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2013年5月 Part2

 葵さんと別れ、高校の正門に入る。

 朝から葵さんにエネルギーを使わされた。

 いや、佳澄さんと葵さんの両者か。

 せめて、平穏な日常がおくれるように、大学生活をするときは寮かアパートに引っ越そうかな。そのくらいのお金は貯金していたはずだ。もちろん学費込みの金額だ。十年くらい塩漬けにされているものだ。両親がいなくなったために総額は知らないが、それなりであることは把握している。今度、検討してみよう。

 部活動で朝練をしている人達とすれ違いながら、自分の教室を目指す。

 時々、同じクラスメイトが声をかけてくれるので手を振ってこたえてあげる。

 入学当初は、部活動に誘われたが『十家』の仕事柄、不可能なので断っていた。それでも、何かしら応援人員を確保したいと言われたところには、用紙だけ出しておいた。いわゆる幽霊部員だ。………本当に何回か呼ばれるとは思ってもみなかったが。

 目的の教室につき、扉を開くと何人かの生徒が声をかけてきた。

 「おはよう」

 「おはよう、灯火」

 「おはー。今日は遅刻しなかったね」

 「キタキタ、灯火! 宿題写させてくれ」

 うちのクラスは、アットホームな教室だ。

 まあ、校風が挑戦と絆というのもある。

 だがしかし、他の高校にない入学時から特別授業と称して一か月に一回クラス出し物大会を開いてみんなが楽しめる出し物をした人に単位を換算するという制度を導入しているからだろう。その時の、クラスの熱量がすごい。

 だから、距離感が近い。

 いい学校だと思う。

 お互いに切磋琢磨できるのだから。

 ………最後に宿題の写しをせがんできたやつ以外は。

 宿題の数学と英語を渡す。

 「サンキュー。提出ボックスには俺がいれておくよ」

 「次からは、サッカーだけじゃなく宿題もこなしてきてくれよ」

 「………いや、俺、野球部」

 ああ、野球部だったのか。

 「あいかわらずトウカは、誰がどこに所属しているのかわかってないね」

 「雰囲気でわかるものじゃね?」

 「まあ、トウカの場合、名前を憶えてくれるまでが一番長かったから、部活まで覚えられている人は稀だと思うぞ」

 うぐっ。

 申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。

 正直、名前どころかクラスメイトなのか判別できない人のほうが多い。

 でも、このクラスの人達は僕のことを『そういう人』と認識して咎めるのではなく『個性』として受け止めてくれた。

 ありがたい、が。

 「それにしてもトウカ。また玖条先輩と一緒に登校か~? 羨ましいなあ~」

 おそらく窓から見ていたのだろう。

 人気者が近寄ってくる弊害だ。

 猫にすり寄られていただけです。

 いや、疫病神か。

 「ただ単にからかえる獲物が僕だっただけでしょ?」

 「いや、あんな人とおしゃべりできるのならからかわれても構わない」

 その言葉に数人の男子と女子が頷く。

 女性陣もそれでいいのか。

 「あのお姉さまになら」

 見た目だけなら、まあいいけれど。

 そして人懐っこさからくるコミュニケーションお化け。

 無自覚な爽やか系美人特有の色気。

 まあ、年頃の男子だけじゃなく女性陣も色めき立つのはわかる。

 でも、それは本性を知らないからだ。

 あれだけもみくちゃにされれば、今日使う予定だったエネルギーをすべて奪われたようなものだ。

 それになんとなく、みんなが騒ぐほどのことかと思えて白けてしまうのだ。

 「おまえが、なんとなく嫌な気持ちになっているのは理解しているぞ。だかな、おまえのまわりにいる人がおかしいのだよ。この前よぉ、妹さんに会ったときになんとなく納得したね。おまえの周りは顔面偏差値が高いことを」

 「顔面偏差値って………」

 確かに佳澄さんは、傍目から見れば綺麗に映るだろうな。

 丸みを帯びて親しみやすそうな顔。清涼感のある愛らしい表情。

 色白な肌と対比するような艶光する黒髪が芸術的に思えるのだろう。

 ………まあ、そんな端正な顔立ちから発せられる罵声にはへこむものがある。

 あと物理的にへこまされるぞ。拳で。

 「しかも義妹ときた! 癖の塊である俺らから見れば、王道であるラブコメの匂いがプンプンするぜ」

 クラスメイトの評価がただの癖をこじらせた厄介な人間に落ちていく。

 「なにより、その後ろに控えていた使用人さんはヤバいぞ!」

 あー。

 この人、燎火さんを見たんだ。

 「ぶっちぎりであの人はヤバい! 鋭い眼光と俺らを見下す視線。芸術的なまでに整った顔のパーツ。そこにアクセントを加えるかの如く存在している泣きぼくろ。いやー、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」

 口ぶりからして数分しか顔を合わせていないはずなので、ある種の才能を感じる。

 ………使い方が残念ではあるが。

 「あの人、もう四十過ぎているぞ」

 「うそぉ⁉ 見た目、二十代後半くらいだったぞ」

 存在する写真を見てみたけれど、まったく老けてない。

 いわゆる魔性の女と言うことだろう。

 でもさ。

 「あの人には、近寄らない方がいいよ」

 「? なんで?」

 「元SPだからだよ」

 「SP⁉」

 本当は違うけれど。似たようなものだから騙してはいないはずだ。

 「むやみに近づくと地面に叩きつけられて拘束されるよ?」

 まあ、表現的には許容範囲内に収めた。

 実際には、刃物が飛んでくるなんて言えない。

 「さすが、吾喰のお嬢様だな。そんな人がついているなんて」

 どちらかと言えば、その『お嬢様』が暴れださないように燎火さんがついているのだ。

 保護する対象が違うのだ。

 そのお嬢様という脅威から周囲の人を守るためにSPが配置されているようなものだ。

 困ったものだ。

 でも、まあ向こうの公立高校ではうまく馴染んでいるみたいだから問題はない………はずである。

 そんなおり、教室にチャイムが鳴り響き全員が席に座る。

 一分後、クラス担任の先生が入ってくる。

 「みんな、おはよう」

 それぞれが挨拶をしていく。

 席は、名簿順。

 総じて、僕は『あ』なので最前列入口よりとなっている。

 だからこそ———。

 「お、吾喰。今日は、ギリギリじゃなかったな」

 先生にそう声をかけられた。

 まあ、しかたがない。

 ついこの間、『寝坊』ということで電車を逃したのだから。

 一年で無遅刻無欠席の奴が、息を切らせて教員と一緒に教室に転がり込んできたらそうなるだろう。

 そうして、朝のホームルームが行われた。

 が、少し気になることがある。

 「河西………は、欠席か?」

 出欠確認のために教員が名前を呼んでいたが、一人いない。

 このクラスは、活発ではあるが無断欠席はしないし、病欠の場合はあらかじめ学校側に連絡を入れる。それに病院の受診をした診断書をのちのちに提出するくらいだ。もちろんメンタル不調もないわけではないが、それこそこのクラスではありえないだろう。良くも悪くもまとまったクラスなのだ。

 そんな折だ。

 教室のドアが開かれる。

 「ん? お、河西。来たか」

 僕の目の前に。

 「あ」

 対象の生徒。

 「ん? どうした河西」

 呼ばれた生徒は、虚ろな目をしてフラフラとその場でたたらを踏んで前のめりに。

 「あ、おい! 河西、大丈夫か」

 あ、これはダメだ。

 心配そうに教員がその生徒に近づこうとする。

 顔色ばかり見ているがそうじゃない。

 そこに僕が割って入る。

 これは危ない。

 視界角度演算。

 腕の可動範囲逆演算。

 ———演算終了。

 教員に見えないように右寄りに立つ。

 学ランを少しはためかせて、『河西』の腕を包む。

 トン、と僕の体に衝撃がくる。

 もしかしたら、教室の何人かには見えたかもしれないが気にしない。

 それよりも———。

 目の前で、思い切り手を叩く。

 それだけで、正気の失った目に光が灯った。

 「あ、あれ。俺………」

 「河西。お前、ちょっと顔色悪いな。先生、ちょっとこいつ保健室に連れていきます」

 背後にいる先生の声を聞かずに、教室を飛び出し『河西』と呼ばれた同級生を連れ出す。

 肩を貸すようにして出ていく。

 保健室は、一階廊下奥。

 ちょうどいい。

 ホームルームも始まったせいで、教員もいない。

 ある意味でいいタイミングだった。

 「あ、吾喰。お、おれ………」

 動揺している。

 さっきよりも顔を真っ青にして。

 それもそうか。

 チクリ、とした痛みが脇腹に走っている。

 僕の右脇腹。

 一本のナイフが刺さっていた。

 「これは夢だよ。君は起きれば何事もない日常に戻っているさ」

 そういって、空中の彼らにお願いした。

 『彼を眠らせてくれないかな。君達、よく生徒を眠らせているだろう?』

 『わかったー』

 『まかせてー』

 『かんなぎのお願いだー』

 

 


 保健室につくと、保険医の人が僕を見て真っ青になって気絶した。

 この程度の傷で気絶とか。

 ここの保険医は大丈夫か?

 でもやりやすいから万々歳だ。

 『河西』と呼ばれた生徒をベッドの上に運ぶ。

 そして気絶した『保険医』をソファーにかけさせる。

 そして僕だ。

 まず髪を数本切る。

 ここは、保健室ではあるが簡易的な医療道具しかない。

 針が欲しい。

 が、無いのでベルトに仕込んでいた針を使う。

 針と言っても、ベルトの留め具に仕込んでいたものだから太くて鋭利ではないお粗末なものだ。

 常在戦場。

 そんな風にとある殺人鬼に鍛えられていたので自分の医療道具は持ち歩いている。

 取り出したお粗末な針に自分の髪の毛を結んで縫合していく。

 傷口はそこまで広くない。

 痛みになれた体には、なんてことのない作業だ。

 縫合した後、拝借したバンドエイドを傷口に張っておく。

 あと見られないように肌色の包帯を巻いておく。

 これで問題なし。

 あ、念のため葵さんと佳澄さんに伝言を残しておこう。

 朝言った通り異常事態だ。

 僕が見た現実は、ことの深刻さを鮮明にした。

 『昨日まで問題なかったクラスメイトが【魔堕ち】手前までの状態を確認。収集はつけたからクラスメイトには問題なし』


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