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追放された宮廷調香師は、辺境の村で竜の眠りを解く――香りだけで呪いも戦争も終わらせます  作者: たむ


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第二十七話 夜に咲く子へ

リクは、すぐには手紙を読めなかった。


王妃の小箱は開いた。月見草と金木犀の香りは、王妃の私室いっぱいに広がった。封筒には確かに、自分へ向けられた文字がある。


“リオンへ。

もし別の名で生きているなら、その名のあなたへ。”


けれど、そこから先へ手を伸ばすには、あまりにも長い時間が必要だった。


リクは封筒を両手で持ったまま、ただ立っていた。


アリアンヌも、隣で自分宛ての封筒を見つめている。


リオは、二人を急かさなかった。セリカも口を開かない。ミナは薬草茶を淹れ、リュミナは珍しく食べ物の話をしなかった。メリッサ侍女長は目を伏せたまま、王妃の机の横に立っている。ヴァルツは壁際で膝をつき、震える手を握りしめていた。


最初に動いたのは、リクだった。


彼は封筒を胸に抱え、低い声で言った。


「ここじゃ読まない」


アリアンヌが顔を上げる。


「うん」


「王妃の部屋だからって、ここで読めって感じがして嫌だ」


「うん」


「戻り香の家で読む」


王城の空気が、わずかに揺れた。


メリッサが静かに頭を下げる。


「よいと思います」


リクは少し驚いたように彼女を見た。


「いいのかよ。王妃の手紙だぞ」


「はい。ですが、その手紙はあなたへ宛てられたものです。読む場所を選ぶ権利も、あなたにございます」


リクは封筒を強く握った。


「じゃあ、持って帰る」


「はい」


アリアンヌは自分の封筒を見つめたまま、かすかに迷っていた。


リクは彼女を見た。


「姉さんは?」


アリアンヌの瞳が大きく揺れた。


今度は、リクも「違う」と言わなかった。


ただ、少し気まずそうに視線を逸らした。


「読むの、ここでいいのかよ」


アリアンヌは封筒を胸に当てた。


「私も……戻り香の家で読みたい」


セリカが腕を組む。


「なら、また村へ来るか」


「許されるなら」


「許すかどうかは、リクと村で決める」


リクは唇を尖らせた。


「俺が決めること、多くない?」


「自分の話だからな」


セリカは淡々と言った。


リクは不満そうにしたが、否定はしなかった。


リュミナがようやく口を開く。


「手紙を読む時は、何か食べた方がよい」


「それ、今言う?」


リクが呆れる。


リュミナは真剣だった。


「重い手紙は腹にくる。先に温かいものを入れろ」


ミナが小さく頷いた。


「それは本当にそうかもしれません」


リオも同意した。


「戻り香の家で、食事の後に読みましょう。読むかどうかも、その時に決めればいい」


アリアンヌは少しだけ安心したように頷いた。


王妃の小箱は、二人で持つことになった。


正確には、リクが持とうとし、アリアンヌが「重くない?」と聞き、リクが「重くない」と言い張り、数歩歩いたところで本当に重かったため、結局二人で両側を持った。


その姿を見たメリッサが、口元を押さえた。


「何だよ」


リクが睨む。


「いえ」


メリッサは微笑んだ。


「昔も、よくお二人で一つの籠を持っておられました。中身はたいてい、王妃様に内緒で集めた石や葉でございました」


リクは顔をしかめた。


「覚えてない」


「はい」


メリッサは頷いた。


「ですが、今また新しく覚えればよろしいかと」


リクは何も言わなかった。


ただ、小箱の片側を持つ手に少し力を込めた。


王妃の私室を出る前に、ヴァルツが深く頭を下げた。


「リクさん。アリアンヌ殿下。私は……」


リクは彼を見た。


目には怒りがある。


だが、前のように尖っただけの怒りではない。自分が怒っていることを、少しずつ自分で持ち始めた目だった。


「今は聞かない」


ヴァルツの言葉が止まる。


リクは続けた。


「謝られたら、返事しなきゃいけない気がする。だから今は聞かない」


ヴァルツは深く頭を下げた。


「承知しました」


「逃げるなよ」


「はい」


「俺が聞くって言った時に、そこにいろ」


ヴァルツの肩が震えた。


「はい」


リオは、そのやり取りを記憶に刻んだ。


赦しではない。


謝罪でもない。


ただ、未来に置かれた約束。


それもまた、戻る道の一つだった。


その日のうちに、リオたちは王都を発った。


国王は直接見送りには来なかった。代わりに、短い手紙が渡された。


――リクへ。

――王としてではなく、罪を負う大人の一人として、あなたが手紙を読む場所を選んだことを尊重する。

――私は、あなたに会う準備がまだできていない。あなたも私に会う準備ができていないだろう。

――だから、待つ。

――待つことを、私は学ばねばならない。


リクはそれを読んで、無言で折り畳んだ。


「王様も待つ練習か」


「そうですね」


リオが言うと、リクは少しだけ鼻を鳴らした。


「みんな下手だな」


「だから練習するのでしょう」


「リオ兄ちゃんも?」


「かなり下手です」


「知ってる」


リクは少し笑った。


王都からリューネ村への帰り道、馬車の中には小箱の香りが漂っていた。


金木犀。


月見草。


菫。


白薔薇。


そして、古い紙。


封じられた言葉が、箱の中でまだ息を整えているようだった。


アリアンヌも一緒だった。


今回は王城へ戻らず、国王の許可を得てリューネ村へ向かうことになった。護衛はハルトと数名のみ。メリッサも同行している。王都ではまた騒ぎになるだろうが、国王は「必要な治療である」とだけ告げたらしい。


馬車の中で、リクとアリアンヌは並んで座らなかった。


向かい合って座った。


小箱は二人の間に置かれている。


リュミナはその横で、持ち込まれた干し肉を数えていた。


「三袋」


「数えなくていいだろ」


リクが言う。


「数えないと消える」


「誰が食うんだよ」


リュミナは黙ってリクを見た。


リクは少し考えた。


「……お前か」


「可能性はある」


「認めるなよ」


アリアンヌが小さく笑った。


その笑い声に、リクが一瞬だけ彼女を見る。


「何」


「ごめんなさい。二人の会話が、少し面白くて」


「笑うところじゃない」


「うん」


「うんばっかり言うなって」


アリアンヌはまた笑いそうになり、今度は堪えた。


リクは窓の外を見た。


だが耳は赤かった。


戻り香の家に着いたのは、翌日の夕方だった。


村人たちは、王女がまた来たことに驚きはしたが、前回ほど騒がなかった。リューネ村の者たちは、慣れるのが早い。王女も竜も、何度かスープを飲めば「また来た人」になる。


セリカは村の入口でアリアンヌに言った。


「名を」


アリアンヌは頭を下げる。


「アリアンヌ・リュゼ・ヴァルクスです。リクと共に、母の手紙を読むために来ました」


セリカは頷いた。


「入れ」


リュミナが言う。


「肉は?」


アリアンヌは小さな包みを差し出す。


「干し肉です」


「入れ」


「お前が決めるな」


セリカの声に、村人たちが笑った。


戻り香の家の台所には、夜の食事が用意された。


ミナは消化のよいスープを作った。根菜、鶏肉、少しの栗、喉を温める薬草。リュミナは栗の量が少ないと主張したが、「今日は手紙の日です」とミナに言われ、渋々引き下がった。


リクはあまり食べられなかった。


アリアンヌも同じだった。


リュミナは二人の椀を見て、真剣に言った。


「重い手紙の前に残すのはよくない」


セリカが低く注意する。


「無理に食わせるな」


リュミナは少し考えた。


「では、一口だけ」


ミナが頷く。


「それなら」


リクはため息をついた。


「みんな、食べろって言う」


リオは笑った。


「食べることは、ここでの守り方なので」


アリアンヌは椀を持ち上げた。


「一口だけ」


リクも渋々続いた。


二人がスープを飲むと、リュミナは満足そうに頷いた。


「よい」


食後、小箱は台所の卓の中央に置かれた。


王妃の小箱。


金木犀の木目が、灯りを受けて柔らかく光っている。


リオは香りを整えた。


強くしない。


読ませるための香りではなく、戻れるようにする香り。


リューネ村の薪。


月見草。


金木犀。


白盾の朝の雨。


そして、温かいスープ。


セリカは扉の近くに立ち、ミナは薬草茶を用意し、リュミナは珍しく椅子にまっすぐ座った。メリッサは後ろに控えている。ハルトは外で護衛についた。


リクは封筒を取り出した。


手が震えている。


アリアンヌも、自分宛ての封筒を持っている。


「先に読む?」


リクが聞いた。


アリアンヌは首を横に振る。


「あなたからでいい」


「ずるい」


「ごめ……」


アリアンヌは止まる。


リクは少し笑った。


「まあ、いい。俺のから」


彼は封を切ろうとして、手が止まった。


「リオ兄ちゃん」


「はい」


「読んで」


「僕が?」


「うん。途中で嫌になったら止めて」


「わかりました」


リクは手紙をリオへ渡した。


リオは封を開いた。


紙から、月見草の香りが立ち上る。


王妃エレオノーラの文字。


リオは一度息を整え、読み始めた。


――リオンへ。


リクの肩が震えた。


リオは続けた。


――もしあなたが別の名で生きているなら、その名のあなたへ。


――この手紙を読む時、あなたは私のことを覚えていないかもしれません。母と呼びたくないかもしれません。それでいいのです。


リクは唇を噛んだ。


――あなたから名を奪ったのは、王家です。あなたを隠したのも、王家です。私は母でありながら、それを止めきれませんでした。


――私はあなたを守りたかった。けれど、守るという言葉で、あなたから選ぶ権利を奪ったのかもしれません。


――だから、最初に謝ります。

――ごめんなさい。


リクは目を閉じた。


アリアンヌも涙を浮かべている。


リオは読んだ。


――あなたが生まれた夜、王都には珍しく静かな雨が降っていました。夜明け前、庭の月見草が開いていて、私はあなたを“夜に咲く子”だと思いました。


――王家の光の中ではなく、夜の静けさの中で、自分の時を選んで咲く子。


――だから私は、あなたにリオンという名をつけました。


――光という意味ではありません。王家は何でも光にしたがるけれど、私は違う意味を込めました。


――リオン。

――それは、夜の水面に映る小さな月の道。暗くても、渡れる道。


リクの頬を涙が伝った。


彼は何も言わない。


――あなたはよく泣く子でした。けれど、アリアンヌの指を握ると泣き止みました。アリアンヌもまた、あなたを抱くと霊廟の夜を少し忘れました。


アリアンヌが口元を押さえる。


――あなたたちは互いに、小さな帰り道でした。


リュミナが静かに息を吸った。


リオは声が震えないように、ゆっくり続けた。


――けれど王家は、それを恐れました。


――アリアンヌが霊廟へ繋がれ、エルヴィンが継承者として育てられる中で、あなたの存在は王家の均衡を乱すとされた。あなたもまた封印に使われるかもしれない。あるいは、誰かがあなたを利用するかもしれない。


――私は、あなたを逃がしたかった。


――でも、逃がすために名を封じることが、本当にあなたを守ることだったのか、今もわかりません。


――もしあなたが私を恨むなら、その怒りは正しい。


リクは小さく息を吐いた。


――あなたがリオンであることを選ばなくてもいい。

――あなたが別の名で生きるなら、その名を大切にしてください。

――リオンという名は、あなたを縛る鎖ではありません。暗い夜に、必要な時だけ渡れる小さな道であればいい。


リオは一度言葉を止めた。


リクは両手で顔を覆っていた。


でも、首を横には振らない。


「続き」


彼は掠れた声で言った。


リオは頷いた。


――アリアンヌへも手紙を残します。


――あなたたち二人が、この手紙を同じ場所で読む必要はありません。読む時期も違っていい。けれど、もし同じ部屋にいるなら、どうか互いに急かさないで。


――姉であることも、弟であることも、すぐに取り戻せるものではありません。


――それでも、あなたたちが同じ卓で温かいものを食べる日があれば、私はそれで少し救われます。


リュミナが真顔で頷いた。


「王妃はわかっている」


セリカが小声で言う。


「今は黙っていろ」


リクが涙の中で少し笑った。


リオは最後の部分を読んだ。


――リオン。

――別の名のあなた。

――あなたが誰であっても、私はあなたが生きることを願っています。


――王家に戻らなくていい。

――私を母と呼ばなくていい。

――アリアンヌを姉と呼ばなくていい。

――でも、もし呼びたくなる日が来たら、その言葉があなたの喉で痛くなりすぎないように、私はこの手紙に月見草の香りを残します。


――夜に咲く花は、急ぎません。

――あなたも、急がなくていい。


――エレオノーラより。

――母だった者より。

――もし許されるなら、あなたの母より。


手紙が終わった。


誰もすぐには動かなかった。


炉の火が小さく鳴る。


外では春の夜風が、戻り香の家の壁を撫でている。


リクは泣いていた。


声を殺さずに。


子どものように、けれど自分の声で。


ミナが布を差し出す。


リクは受け取った。


「ずるい」


彼は泣きながら言った。


「みんな、ずるい。怒っていいって言う。呼ばなくていいって言う。急がなくていいって言う。そんなの……」


言葉が途切れる。


アリアンヌが震える声で言った。


「リク」


リクは顔を上げた。


「何」


「私も、読んでいい?」


リクは涙を拭きながら頷いた。


「うん」


アリアンヌは自分の手紙を開いた。


だが、文字を見た瞬間、手が震えて読めなくなった。


リクが彼女を見た。


しばらくして、彼は言った。


「リオ兄ちゃん」


「はい」


「姉さんのも、読んで」


アリアンヌが息を呑む。


リクは視線を逸らした。


「途中で嫌なら止めればいいし」


アリアンヌは手紙をリオへ渡した。


リオは受け取り、王妃の二通目を開いた。


こちらからは、菫と白薔薇、そして金木犀の香りがした。


――アリアンヌへ。


王女の肩が震えた。


――あなたに謝る言葉を、私は何度も書き直しました。


――けれど、どれほど言葉を選んでも、あなたが霊廟で過ごした夜を取り戻すことはできません。


――私は、あなたを救えませんでした。


アリアンヌは目を閉じる。


――王妃として、母として、私はあなたを守るべきでした。けれど王家の仕組み、封印の重さ、民を守らねばならないという言葉に押され、あなたを一人にしました。


――あなたが私を恨むなら、その怒りは正しい。


リクが小さく息を吸う。


同じ言葉。


怒りは正しい。


王妃は二人に、それを残していた。


――リオンのことを、あなたに隠しました。


――あなたがさらに苦しむと思ったからです。あなたが弟を守ろうとして、自分をもっと削ると思ったからです。私はそう言い訳しました。


――でも本当は、あなたに責められるのが怖かったのです。


アリアンヌの涙が落ちる。


――あなたは優しい子でした。優しすぎる子でした。だから私は、あなたの優しさに甘えました。


――ごめんなさい。


リオは喉が詰まりそうになった。


それでも読んだ。


――もしリオンが生きていて、別の名を選んでいるなら、その名を奪わないでください。


――弟を取り戻したいという願いが、彼を縛る鎖にならないように。


――あなたが誰かを救いたいと願う時、どうか覚えていて。救いは、相手の名をこちらの手で決めることではありません。


アリアンヌは両手で顔を覆った。


霊廟で彼女が犯しかけたこと。


苦しむ人々を忘却で救おうとしたこと。


その根にあったものへ、母の言葉が届いていた。


――あなたもまた、自分の名を選び直していいのです。


――王女である前に、封印である前に、罪人である前に、あなたはアリアンヌです。


――そして、もしいつか、弟と同じ卓で温かいものを食べる日が来たなら、急がずに待ちなさい。


――待つことは、何もしないことではありません。

――相手が自分の足で来られるように、場所を空けておくことです。


リオはそこで一度、息を整えた。


リクはアリアンヌを見ていた。


アリアンヌは泣いている。


でも、その涙は霊廟で見たような空白の涙ではない。


痛みが戻ってきた者の涙だった。


リオは最後を読んだ。


――アリアンヌ。

――私はあなたの母であることに、失敗しました。


――それでも、あなたを愛していました。


――愛していたという言葉があなたを傷つけるなら、今は捨ててください。

――必要になった時だけ、拾えばいい。


――エレオノーラより。

――母だった者より。

――もし許されるなら、あなたの母より。


手紙は終わった。


アリアンヌは声を上げて泣いた。


リクはしばらく動かなかった。


そして、ぎこちなく、自分の椀を彼女の方へ押した。


もう冷めかけたスープが少し残っている。


「飲めば」


アリアンヌは涙の中で顔を上げた。


「いいの?」


「残したらリュミナがうるさい」


リュミナは真顔で頷いた。


「正しい」


アリアンヌは椀を受け取り、一口飲んだ。


冷めていたはずのスープは、それでも温かい匂いを残していた。


リクは自分の手紙を見つめた。


「夜に咲く子」


彼は小さく呟いた。


リオは何も言わなかった。


「リオンって、そういう意味だったんだな」


アリアンヌが涙を拭きながら言った。


「私は知らなかった」


「俺も知らなかった」


「うん」


リクは少し考えた。


「今日は、リク」


「うん」


「でも、リオンは……道なら、あってもいい」


アリアンヌの目が揺れる。


「うん」


「うんばっかり言うなよ」


「うん……あ」


リクは泣きながら笑った。


アリアンヌも笑った。


その笑いは、壊れやすく、不格好で、涙に濡れていた。


けれど確かに、同じ卓の上に置かれた。


リオは二通の手紙から立ち上る香りを、小瓶に移した。


月見草。


金木犀。


菫。


白薔薇。


冷めかけたスープ。


二人分の涙。


怒りを許された子どもたち。


母だった者の言葉。


リクが小瓶を見た。


「名前、俺がつける」


「はい」


リクはしばらく考えた。


そして言った。


「夜の道」


リオはラベルにそう書いた。


“夜の道。”


それは、リオンという名の意味。


リクが今すぐ歩かなくてもいい道。


必要になった時だけ渡ればいい、小さな月の道。


その夜、戻り香の家では誰も早く眠れなかった。


リクとアリアンヌは同じ部屋には寝なかった。けれど寝る前、リクは台所の入口で立ち止まり、アリアンヌへ言った。


「また、来てもいい」


アリアンヌは泣きそうになりながら頷いた。


「ありがとう」


「あと、今度は栗多め」


リュミナが即座に言った。


「よい提案だ」


セリカが二人を見て、深く息を吐いた。


「お前たちはすぐ食べ物に戻るな」


リオは笑った。


「戻れる場所があるということです」


セリカは少しだけ微笑んだ。


「そうだな」


外では夜が静かに村を包んでいる。


月は雲の隙間から細く光り、小川の水面に小さな道を作っていた。


暗くても、渡れる道。


リオはその光景を見て、王妃の言葉を思い出した。


夜に咲く花は、急がない。


リクも、アリアンヌも、王国も、まだ途中にいる。


それでいい。


香りは残る。


待つ時間にも、怒りにも、泣いた後のスープにも。


そして、必要な時だけ渡れる夜の道にも。

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