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追放された宮廷調香師は、辺境の村で竜の眠りを解く――香りだけで呪いも戦争も終わらせます  作者: たむ


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第百九話 仕切りは、壁ではない

翌朝、リクは低い台に置いた小さな仕切りを見た。


百番目の余白。


風が座った跡。


花粉の紙包み。


白い石。


石のそばから少し離した花弁。


それぞれが近くにありながら、混ざらないように、小さな木片で区切られている。


リクはしゃがみ込んで、しばらく黙っていた。


「これ、壁みたいになってない?」


リオが隣で低い台を見た。


「少し、そう見えるかもしれません」


「混ぜないために置いたけど、近くにある感じもなくなったら嫌だな」


ミナが声守草の籠を抱えてやって来る。


「仕切りは、壁ではない方がよいですね」


セリカが頷いた。


「壁にするなら、理由が必要だ。仕切りなら、通れる余地がいる」


リュミナが鍋を火にかけながら言った。


「皿の仕切りも、汁は少し越える」


「越えすぎると困る」


「少しなら味が知り合う」


セリカは少し黙ってから、頷いた。


「今日も妙に正しい」


リクは仕切りの木片を少しだけ低く削った。


完全に隔てる板ではなく、置き場所を知らせる段差のようにした。


どこに何があるかわかる。


でも、見えなくならない。


手を伸ばせば、越えられる。


風も通る。


リクは札を書いた。


“仕切りは、壁ではない。”


その下に、


“混ぜない。でも、見えなくしない。”


朝食のあと、アリアンヌから手紙が届いた。


――リクへ。


――王妃の机の上で、銀の釦と葉と手紙と布を少し離しました。


――でも、離しすぎると、それぞれが互いに知らないもののように見えました。


――母上の机の上で、全部が孤立しているようで、少し寒くなりました。


――メリッサが、小さな線を布で作ってくれました。


――壁ではなく、目印です。


――釦は釦。


――葉は葉。


――手紙は手紙。


――でも、同じ机の上にあることは見えるように。


――今日はアリアンヌ。


――王女の服は、今日は掛け違えた釦を直しました。昨日の偶然は、今日の直しになりました。


リクは手紙を読み、低い台の仕切りを見た。


「同じ机の上にあることは見えるように」


ミナが微笑む。


「大切ですね」


リオは今日だけの棚に札を置いた。


“壁ではなく、目印。”


セリカがその下に書く。


“離しすぎると、孤立する。”


リュミナは粥を椀によそいながら言った。


「豆を嫌う者の皿に豆を入れない。しかし豆がこの世に存在しないようにはしない」


リクが笑う。


「ユアンの話?」


「ユアンの皿に豆を入れるな。しかし豆料理を消すな」


セリカが頷いた。


「個別配慮と世界の消去を混同するな、か」


「豆は深い」


「そこまで深いかは知らん」


昼前、白盾記録院から報告が届いた。


灰色の箱の空欄の写し。


ヴォルクは今日も記録官の前で箱を開けた。


決められた言葉を読む。


“これは、私が知らない名であって、私の空欄ではない。”


それから写しを机に置いた。


今日は、審理官が別の書類を横に置いた。


ヴォルク自身の罪状の要約。


空欄の写しとは、少し距離を置いて。


審理官は言った。


“混ぜないために離します。しかし、関係がないものとして扱うわけではありません。”


ヴォルクは長く沈黙した。


そして言った。


“関係がある。だが、同じではない。”


レインはその報告を聞いて、目を伏せた。


「関係がある。だが、同じではない」


セリカが低く頷く。


「裁きの中心だな」


ミナが言った。


「混同しないことは、切り離して逃げることではありません」


レインは間の棚に札を書いた。


“関係がある。だが、同じではない。”


その下に、


“混ぜないために離す。関係を消すためではない。”


セリカが足した。


“免罪ではない。”


リクは低い台の仕切りを思い出しながら、もう一枚書いた。


“距離は、無関係の証明ではない。”


午後、レムリア商市からの手紙が届いた。


仕切りをつけた砂箱の話だった。


男の入口の砂。


誰のものかわからない砂。


二つは同じ箱の中で、紙の仕切りに分けられている。


しかし今朝、料理長が箱の蓋を開けると、仕切りが少し倒れていた。


二つの砂は混ざっていなかったが、紙の端が触れていた。


料理長は慌てて仕切りを立て直そうとした。


するとサラ・ベルテが止めた。


まず記録した。


――仕切りが少し倒れていた。砂は混ざっていない。


それから、仕切りを少し重い紙へ替えた。


男が来た時に、そのことを伝えた。


男は言った。


“倒れていたことを言ってくれたなら、それでいい。”


さらに少し考え、


“仕切りが倒れたら、全部同じになると思っていました。でも、混ざっていないなら、まだ分けられるんですね。”


リクは手紙を読んで、深く頷いた。


「倒れたら終わりじゃない」


ミナが頷く。


「はい。混ざっていないか、見ることができます」


セリカが言う。


「倒れたことを隠すと、信じられなくなる」


今日だけの棚に札が増えた。


“仕切りが倒れていた。砂は混ざっていない。”


“倒れたことを言う。”


リュミナが真剣に言った。


「鍋の蓋が落ちたら、落ちたと言う」


セリカが即座に言う。


「当たり前だ」


「昔、黙って戻した者がいた」


「お前か?」


リュミナは遠くを見た。


「若い竜の話だ」


「お前だな」


夕方、国王から手紙が届いた。


――リクへ。アリアンヌへ。


――王妃の机の上で、釦と葉と手紙と布を少し離した。


――離したことで、私は安心した。


――だが、安心しすぎて、互いに関係がないものとして扱いそうになった。


――手紙は母上へのもの。


――布は香りを運び、今は手紙を支えているもの。


――釦は三日後の印。


――葉は風の跡。


――それぞれ違う。


――しかし、同じ机の上で、同じ朝を持っている。


――今日は、スープを飲んだ人。


――追伸。二杯目の椀とパン皿を少し離した。別々だが、同じ食卓にあった。パン屑は落ちなかった。


リュミナが穏やかに頷いた。


「パン屑は落ちなかった」


セリカが笑う。


「そこに安堵する日が来るとはな」


リクは札を書いた。


“それぞれ違う。でも、同じ朝を持っている。”


その隣に、


“別々だが、同じ食卓にある。”


日々の棚へは、リュミナが嬉しそうに、


“パン屑は落ちなかった。”


と書いて置いた。


夜、リクは低い台の仕切りをもう一度見た。


低く削ったことで、風が通る。


石も、花弁も、紙包みも、百番目の余白も、それぞれ見える。


混ざらない。


でも、孤立しない。


「これくらいかな」


リクが言うと、リオは頷いた。


「はい」


「壁じゃない?」


「はい」


「倒れたら?」


ミナが微笑む。


「倒れていたと記録して、混ざっていないか見ましょう」


「混ざってたら?」


セリカが答える。


「その時は、混ざったことを隠さず、分けられるか考える」


リュミナが言う。


「分けられない時は?」


リオが静かに答えた。


「分けられないことも、記録します」


リクは少し考え、頷いた。


「棚って、ほんと忙しいな」


「はい」


「でも、忙しすぎたら駄目なんだよな」


「はい」


その夜、リオは新しい香りを作った。


低く削られた仕切り。


壁ではなく目印になった布の線。


関係があるが同じではない空欄と罪状。


倒れていたことを隠さなかった砂箱の仕切り。


それぞれ違うが同じ朝を持つ王妃の机。


別々だが同じ食卓にあった椀とパン皿。


落ちなかったパン屑。


ラベルは、


“仕切りは、壁ではない。”


その瓶は、低い仕切りのそばに置かれた。


風が通る高さで。


香りは残る。


倒れた仕切りにも。


離しすぎなかった机にも。


そして、混ぜないために置いたものが孤立の壁にならないよう、少し削って風を通した朝の木片にも。

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