2013年5月 Part5
屋敷につくと、氷の表情で、とある人が出迎えてくれた。
佳澄さんのSP(護衛対象は、佳澄さんの周囲の人)である燎火さんだった。
遠目から見れば切れ長で端正な顔立ち、整ったボディーライン。
なにより、四十代であることを感じさせない若々しい見た目。
未だに、街中でナンパされる姿を見かける。………まあ、声をかけてきた人、全員が次の瞬間に逃げ出しているが。
そんな彼女がメイド服を着て出迎えてくれたと思ったら、肩をがっちりつかまれた。
そのまま使用人兼SPであり、『殺人鬼』である燎火さんに服をひん剥かれた。
服の下から現れる包帯。
取り換えたはずなのに、うっすらと血が滲んでいた。
「………」
無言の圧。
だが、僕も学習した。
燎火さんは、しゃべらないのがデフォルトだ。
人間、順応して生きるもの。
なら、適当にあしらって———。
バスッ。
そんななるはずのない音と共に、包帯が割れた。
『ほどけた』や、『ちぎれた』のではなく。
割れた。
切れたというには、無骨な音であり、壊れたというには断面があっさりと割断されていた。
まるで竹割だ。
「ふぅ」
そんな武人の呼吸が聞こえてきた。
衝撃は、僕には無かった。
………。
いや、嘘だ。
痛みはなかった。
でも、包帯が割れた付近の肌が赤黒く変色していた。
まてまて!
包帯が割れたことで、バンドエイドがむき出しになっていた。
「ふっ!」
そんな呼吸音とともに燎火さんの拳は僕の頭部で止められた。
寸止めだ。
でも、僕は悟った。
あ、これはダメなやつ。
拳から渦のように巻きあげられた大気が勢いよく吹きすさび、平衡感覚がズレた。
まあ、何が言いたいのかと言うと。
僕の意識は、一瞬で刈り取られた。
気がつくと、僕はベッドの上だった。
頭がまだクラクラするが問題ない。
というか、頭がクラクラするのは燎火さんに気絶させられたからで。
———。
いまさら、考えたところで遅い。
掛布団から起き上がると上半身は、裸だった。
正確には、傷口に新しいバンドエイドと包帯が巻かれていた。
しかも、匂いからして消毒液をぶっかけられたであろうことは察した。
「過剰なんだから」
ぼそりと口に本音を出しながら、着替えを手に取る。
さすがにこのまま部屋の外に出るわけにもいかない。
大きめのパーカーを上からかぶって傷口を隠す。
さてと。
これから本格的に、今起きていることに対処しないと。
鞄の中から宿題を取り出す。
頭の中に入れていた回答をそのまま転写していく。
もはや、作業だ。
その過程で別なことを頭の中で整理していく。
ここ最近、【魔堕ち】している人間が多いこと。
他の家からは特に情報がないことを考慮すると玖条と吾喰の範囲で起きている。
今日のクラスメイト豹変からして、半日で【魔堕ち】する異常なスピード。
自然な現象とは言い難い。
つまり第三者の介入………。
ただ、完全な【魔堕ち】ではなかった。
だからこそ元に戻せた。
引き戻せた。
本当に【魔堕ち】していたら、こんなどころではない。
精神の崩壊。
肉体の豹変。
欲求の解放。
そういった顕著なものは現れていなかった。
あえて言うなら教師に対してあまりいい感情を持っていなかったこと、かな。
だからこそ、教壇側のドアから入って狙ったのだろう。
あれだけの状態になれば、理性なんて保てない。
本能に倣って行動する。
ただ理性がない、と言えば嘘かもしれない。
本来であれば、何かしらの【能力】を持っていたはずだ。
でも、使わなかった。
はたから見れば、危険極まりないが、僕から見ればブレーキを踏んでいるようにみえた。
【能力】ではなく、ナイフという【凶器】で僕の目の前に立ったのだから。
敬意さえ覚える。
力に溺れるのが人間なのに。
美しい。
………。
思考が脱線した。
それよりも。
今日の巡回目標を決める。




