第百十四話 支えを増やす時、重くしすぎない
翌朝、リュミナは座布を三枚持ってきた。
正確には、座布と呼ぶには厚すぎる布の塊だった。竜の腕で軽々と抱えられているが、人間が持てば少し息が切れるくらいの量である。
「椅子が低い日には、座布を足す」
リュミナは誇らしげに言った。
セリカがすぐに眉を寄せた。
「誰の椅子にだ」
「戻り香の家の椅子に」
「全部か」
「念のため」
「念のためで家を高くするな」
リクは吹き出し、ミナも口元を押さえた。
けれど、リュミナの言葉は完全に間違っているわけではなかった。
昨日、国王の手紙にあった。
“椀ではなく、椅子が低い日。”
“座布を足す。”
支えが足りないなら足せばいい。
しかし、支えを足しすぎれば、今度は座りにくくなる。
高くなりすぎた椅子は、人を落ち着かせるのではなく、足を宙に浮かせてしまう。
リオは古い椅子の前に座布を一枚だけ置いた。
リクが座ってみる。
「ちょっと高い」
座布を外す。
薄い布を一枚折って置く。
「これくらい」
ミナが頷いた。
「支えは、多ければよいとは限りません」
セリカが木札を書いた。
“支えを増やす時、重くしすぎない。”
リクがその下に足した。
“座布は一枚ずつ。”
リュミナは少し残念そうに三枚の座布を見た。
「三枚は多いか」
「お前用ならいるかもしれない」
セリカが言うと、リュミナは真剣に考えた。
「竜用座布の制度が必要だ」
「制度にするな」
朝食のあと、アリアンヌから手紙が届いた。
――リクへ。
――昨日、肩の重い飾りを外しました。
――すると侍従たちが心配して、軽い飾りを三つ持ってきました。
――一つ一つは軽いのですが、三つつけると、結局少し重くなりました。
――私は笑ってしまいました。
――支えるつもりが、別の重さになることもあります。
――今日は、一つだけつけました。
――王妃の机の布も、厚い布に替えようとしたら、手紙の下で盛り上がりすぎました。
――薄い布を二枚にしました。
――今日はアリアンヌ。
――王女の服は、軽い飾りを一つ。落とさないようにします。
リクは読み終えて、リュミナの座布を見た。
「三つは重い」
リュミナは静かに頷いた。
「学びが早い」
「お前が学ぶんだよ」
ミナは今日だけの棚に札を書いた。
“支えるつもりが、別の重さになることもある。”
リオが隣に、
“薄い布を二枚。”
と置いた。
セリカはもう一枚足した。
“軽い飾りも、集まれば重い。”
昼前、白盾記録院から報告が届いた。
灰色の箱を扱う部屋に、支援員が増やされる案が出たという。
ヴォルクが空欄の写しを見る時、記録官、審理官、監督官、さらに心理補佐、法務補佐を加えるべきだという意見だった。
安全のため。
不正を防ぐため。
誤解を避けるため。
しかし、試しに五人が机を囲むと、部屋は息苦しくなった。
ヴォルクは箱を前にして、言った。
“見られている数が増えると、空欄ではなく、私の反応を見せる場になる。”
審理官は、その言葉を記録した。
その日の箱の開閉は、記録官と審理官の二人に戻された。
補佐は隣室に控えることになった。
レインは報告を聞き、深く頷いた。
「支えが多すぎると、証言ではなく見世物になる」
ミナが静かに言った。
「守る目と、晒す目は近いところにあります」
セリカは間の棚に札を書いた。
“支援員を増やしすぎると、見世物になる。”
その下に、
“守る目と、晒す目を分ける。”
さらにいつものように、
“免罪ではない。”
リクはその札の横に書いた。
“隣室に控える支え。”
リュミナが頷く。
「台所にもある。そばに立たれると切りにくいが、呼べば来る者がいると助かる」
「お前、料理中に人が近いと嫌なのか」
「味見だけしに来る者は嫌だ」
「お前がよくやるやつだな」
午後、レムリア商市から手紙が届いた。
男が来るかもしれないということで、料理長は入口に椅子を三脚置いた。
座りたい時のため。
誰かが一緒に待つ時のため。
荷物を置く時のため。
しかし、入口が狭くなり、男が来た時、逆に入りにくそうに立ち止まった。
サラ・ベルテはすぐに椅子を二脚下げた。
一脚だけ残した。
男はその椅子に座らず、手を置いた。
そして言った。
“一つなら、道に見える。三つだと、部屋にされる気がした。”
リクはその一文を読んで、ゆっくり頷いた。
「三つだと、部屋にされる」
ミナが言った。
「支えが多いと、相手の場所を決めすぎてしまうことがあります」
今日だけの棚に札が増えた。
“一つなら道。三つだと部屋にされる。”
“支えが、場所を決めすぎないように。”
リュミナは三枚の座布を二枚しまった。
「一つなら道」
セリカが笑う。
「座布は道ではないが、まあよい」
夕方、国王から手紙が届いた。
――リクへ。アリアンヌへ。
――昨日、椅子が低かったので座布を足した。
――今朝、侍従が気を利かせて座布を二枚にしていた。
――私は座った。
――高すぎた。
――しかし、せっかく支えてくれたのだからと言いかけて、やめた。
――支えを受け取る側にも、“多い”と言う権利がある。
――一枚に戻した。
――今日は、スープを飲んだ人。
――追伸。二杯目は半分。匙を二本用意されたが、一本でよいと言った。
リュミナが深く感心した。
「匙二本」
セリカが言う。
「どうして二本いる」
「念のためだ」
「念のためで食卓を混乱させるな」
リクは笑いながら、今日だけの棚に札を書いた。
“支えを受け取る側にも、多いと言う権利がある。”
“せっかく支えてくれたのだから、で我慢しない。”
“匙は一本でよい日。”
夜、リクは低い台と古い椅子を順番に見た。
低い台の支え紙は、薄すぎず、厚すぎず。
仕切りは、低く、風が通る。
椅子の布は、一枚。
三枚の座布は、台所の隅に重ねられている。
「足りない時は足す」
リクが言う。
リオが頷く。
「はい」
「多い時は減らす」
「はい」
「減らすって、悪いことじゃない?」
ミナが微笑む。
「はい。多すぎる支えを減らすことも、支えの一部です」
リュミナは少し寂しそうに座布を見た。
「三枚は待機」
セリカが言った。
「隣室に控える支えだ」
リュミナは満足したように頷いた。
「よい表現だ」
その夜、リオは新しい香りを作った。
一枚だけ足された座布。
軽い飾りが三つ集まると重くなる王女の肩。
隣室に控える支援員。
一脚だけ残されたレムリアの入口の椅子。
多いと言えた王。
一本でよい匙。
ラベルは、
“支えを増やす時、重くしすぎない。”
その瓶は、古い椅子のそばに置かれた。
座布に埋もれないように。
香りは残る。
一枚だけの布にも。
隣室で待つ支えにも。
そして、助けようと差し出されたものが相手を高くしすぎないか、道を部屋に変えていないかを確かめながら、そっと二枚を下げた朝の手にも。




