを承諾した。
その時に亡くなったはずの祖母から受け取った手紙にそう書いてあった内容だ。
絵梨は自分が意図せず受け取ってしまった〈鍵〉をこれからどうすればいいのか、悩んでしまった。
要のことは姉の初恋の人だと思っていただけで、彼には何の感情も持っていなかった。
第1の儀式を受けたにも関わらず、姉のように勘が働くこともなく恭二には鈍ちんと言われるほど、恋愛面が皆無だと自覚している絵梨は本気で困った。
好きとか嫌いとかの感情は要に対して、今はないに等しい。
そこへ向けて紋の効力で、先に体の関係を持ってしまったことは、余計に気持ちを置き去りにしてしまった。
「何を考えてる?」
肩口に温かく柔らかいものが当たり、要がそこに口づけてきたことはわかったが、おかしな雰囲気になり始めて絵梨は慌てた。
「要くん一旦離れようか」
「なんで?」
機嫌悪く突っ込むような言い方をした要に、片目をすがめて後にいる彼を見た。
「なんで?正直私はまだ心の整理が出来てないのよ。要くんのこと好きとも嫌いとも今は何も考えられないの」
「ここまで来て嫌いになるってどういう考え方をしているんだよ。エリンは悪魔か」
いいや、そう言う意味ではなくて。
「そもそも紋を持ってるのはエリンの方だろう。加害者側が言う言葉ではないよな」
・・・・・・それを言われると何も言えなくなるな、と思いながら絵梨は本心を告げた。
「感情を動かせる程、要くんのことを私は知らないからであって、これからは知ろうとは思うし、そこは前向きに考えようとは思ってるよ」
「それなら言葉には気をつけてほしいな。少なくとも嫌いというワードは聞きたくない」
「そこはごめんなさい」
そこは素直に謝るが、先ほどから気になっていることを口にする。
「・・・それよりに要くん、それはどうしたことなのかな?」
湯船の中でずっと凶器が臨戦体制の状態に、思わず湯船の中を指差しなぜ収めないと苦言よろしく「さっき散々したよね。なんでまだ起動してるの?」と、眉を顰めた。
「収まってない」
「何が?」
「抱き足りない」
「はあ!?それこそ悪魔の所業でしょうが!私もう無理だからね!」
「大丈夫。今それだけ憎まれ口を利けるなら、まだいけるいける」
嘘でしょう!!
その場を逃げようとするが、先ほどまで酷使した体は力が入らず、足が全く使い物にならず立ち上がることすら出来なかった。
ジタバタする絵梨を要はしっかり抱き上げると、バスタオルでぐるぐる巻きにしてまた寝室に移動して行った。
「体力お化け、嫌〜!!!」
絵梨の声も虚しく、寝室の戸が閉まるとそれ以上の声は廊下には聞こえなくなった。
第2ラウンドが勝手に始まって寝室の中は甘い声と熱気に包まれ、また意識が飛ぶまで弄ばれた絵梨だった。
土日お休みします。
次回UPは月曜日ですのでよろしくお願いします。




