2013年5月 Part3
お昼に入ったときに、自分のスマホに大量の連絡が入っていることに気がついた。
特に佳澄さんの反応がひどい。
一時間おきに連絡を入れている。
つまり、授業が終了次第スマホを取り出して打ち込んでいたらしい。
僕は、基本スマホは見ない。
………いや、正確には使わない。
使うのは必須事項とかの連絡くらいだ。
みんな、このご時世、スマホのアプリの話題で盛り上がっている。
しかし、僕には使う時間もなければ、出費するお金もない。
だから、そこまで重要視してこなかった。
それが裏目に出た。
『兄さん、怪我はしていませんよね?』
『事情も聴きたいところですが、はやく安否を聞かせてください』
『連絡お待ちしています』
『連絡がなければ、そちらに向かいます』
一分前に。
『これから兄さんの学校に向かいます』
うわ。
これまずいやつ。
『無事だから来なくていいよ』
打ち込むと即レスだった。
『来なくていいとはどういうことですか⁉』
『いや、命に別状ないし。勉学に支障をきたすものでもないから』
『命に別状はない、と。つまり負傷はしたんですね?』
妹ながら鋭い。
『ちょっとかすっただけだから』
『かすり傷。兄さんのかすり傷と言うのは、脇腹に刃物を刺されることですか?』
なぜそれを知っている。
まるで筒抜けだ。
どうなって———。
「それはお姉さんが教えたからだぞ!」
頭が痛くなる人が来た。
「話をややこしくしないでください」
予定外の侵入者、いや侵略者に教室がざわつき始める。
そりゃ、有名人が突然来たらどこでもそうなるか。
「せめて妹には黙っていてほしかったです」
悲しみ。
玖条葵。
この近辺に通う生徒なら知らない者はいない容姿端麗、学歴優秀、超のつくお嬢様。
例えるなら、国民的アイドルがやって来たといったところか。
そんな人が突然、クラスにやってきたらの反応である。
当然のように黄色い悲鳴と話を持ち掛けられている僕に焦点が当たる。
「さて、場所を移すよ」
そういって、僕を教室から連れ出した。
さすがに、そこは察してくれるのか。
人混みをかき分けながら引っ張られる。
後ろから、あっけにとられた野次馬を置き去りにして。
連れ出しながら、葵さんは言葉をかけてきた。
「『佳澄ちゃんに黙っていて』? 無駄だと思うよ。私達、嗅覚は、ずば抜けているから。特にあなたの血には過敏になるのよ」
「そうですかい。なら、僕の傷が大したことないことも知っているでしょ?」
「………本気で言っている? これだけ血の匂いをまき散らして?」
体臭じゃないんだから。
それとも、変な匂いでもついているのだろうか。
昨日、餃子食べたから匂っているか?
「はあ」
なぜかすごいため息をつかれた。
不服だ。
まるであきれられたかのような。
「呆れているのよ」
口に出していないぞ。心を読まないで。
そうこう話をしていると保健室についた。
朝いた保険医の姿はない。
それにあの『河西』と呼ばれた生徒も。
「いろいろ根回しはしておいたから大丈夫よ」
さすがお膝元。
もはやなんでもできるのでは?
「とりあえず、その『河西』くん?に話を聞いたんだけど、昨日の夜、コンビニに行く途中までしか記憶がないらしいのよ。で、気がついたら保健室。明らかに操られているわね」
「被害は?」
「他の生徒には確認されていないわね。それこそ毎晩、玖条の人間が巡視しているのだから。見逃していたら私が粛清しているわ」
身内に容赦がない。それも仕方がないか。
玖条葵は、玖条家を立てなおした立役者であると同時に、旧体制の玖条を大粛清した殺戮者でもあるのだから。
つい、ふう、と息を吐いた。
僕の視線が葵さんから逸れる。
その一瞬で、葵さんは僕のシャツをまくり上げた。
早業。
一秒の隙も与えない。
「ちょっと⁉」
まくられた脇腹には、バンドエイドから漏れ出た血が滲んでいた。
「………さすがに、これで顔色を変えないのはどうなの?」
呆れ半分、心配半分。
「ちょっと、横になりなさい」
有無を言わせず、葵さんは僕を保健室のベッドの上に横にさせた。
医療箱から道具を取り出しながら、語りかけてくる。
「ちょっとは、横になっていようとは思わなかった?」
「授業料がもったいないから」
僕の回答に不服なのか、ため息をつかれた。
「………さっき体育の授業あったみたいだけど?」
「バスケ楽しかったよ」
思いっきりひっぱたかれた。
なにゆえ?
「これだけの出血をして、何を言うかと思えばそれ⁉ どうかしているわよ」
そう?
別に死の間際にたったわけではあるまいし。
「なら教えてあげる。こんな傷をつけたら養生するのが一般的なのよ」
そうなのか。
………それが『普通』なのか。
葵さんの手がそっと傷口に触れる。
「包帯、取り換えてあげるから」
そう言うと、ハサミで包帯部分を切ろうとする。
が、葵さんの手が震えてうまく切れそうにない。
「無理してやることないよ」
「うるさい! ………あなたの『血』の問題よ」
顔を真っ青にして言われた。
まるで今にも吐きそうになっている。
それは申し訳ない。
他人の縫合部を見るのはキツイだろう。
「僕がやるよ」
「………できるから、おとなしくしていて」
それでも葵さんは頑なに、譲ろうとはしなかった。
弱弱しく切ってく。
力が入らないせいで、ハサミが包帯を噛む。
息が荒い。
ここに燎火さんがいれば、一分で終わっていたのに。
いや、あの人のことだ。焼いたナイフを押し付けてくるだろう。効率的だけど、痕が残るから好きになれない。
五分以上の時間をかけて、胴体に巻いていた包帯を切り取った。
我ながら、再生は早い方だと痛感した。
バンドエイド越しだが、すでに血は止まっていた。
さっき、体育をしてちょっと開いた感覚があったが、実際に見てみるとすでにカサブタになっていた。だから、葵さんにとってもらった時は、ベキベキと音を立てる程度だ。
「ちょっと端だけ抑えていて」
バンドエイド部分は交換せず、包帯を新品に交換する。
さすがに、患部を直接覆っている部分をはずしはしない。
端をもって少しだけ腰を浮かせる。
………巻きが緩い。
力が入らないのだから仕方がない。
だけど、さすがにそれは見過ごせない。
「僕が巻くよ」
「………いいから」
「そんなに青い顔と震えている手だと何もできないよ」
葵さんの手が止まった。
その隙に、持っていた包帯をとる。
その代わりに———。
「はい、これ」
枕元に置かれていたタオルを指しだす。
汗もそうだけどそんな泣きそうな顔は見たくない。
「そんな汗をかいて化粧取れるよ」
「………うるさい」
自分の手で顔にタオルを押し付けて、片側の手で僕の肩を叩く。
この人も、妹と同じく八つ当たりか?
いい大人なんだから、勘弁してよ。
一度、包帯を外してもう一度縛り直す。
その間、葵さんは古い包帯を処分してくると言ってベッドのカーテンを閉めた。
その間に、佳澄さんに連絡を入れておく。
『もう傷は塞がったから。それよりも、ちょっと今回のことはおかしい。【魔堕ち】するのには最低でも一週間くらいの予兆期間がある。しかも【血】の影響がないと鬼になりはしないはず』
『………兄さんには、その方はどう見えたのですか?』
『パッと見た限り、全身に黒い靄みたいなものがかかっていた、かな。すぐに【罪浄】で洗い落としたから本人に影響はないはずだよ』
『相変わらず、自分より他人ですか。そのことに対して帰ってからお説教ですが、状況は理解しました。『十家』に非常事態宣言を出します』
『それがいいかもね。下手に自分達の管轄という縛りで動いていたら対処に難航しそうだし。情報は共有しておいた方がいい』
そうこうしているうちに、葵さんが帰って来た。
さっきまでの青い顔は、少し回復したのか肌色を取り戻している。
佳澄さんからの通達を葵さんにも伝える。
「あとで、うちの方から『十家』に対して非常事態宣言を出しますから」
「そう。………それがいいかもね」
いまだに顔は真っ青で元気がないようだ。
それでも、頭を働かせようと努めている。
さすが、玖条家の代表だ。
そうしているうちに、お昼終了のチャイムが鳴り響いた。
「それじゃ、葵さん。僕はこれで」
「………えぇ」
そうして、僕は保健室を退室した。
でも、僕は知らなかった。
そのあと、保健室ですすり泣く声を。




