表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

2013年5月 Part1

 唐突な衝撃と減速によって眠りかけていた意識を取り戻す。

 あたりを見渡すと、自分が電車の中にいることを再認することができた。

 身に着けていた腕時計に目をやる。

 時間は午前七時少し前。

 目的地まで、残り十分とそこらでつく。

 今の自分の気持ちを表現するなら、憂鬱の一言だ。

 通っている玖条大学附属高校は徒歩と電車で通学している。

 間借りしている家から出て、最寄りのメトロ線に乗り込むまで徒歩二十五分。

 最寄り駅、吾喰工業団地駅から玖条大学駅までは十五分。

 最寄り駅である玖条大学前まで再度徒歩二十分。

 計一時間かかっている。

 通学のためとはいえ、時間の無駄だ。

 さらにいえば、周囲の顔が死んでいることが拍車をかけている。

 時期的に考えれば、ゴールデンウイーク終わりだからだろうか。

 僕たちからすれば、関係のないことだけど。

 他にも、屋内で暴れるやんちゃな義理の妹のこともある。

 はあ。

 しんどい。

 メトロ線とはいえ、一時間に三本くらいしか出ていない。

 都内のメトロ線ではないからなのか、本数が少ない。

 一回、都内に行ったときは驚いた。五分から十分以内に次の電車が来るのだから。

 悲しいかな。これが田舎ともいえず都会ともいえない街の悲しいところである。

 しかも、もし乗り過ごせば、遅刻ギリギリ。

 駅からダッシュしてこなければ間に合わなくなる。

 一回、家庭の事情で乗り遅れたからわかる。

 自分が高校選びをした結果だから仕方がない。

 三年という月日をどこに身を置くか考えた末の結果なのだから。

 選んだ理由はいくつかある。

 まず、学費の問題だ。

 僕の場合、吾喰の養父養母からの支援で学校に通わせてもらっている。

 お二人からは、学費の心配をしなくてもいいとは言われたが、『部外者』である僕に気を遣うくらいなら、実子である佳澄さんに投資してほしい。

 玖条大学附属高校は国立ではあるが、入試時のテスト次第では教育負担金を半分以上免除にするという文言があったので願書を提出した。普通であれば公立高校の方がいいのだろうが、免除額を考慮すれば圧倒的に吾喰の家に負担をかけない。

 倍率がちょっと高かったので心配だったが入試の結果、問題なく免除範囲内に入った。

 次が、バリアフリー制度の実施だ。

 自分の左顔に触れる。

 触れたところには、大きな布………眼帯がついている。

 中学時代は、この眼帯のせいで他人から距離を置かれることも多々あった。

 また、自分は他人の声が聞こえにくい時がある。

 音としては、聞こえているけれど声と認識できないのだ。

 まるで一昔前のブラウン管テレビのようなノイズだ。

 もうそこは障害として認知するしかない。しかし、未だにそういった障害学生の受け入れに対して抵抗を持つ高校は少なくない。

 まあ、部位欠損とかではないので会話に支障が出る程度だ。

 しかし、決定的なところでコミュニケーションエラーが出る可能性があるので、そういったことに対応した高校を選出した結果ともいえる。

 もう一つは、玖条大学に入学できる枠があるからだ。

 もちろん、それに似合う学力を持っていなければいけないし普段の学生生活で問題ないことを証明しなければいけない。

 エスカレータ………ではない。一般受験に応募しなければいけないけれど、傾向と対策は教えてくれる。直接、大学教員から。

 まあ、他の外部入学者よりもよく理解できる生徒を入れたいだろうし。

 吾喰家の保護者からは、吾喰家が持っている会社に勤めてほしいとお願いされている。将来、特段目標もなくしたいこともない。できることなら、支援してくれた吾喰の人たちに恩返しをしたいと思っていたから好都合だった。だから玖条大学の理工学部に入れば、就職先として入る材料ができるだろう。

 多々理由を述べたが、もう一つ。

 それは、家のしがらみがあるということだ。

 お世話になっている吾喰家は、言ってしまえば国を動かせるくらいの産業会社をいくつか持っている大家だ。それと同時に、一般の家ではないというところだ。

 そんな家に、僕は幼少の時に『ある事件』から引き取られた。

 両親が死んで、引き取り手がいなかった。

 そんなときに、手を差し出してくれたのが吾喰の養父養母だった。

 だからこそ、負担をかけたくないし、返せる恩は返しておきたい。

 ………もちろん、その愛娘である佳澄さんにも。

 「はあ」

 ただ、佳澄さん。

 ちょっと過剰なんだよね。

 昔は、まだ可愛いと思えたのだが。

 高校入学に際して、反抗期を越えた世紀末スタイルに変わった。

 よかった点としては、違う高校になったことで学校にいる最中は、平和だということだ。

 「今朝も大暴れだったなあ。メイドさんたちも家の窓ガラス片づけに、ため息をついていたなあ」

 原因は、吾喰の家にある。

 吾喰を含め、この国には国家公認の家が十家存在する。みんな『十家』と呼んでいるが。

 『十家』は、国家の秩序を裏から支える存在であり経済に関与せず、行政機関である警察と連携し、一般人を【人外】から守る役目を負うものとする。

 科学の世の中。一般の人は、そういって【常識】を固定化し、【非常識】を錯覚とするようになった。

 残念ながら、科学の発展した世の中においても、【魔】は存在するのだ。彼らは、自然発生というよりも人がいるから発生している存在である。だからこそ、一体消したから安心、というわけではない。時間と共に、再度出現するのが、【魔】である。

 そして、これを調伏、滅する、もしくは折り合いをつけるのが『十家』の役割である。

 「はあ」

 再度のため息。

 この『十家』の役割にご立腹なのが、義理の妹、佳澄さんだ。

 『せめて二泊三日の旅行がしたい‼』

 どうにも、学友がゴールデンウイークにどこかに出かけるのだとか。

 しかし、『十家』の役割でこの土地を任されたのだから出かけることはできない。

 回復期間もこめて二泊三日を申し出たらしいが、ご両親にその期間、吾喰の親戚関係に負担をかけることになるし、指揮を取るものがいなければ組織が成り立たなくなると言われ、一度は納得した佳澄さんだった。

 しかし、歳相応の反抗期である。

 まあ、その、なんだ。

 端的に言えば、常に小規模の爆発を繰り返すこととなった。

 なだめるために、となぜか僕を投入され何回ひっぱたかれたか。

 ちなみに、養父である吾喰頚城さんは、顔面にパンチを受けて腫れあがった状態で出勤していった。養母である花南さんとは、思いっきり殴り合っていた。お互いにプロボクサー顔負けの殴り合いだった。

 そんなわけで、僕のゴールデンウイークは割と騒がしい日々であった。

 そんな回想に入り浸っていた時だ。

 電車内で車間をまたいでこっちに近づく人影が見えた。

 僕の姿に気がつくと、手を振ってこっちに駆け寄って来た。

 少し小顔でありながら、切れ長な目元。

 何より親しみやすい雰囲気をまといながら、シンプルな服装。

 昔からこの人は、周りを無自覚に魅了する悪癖がある。

 ある一部が絶壁じゃなければ、僕も魅了されていただろう。たぶん。

 「おはよう、吾喰灯火くん」

 「なんでフルネームなんですか、葵さん」

 「悪意を感じたからだよ」

 ニコニコと笑いながら、

 悪意ではなく事実だから。

 「こんなきれいなお姉さんに出迎えられる幸運を噛み締めないなんて罰当たりだぞ、少年」

 「はいはい、綺麗ですね」

 この人と話すときは、全力でスルースキルを使わないと高校までついてこられる。

 いや、実際、ついてこられて困った記憶がある。

 この人は、玖条葵。

 名前から察することができるが、この玖条大学関連の大家だ。

 というか玖条家もこの教育機関だけでなく、いろいろなところに関係者が在籍しているらしい。

 ………国立のはずなんだけど。私立ならわかるんだけど。

 まあ、この国の治安維持に努めてきた十家の一族だから歴史があるのも当然だけど。

 吾喰家と玖条家。

 いわゆる横のつながりと言うやつだ。

 まあ、十家と言ってもこの数年の間で三家が入れ替わったから、長いと言ってもその期間は推して知るべしだ。

 「むぅ。お姉さんにそんな淡白な反応してもいいのかな?」

 「むしろ、よく飽きずに僕のところに来ますよね?」

 「ふふーん。トウカには気を遣わずにガツガツ言えるから気楽なのよ」

 そういって、胸をはった。

 ………いや、はる胸はなかった。

 「………また失礼なこと思わなかった」

 「さあ?」

 スルー、スルー。

 「それに、葵さんは大学のキャンバス内で話題に上がっているくらいなんですから、同じ女大生に敵を作りますよ?」

 大学と隣接している僕の高校も例外ではなく。

 馬鹿な男子生徒たちが一目見ようと昼休みを潰して、大学の学食に忍び込むくらいだ。

 学生服着て忍び込むとか、頭が痛くなる。

 だいたい、この人は学食なんて使わず弁当を持ち歩いているのだから遭遇するわけがない。おそらく、この人は、次の講義会場で弁当を広げているか、図書室で自学しているかだろう。僕との接し方はふざけているが、普段は至ってまじめな学生だ。

 猫を被りまくっている。

 まあ、確かに見た目はいいよ。

 見た目は、ね。

 でも、僕と接しているときはなんというか。

 ………大きな猫がマタタビに当てられたかのようにすり寄ってくる。

 じゃれられる身にもなってほしい。

 それを見たときの佳澄さんの顔は怖かった。

 本当に怖かった。

 三日前のことだけど。

 「それで挨拶だけしにきた、と言うわけではないですよね?」

 「デリカシーないぞ、トウカ。私は、君との会話を一日の楽しみとしているのよ?」

 傍迷惑な。

 「で、要件は?」

 ぶぅ、と頬を膨らませた。

 なぜだか、こういった部分は、佳澄さんに似ている。

 本人の前では絶対に言えないけれど。

 そこで一旦、区切りをつけたのか、葵さんは『玖条葵』へと変わった。

 「最近、鬼に落ちる人が多くなってきているのよ。土地の問題なのか意見を聞きたいわ」

 鬼。

 鬼、ね。

 「元々、玖条の土地が汚れやすいのは知っています。しかし、つい一週間前に【祝祭】を行ったので考えにくいですね」

 【祝祭】とは、いわゆる土地の浄化儀式だ。

 人間がいる以上、【穢れ】とは切っても切れない。ましてや人口の多い玖条の土地であればなおさらだ。

 「【祝祭】で土地の澱みが消えているのは、私も知っているのだけど、この一週間ずっと【鬼退治】をしなければいけない状態よ。異常事態だと思うのだけど」

 【鬼退治】ときたか。

 たわいのない会話をしていると思われるために、わざと柔らかい表現にしている。電車内の人たちに【魔】とか聞かれて、変な二人だと思われても嫌だし。

 でも、確かに。

 「こっちも街の巡回をしていると、ほぼ毎日出会うようになりましたね」

 吾喰家と玖条家、その他の八家。

 その裏の家業が退魔の一族とはだれも思うまい。

 眠ることのない街。

 光が消えない摩天楼。

 夜を消し去る現代において退魔という言葉は、異質なものだろう。

 だが、光のもとには影ができる。

 強烈な光ほど、影は広く暗い。

 大通りを一つ曲がって、路地裏に通る。

 そこでは光は心もとなく、裏の治外法権になっている。

 別に地元のゴロツキや任侠程度なら別にいい。

 問題ない。

 問題なのは、【魔】と【魔】に落ちる人たちだ。

 一般人からは、発狂した人や薬物中毒者にしか見えない。

 が、僕たちから見れば【魔】だ。

 異形。

 肌が変色して、赤だったり翠だったり青も。

 歯が鋭くなっていたり、牙が生えていたり。

 肉体が膨張していたり、頭部が二つあったり。

 それをこの人は【鬼】と呼んでそれを狩るから【鬼退治】と言っている。

 まあ、一般人に聞かれても問題ない。

 創作話として、流して聞いてくれるだろう。

 「なんか、汚染している元凶がどっかにいるのかな? 夜の時間はなるべく休みたいのよね。卒業試験も近いし」

 その気持ちは、よくわかる。

 僕たちの場合、家に帰ってきたらひと眠りして深夜の街に出かけることになる。

 僕の場合は、宿題をしっかりやれば問題ないけれど、この人の場合、講義レポートの提出と次の講義の予習のために一定の時間が必要なんだろうな。

 それでも、この三年間。大学と退魔の仕事をこの人はこなしてきたんだ。それは賞賛されることだと純粋に思う。

 ちなみに玖条大学は、卒業試験は4年の始まりに受けさせられる。

 なんでも、就職活動と同時に終わらせて半年間時間を学生に与えることができるという理由らしい。この半年を遊んでもいいし、社会人になる前に必要になる資格習得に費やしてもいいという理由らしい。でも、講義内容を覚えているうちに試験を行うことでいい結果になるだろうという思惑もあるみたいだ。就活が終わった後で、卒業試験をして目も当てられない結果になったらまさしく『終了』である。

 「こちらでも、なにかわかればお伝えします」

 実際に、鬼の目撃は増えてきている。

 高校の規定で、反社会集団に近づかないと誓約書に書かれている。

 が、路地裏ですれ違いざまに任侠側の組員と顔を合わせないように話をすることもある。

 裏の秩序は弱肉強食。

 力を示せば、別に問題ない。

 ………佳澄さんは、みんなから『姐さん』呼びされていて笑ってしまった。

 極妻かな。

 そんな笑っていた僕を佳澄さんは、思いっきり殴った。

 反抗期………いや、二次成長期の感情の波はひどいものだ。

 家でも暴れまわっているし、路地裏でも暴れまわっている。

 ちなみに、佳澄さんに止まるという文字はないらしく一線を越えるヤクザ事務所を事務所ごと更地にしてしまったこともある。

 その日だけはすっきりした顔をしていた。

 そんな話をしていたら、もう目的地のようだ。

 車内アナウンスでお互いに切り替わる。

 「トウカ、次はいつうちに来るの?」

 「そんな予定はありませんよ。少なくともお互い学業と仕事で忙しいですから」

 「えー。他家の視察とかで、この間、鹿島と楠、あと久峨さんのところにも行っていたでしょ?」

 イラッ。

 あまり揺れることのない感情のバラメータが『怒り』に傾いた。

 「前者二家は、元々玖条家の推薦した家でしょ。それを『手が離せないから』という理由でうちに投げかけてきたんでしょうが。それに久峨さんのところは代替わりしてまだ一年………くらいだったはずです。世代交代に問題がないか確認をとらないと」

 顔面が引くつく僕を他所に葵さんは何とも思っていないようだ。

 「しかたないでしょ。玖条の管轄地域内で事件が多発していたのだから。もうちょっと、お姉ちゃんをねぎらって甘やかしてほしいわ」

 「仕事を押し付けられて、貴重な土日を犠牲にされたこっちの身にもなってほしいですね。少なくとも佳澄さんは、常時激怒状態だったんですから」

 「あ、佳澄ちゃん元気?」

 これである。

 悪いとは一ミリも思っていない発言。

 だからもう———スルー一択である。

 「ほら、つきましたよ」

 そういって、ちょうど着いた駅のホームに降りる。

 「あ、待ってよ」

 後ろから、葵さんの声が聞こえてくる。

 あと、二十分。

 この人の駄弁りに付き合わされるのか。

 気が重い。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ