2004年10月 Part4
この世界には人間を捕食する【魔】というものが存在する。
【魔】というのは、国によって姿や形はそれぞれ。
だがどれも人間に危害を加えるものを総称して【魔】と呼んでいる。
そして、人間の中にはその【魔】に対抗するために自ら【魔】を取り込んだ一族がいる。
正確には、一族たちが存在した。
決して公にできず、さりとて軽視できない存在。
【魔を取り込んだ人間】。
通称【魔人】。
【魔】から人間を守るために自ら【魔】の力を行使する人達。
それが目の前にいる人達。
しかし、この人達には決定的な欠陥を持ち合わせている。
【魔】の力を行使するたびに魂に【穢れ】が沈殿していくのだ。
この【穢れ】が蓄積していくと、やがては【魔】に落ちる。
いわゆる理由なき破壊衝動………殺人衝動とでもいうべきものに駆られてしまう。
それは仕方がないことだ。
もともとが【魔】の力であるのなら、最終地点は【魔】だ。
いや、元が自我のないバケモノなら【魔獣】か。
基本的には、日常生活を送る分には問題ないとのことだ。
しかし、自分たちの【魔】の力を使い過ぎると歯止めが効かなくなり、通りすがりの人を惨殺、捕食、吸血、性交等様々だが襲い掛かる。
だからこそ、この人たちは対策を考えた。
その結果が、神官による【邪気払い】だ。
【穢れ】を消すために、神官が管理する清純なる土地で、しばらくの間隔絶された生活を送る。または、神官が準備した禊場を利用する。
そして、最も効果的なのが、【神官の血】を飲むことだ。
自分自身が行わなくても即効性があり、連続して【魔】の力を行使することができる。
だからこそ、彼らは神官を軽く見ていた時期がある。
まあ、僕たちがいない昔の時代に、神官たちのしっぺ返しを受けたらしく【魔人】の一族が衰退した時期があった。
それはそうだ。
神官を【血液パック】としか見ていなかったのだから。
それから、いろいろ紆余曲折あって現存する【魔人】の一族は百家から三十家となり、今ではそれよりも少なくなった。
正確には、瀕死の状態といっていいところまで来ていた。
なにせ、【神官】を担う一族が絶えてしまったのだから。
【神官】を担っていたのは二家。
しかし、一方は無欲を追求するために欲に負けた一族。
もう一方は、この国と共にあり続け国に見捨てられた一族。
誰が見ても一方は、取り潰しになり、もう一方は、いまだ隆盛を誇り続けることが予想された。
しかし、人間というのは自らの血を残したがるものだ。
自分たちの価値をあげたいのであれば、どうすればいいのか。
答えは簡単。
自分達よりも価値のある一族を消すことだ。
こうして、事件は起きた。
世間一般では【祠堂一族惨殺事件】として歴史に残ることになった。
その後、実行組である九頭竜家と指導者である兎束家は、現行犯で捕縛された。
だが、訴える人間がいなくなったのであやふやなまま、被告に判決が下ると思われた。
未熟とはいえ神官もどきの一族が消えることを恐れた『十家』は、兎束の行動に目を瞑るしかなかった。
しかし、だ。
捕縛された54名。
全員が獄中で死亡することとなった。
【窒息死】。
現在も謎の事件として残されている。
どうでもいいことだ。
それに理由はどうあれ、人を殺してお咎めがないわけがない。
天罰とは言わないけれど、因果応報と言っておこう。
こうして、【神官】の一族が消えてしまった。
ゆえに、【魔人】の一族も大手を振って活動できない窮地に陥っている。
………。
僕個人から見て、特段問題ではないと思っていた。
清純な土地を各十家は持ち合わせている。
なら、問題はないはずだ。
自然浄化こそが、基本なのだから。
一体何が問題なのだろうか。
そこは僕にはわからない範疇なのだろう。
人の機微に疎いのが僕の悪いところなのだから。
欠陥品である出来損ないには理解できるわけがない。
会議室から裏手の体育館に場所を移した。
そのまま会議室を荒らされたくないので。
「では、両者前へ」
なぜか僕が審判をやらされていた。
玖条の目的は大体理解できた。
頭を整理して導き出した答えは、実にシンプルだ。
ざっと、それぞれの陣営を見る。
御錠家の当主は、こちらの試合を見ているだけ。
久峨さんも、決闘を面白そうに今か今かと待ち望んでいる。
ただ、後ろのメイド………に扮した娘さんだけ別なところを見ていた。
これは………。
茂野辺さんは、御錠家を観察していた。
いや、ここにいる人、全員を見ているのか。
まあ、さっきも感じたけれど茂野辺さんはけっこう俯瞰して見ている節がある。
さすがということだろう。
栗栖さんとキリエさんは、面白くなさそうに僕たちを見ていた。
何も言わなくても理解できる。
『さっさと終わらせろ』と。
姫条さんは………、何事もないように瞑想をしていた。
我関せず。
でも、結果が見えているからこその無関心なのかもしれない。
「では、当主本人が直接このフィールドで模擬戦闘を行うこと。双方、問題ないですね?」
「ないわ」
「うんうん、いいよ」
あー、これは………。
両者………が、フィールド内に入る。
佳澄さんの顔を窺うと、ムッとしていた。
おそらく玖条さんの企みに気がついて利用されることに苛立っているのだろう。
それは仕方がない。
怒りに我を忘れてこの流れを作ったのは佳澄さん本人だ。
気にくわなくても、乗っかるしかない。
お互いが白線のラインで向かい合う。
………正確には、向かい合わずに佳澄さんは呆れかけている。
わからないでもないけれど、顔に出過ぎ。
その顔に玖条さんは苦笑いしていた。
では———。
「勝者、吾喰佳澄」
そういって、審判の役目を終えた。
この僕の言葉に、何人かが呆然として、何人かが驚きもせずに見ていた。
「どういうことかしら?」
「審判ができないのかね?」
御錠と久峨の当主が騒いでいるが気にしない。
久峨さんの後ろで娘さんが『しまった』という顔をしていた。
そうだよね?
ちゃんと進言しておけば、家名に泥を塗ることもなかった。
そんな中、茂野辺さんが割って入ってきた。
「お二方、落ち着いてください。灯火君はちゃんと審判としての仕事をしていましたよ」
さすが。
あとは、任せてもいいだろう。
「その前に、そろそろ解除しても大丈夫ですよ、玖条さん」
その言葉と共に今まで玖条の当主自身にノイズが入った。
その後、まるで泡のように消えていった。
「⁉」
「………一杯食わされたか」
この二人は自分達の置かれた立場をすぐに理解しただろう。
「そのお二方は、どうやらここにいる資格がないように思えますが」
別なところから声が上がる。
それは玖条のメイドから………さっきまで、佳澄さんと向かい合っていた本人その一人からだった。
だからだろう。
茂野辺さんが、苦笑しながら話しかける。
「葵さん、なかなか手の込んだことをしましたね」
顔の部分から泡が消えて、さっきまでの玖条さんの顔が現れた。
「いい機会だからね」
そういって、二方を見据えて———。
「御錠家は、降格。久峨家は、当主交代が妥当じゃない?」
「こ、この若輩者がっ‼」
頭にきたのか御錠のご婦人が、カツカツと足音を響かせてこちらに詰め寄って、手に持っていた扇子を振りかぶる。
それを受け入れるつもりなのか玖条さんは特段、構えもしない。
それはダメだろ。
方向転換。
距離5メートル。
一呼吸分。
右脚を起点に急加速。
あとは、スライドの要領。
………まあ、僕も甘い。
正確には、考えが、だ。
御錠さんの扇子がただの扇子だと思っていた。
だから、割って入ったときに、玖条さんを突き飛ばしてガードすれば問題ないと思っていた。
ガードしたときに腕にめり込み、中から嫌な音が響いた。
そっか。
それが御錠の武器なのね。
中に鉄心が入って………いや、野球バットのような―――。
僕はボールのように吹き飛ばされた。
急加速した僕は、逆方向に吹っ飛ばされた。
ガードした腕を見ると、逆方向………いや、歪に曲がっていた。
これはまた、病院生活かな。
そう思っていた。
でもこの場所で最も注意しなければいけない人物は御錠でも久峨でもない。ましてや茂野辺さんじゃない。
うちの鬼面使用人だ。
僕が吹き飛ばされた瞬間に、御錠の当主につかみかかっていた。
「ストップ!」
僕の言葉が、届いた時には御錠の当主の首にナイフが迫っていた。
まるでヤクザの鉄砲玉のようだ。
頼むから、おとなしく―――。
「押しつぶす‼」
今度は佳澄さんだった。
しかも、完全に切れている。
本気モードなのか、漆黒の髪はシルクの銀髪に変わっている。栗色の瞳も朱色に変わっている。
【魔人化】
あー。
やっちまった。
吾喰家は、火薬庫なのか⁉
「ふんっ!」
そんな言葉と共に佳澄さんが腕を振るった。
それだけで、突風が吹き荒れた。
鬼面の使用人は、すぐにノックバックして御錠さんから離れる。
空中に大きな手を模した気流が形成された。
『手』は、周りをグシャグシャにして振り下ろされる。
その間に、護衛の人達が四方に………均等に配置し何かをつぶやいていた。
この間、わずか一秒。
手慣れている。
次の一秒で、何かが割れる音がした。
おそらく結界術なのだろう。
御錠の名を関する人たちは、古風な技を使う。特に優れているのが結界術だとか。
でもその程度だと、次の一撃で全員潰れるよ?
が、御錠の当主が四方に配置された人の背面に何か護符のようなものを張り付けた。
マジか。
護符を張られた人を起点に結界内を守るものか。
つまり、四方にいる人はまさに人柱。
死んでも、その位置に固定される。
ひどいことを。
でも、その結界と佳澄さんの能力は相性が悪い。
迫りくる空気の拳。
それに対して、余裕の表情の御錠当主。
終わった。
御錠が。
まず、第一に防御だけでは勝てない。
第二に、目の前だけを気にしているからさっきも玖条さんに出し抜かれた。
第三に、佳澄さんを甘く見過ぎている。
バン!
という、音が結界に叩きつけられて―――。
内部で激痛に苦しむ御錠さんが見て取れた。
それを気にも留めず、佳澄さんは空気の拳を止めない。
仕方がない。
「もう大丈夫だから」
佳澄さんの拳を受け止める。
その拳からビリビリと振動が駆け巡る。
あまりの衝撃に着ていたスウェットの袖口がはじけ飛んだ。
まだ暴れるつもりなのか、佳澄さんの拳は掴んだ後もしばらくの間上下して僕の手を振りほどこうとしていた。
「大丈夫、大丈夫だから」
そういって、御錠さんとの間に入って………いわゆる、目隠しのように抱き着いた。
「ふうぅ、ふうぅ!」
どうして、ここまでいっきにマックスの力を行使するのか。
佳澄さんにまとわりつく黒い靄があたりを包む。
力が強いのも考え物だ。
この点で言えば、玖条さんは持久戦にもってこいだ。
それに遠距離戦もこなせる。
扱いきれない力なんて、無いのと同じである。
首を後方に向けて御錠さんを見る。
あまりの痛みで、気を失っていた。
おそらく、見ていた誰もが何が起きたのかわからなかっただろう。
確かに御錠さんの結界術で、佳澄さんの圧縮空気は防がれたはずだ、と。
そこが、まったくの間違い。
吾喰家代々の能力は『幻術』である。
相手を騙すことに特化している。
だからこそ、汎用性もあって恐ろしい点でもある。
だけど、今までの吾喰家の力は相手を『騙す』ことに偏った能力だった。
けれど、佳澄さんは考え方を変えた。
佳澄さんは『幻肢痛』という能力を使っている。
幻肢痛と言えば、失った手足がある様に感じられてジクジク痛くなるという物だが、佳澄さんはその逆をやっている。相手が拳で殴りかかってくるモーションを見た人が、一秒後に殴られてもいないのに痛みを感じる………ような感じか。
要は、相手の頭がこれくらい痛いと認知してしまえばダイレクトに痛みを誤伝達させられてしまうのだ。
だから佳澄さんの能力をまとめると。
一、幻術で相手に痛みを感じるものを幻視させる。
二、相手の脳内が当たればどの程度痛いのか演算させる。
三、相手に幻覚で投射させたものを近づけさせる。
四、ここで当てる必要はない。近づいてくるのは幻覚のため物理法則は一切効かない。
五、相手の脳が勝手に当たったと認知して痛みを脳が訴える。
こんなところかな。
あ、でも今回、佳澄さんは御錠さんの脳内で感じた『痛み』を倍化させていたと思う。
何せ、御錠さんの顔が物語っている。
でも、今回は、大々的に使ったからすごくないけれど、もしコンパクトに運用できれば無双できるだろう。それに燃費もよくなるはずだ。
佳澄さんの恐ろしい能力の一つだ。
………そう。
他にもあと二つ。
佳澄さんには恐ろしい能力が備わっている。
たぶん、この人達では手出しできないだろう。
対抗できるのは、玖条さんくらいだろう。
全員、まとめてかかってくれば万に一つの可能性くらいはひねり出せるだろう。
いそいそと茂野辺さんが御錠さんたち一行を壁によりかからせる。
久峨さんは、歯向かう気もないのか唇を噛んでいる。
栗栖さんとキリエさんは、お互いに意見を出し合いながら佳澄さんの能力を考察しているようだ。まあ、この力があれば、二人が担当している仕事はこなせるだろう。
姫条さんは………、この状況でもお茶を楽しんでいた。
存外に肝が据わっている人なのだろう。
玖条さんは………、あれどこに行ったのだろう。
「ねえ」
はっ、として正面を見直すと玖条さんが立っていた。
「玖条さん、じゃなくて葵ね」
「かってに心の中見るのをやめてください」
しかも、気配を感じさせないで近づくのも。
「あの子、すごいね。吾喰の家は順調そうだ」
その言葉に納得がいく。
「あなたの目的は、大々的な十家の確変ですか?」
「そうだよー。昔、ある人に言われたんだ。『現状を維持するなんて言葉ほど、不安な物はない』って」
誰だよ、余計なことを。
「それに権力に固執する人よりも、聡明で実力に似合ったことをする家のほうが事故は起きないかなって」
「『祠堂家』のことですか? 別に玖条の家には、関係のないことでは?」
そう言うと、彼女の目が変わった。
今までの親しみやすそうな、おもちゃを見るような目でもない。
大切なものを失った目だった。
「こんなバカみたいな………格式しか重んじないで実力に目を向けないアホどもがいる十家の中で唯一、希望の光みたいな人だったから」
そこでどうして僕を見る。
まるで誰かを重ねているような———。
遠くから茂野辺さんが全員に聞こえる声で、
「では、今回の件ですが御錠家と久峨家を降格。あとは全家繰り上げ式でいいですか?」
茂野辺さんが、まとめてくれた。
この中で、なぜか一番まともに見えてしまう。
家業は、一番まともじゃないのに。
「それと久峨さんは、そこにいる娘さんに家督相続の準備に入ってください」
「………わかった」
今の戦闘で、自身の力量が足りていないこと。
そして自身の失態でこんなことになってしまった自責なのだろう。
返す言葉にも気力を感じさせない。
むしろ悔しそうだ。
あとはよろしくやってくれ。
僕の出る幕じゃない。
僕は、佳澄さんを引き連れて体育館を後にした。
引き際、僕は両の手を叩いて退室した。
覚えたての結界術を応用して空間の穢れを払った。
「ほら、佳澄さん」
さっきまで、怒り心頭だった佳澄さんは今では逆に冷静になりぐずりだしていた。
この表情を見ると、歳相応でかわいらしく思える。
それよりも。
「ほら、おいで」
そういって、僕は首元を開ける。
ひきつけられるように、佳澄さんが僕の首元に顔をうずめて口を開く。
吐息が首元にかかる。
目の前に香ばしい料理がある様に垂れる涎。
逃げられないように両の手は僕の肩にがっちりと回され掴まれる。
首元に歯が当てられ———。
肉が裂かれた。
あふれ出す赤い肉汁。
吸い上げられる生命力。
失われる人としての寿命。
もし、僕が欠陥品でなく、身綺麗な人間であれば命の悲鳴くらい上げていたのかもしれない。
………『もし』、『ありえたのであれば』の話だ。
たらればのイフ。
そうありたいと願った願望。
でも、現実には悲鳴一つあげることはなかった。
頭の中で、『そういうものだ』と割り切ってしまう。
悲しいかな。
こんなにも理性で理解できていても本能が壊れているのだ。
自分で、このことを客観視できてしまうことが何よりも欠陥品である証だ。
そんなことを考えていると、抱きしめられている腕に力がかかる。
小刻みに佳澄さんが震えている。
その震えが、嗚咽であることに気がついた。
突き立てられていた歯は抜かれ、首元の血はダラダラと垂れ流される。
首元を拭うことなく、僕は佳澄さんの背中を擦った。
落ち着くのを待って。
しばらくすると、佳澄さんが胸元で寝息を立てていた。
ふぅ、と口から勝手に安堵の息が出る。
メイドさんたちを呼び、佳澄さんを運んでもらう。
僕の右腕は、グシャグシャに折れ曲がっている。
ゆえに佳澄さんを運ぶことはできない。
佳澄さんを退席させてもらった後、僕自身の治療をしようとしたときに不意に背後から気配がして振り向くと鬼面の使用人がいた。
相変わらず、気配がしない。
【申し訳ありません、踊らされました】
「気にしなくていいよ。十家のイザコザなんてざらなんでしょ? 甘く見積もっていた僕の過失だよ」
そういった時に、不意に鬼面の使用人が手を差し出してきた。
なんとなく、やろうとしていることはわかる。
はあ、注射前の覚悟の時間だ。
だから、身を委ねる。
【少々、歯を食いしばってください】
予想していた。
身構えるより早く———。
腕を思いっきりひねられた。
脳が一瞬にして沸騰する。
が、気がついた時にはすでに固定用の木片と一緒に包帯が巻かれていた。
すでにテーピング済みとか、手の器用さがずば抜けているな、この人は。
何気に腕部分がぬめっている感触から骨折用の軟膏でも塗られたのかと理解する。
そうこうして、処置をしてもらっていると急に鬼面の使用人が臨戦態勢に変わった。
腰に装備している小刀の柄に手を添えて、入口を睨んでいる。
まあ、誰が来るかなんて予想できる。
「もう処置されているなんて。あいかわらず優秀なのね、燎火さん」
玖条………葵さんだった。
それにしても、今のやり取り。
この人は、この鬼面使用人と面識があるみたいだ。
ただ、言葉に棘がある様にも感じる。
「とりあえず、謝っておこうと思って。私の思惑に巻き込んで怪我させちゃった。………本来なら、誰も傷つかないと思っていたのだけど」
この人は、多分僕が介入してくるとは思っていなかったみたいだ。
そして棚上げしているが、自分が傷つくことは織り込み積みで『みんな』と言っているのだ。
「少なくとも、御錠さんの扇子を顔面に受けていれば、頬骨くらいは余裕で砕けていましたよ」
「それでも、仕掛けた側には何かしらの犠牲が出ても仕方のないことだから。覚悟はしていたのよ」
そこまで来て、この人がまじめで実直な人なんだと理解した。
だからこそ、疑問に思える。
「そこまでする価値があったのですか?」
「そうね。少なくとも御錠家には絶対に潰れてもらうと思っていたから」
さらっと爆弾発言をした。
「でもさっき、降格って———」
「御錠には口で言えないことを平然と行っていた責任があるの。分家筋には、今の御錠を支えるだけの実力はない。それに、御錠の血は土地の荒廃で薄くなっているのよ。他家も理解しているから言葉では『降格』。でも実際は、『おとり潰し』。それに個人的に許せないことに関係しているから」
血縁者の能力がどんどん落ちてきていると。
だからこそ他家に気取られないように過剰な権力の見せびらかし。
さらに、私怨で?
あー、めんどくさくて理解不能な権力闘争。
「それで、なんで御錠を?」
「私達、玖条の調べだと『祠堂家』の事件の裏に御錠も関わっていたからよ」
「? 兎束一族だけでなく?」
「そりゃそうよ。兎束風情に、政権を握っている九頭竜にアポを取れるほどの実力はないわ。裏で手引きできるのは五家。前玖条当主と茂野辺家は外しても問題ないわ。というか玖条は祠堂家に大恩があるのだから。茂野辺は常に十家には干渉せず、必要があれば相談して九家の多数決で方針を決めるから。………もちろん吾喰家も」
ふーん。
「久峨さんのところも疑ったけれど、あの人の性格からして裏で暗躍は無理ね。やるなら正々堂々のスタンスだから」
なんとなく理解できる。
曲がったことが嫌いそうなあの人らしい。
「だから御錠の裏を調べてみたのよ。まあ、いろいろ出てくる出てくる。かわいい物としては、政治家たちへの買収行為。これだけでも『十家』の違反行為。海外マフィアとの癒着とか。そしたら、案の定、九頭竜家との会談があったわ。しかも事件三日前。あとは、関係者を煮るなり焼くなりして情報を引き出したわ」
この人も大概、危ない橋を渡っている。
おそらく、歳はそれほど変わらないだろうに。
「安心はできないけれど、古い切り株は切り落としたから。あなたたちの生活は続けられるわよ」
なんだろうか。
この人の言い分だと、まるで守られたような———。
「なんかあったら、連絡頂戴ね。私はあなたの味方よ」
そういって、会った時と同じおちゃらけた雰囲気に戻って去っていった。
何だったんだ?
それにしても———。
メイド服を着た鬼にお説教をしないと。
「ちょっと体重計にのってもらえる?」
嫌がりながらも、燎火さんを体重に乗せた。
ERROR。
300キロ測定できる体重計が………。
僕は、懇切丁寧に他のメイドたちに事情を説明して燎火さんに備わっている武器を取り除いていった。
………もちろん、脱がせたのはメイドの人たちだ。
紳士を目指す身としてそこの線引きはしっかりする。
そのあと、凶器の山ができたことに戦慄した。
あの細身の体にどうやって収納していたのやら。
四次元ポケットでも持っていたのだろうか。
今度、金属探知機を当ててから仕事に入ってもらうことにしよう。
佳澄さんのご両親が帰って来たのは、それから一時間後のことだった。
案の定だが、佳澄さんはご両親から説教された。
それも深夜になるまで。
僕はというと、佳澄さんのお母さん、花南さんから『安静にしていること』と釘を刺され自室で横になっていた。
実際に、腕は痛くて稼働には難がある。
そして、案の定、お目付け役に鬼面………燎火さんをつけられた。
武装を解除してから、自分の体重に振り回されているようにフラフラしていた。
どうにも、重さが足りないらしくバランスが足りないらしい。
が、椅子に座っている分には問題ないらしく。
僕を見下ろす形で、身じろぎせず、まっすぐに。
………怖い。
だって、鬼面がこっちをみて何も言わずにたたずんでいる。
はあ。
もう少し、愛想のいい表情を見せてくれれば。
考えるのをやめる。
もう寝よう。
「おやすみ」
そういって目を閉じる。
閉じた闇の中で、そっと手を握ってくれる温かさを仄かに感じて———。
不器用な人だと、苦笑しながら深海に落ちていった。
そのあとの結末。
玖条家と茂野辺の関係者………警察関係者が御錠の家宅捜査を行っていたらしい。茂野辺さんのところは警察関係が多く、玖条さんのところは司法の部署に席を置いている人が多いようで。
おそらく、玖条さんと茂野辺さんは、お互いに御錠家に探りを入れていた節がある。あまりにも迅速な動きだ。今回、示し合わせたように連携できていたのも納得できる。
もちろん、証拠があるから家宅捜査を実施したのだ。
それがどの事件に関係するのかはわからないけれど。
当主不在の間を狙って。
御錠家の破綻。それにともなって内部からいろいろな、………まあ、物的証拠が出てきて一族郎党牢屋に入ったとのこと。分家筋をどこまで同罪とみなすかで揉めたようだが。
その後、トカゲのしっぽ切りのように、関係各所から情報が溢れてくる。
そのせいで連日連夜、ニュースの一面を飾ることになっている。
玖条………葵さん曰く。
『ここまでやらかしているとは思っていなかった』とのこと。
マスコミも、飢えた獣のように喰らいついてくる。大方、ネタに困っていた記者たちが書きたてたのだろう。何というか、マスメディアとしての誇りをもっている人の文字ではない記事が散見される。犠牲者という言葉とその人数。それを大々的に取り上げ誇張する。これならゴシップ誌を読む方がまだマシに思える。
金にならなければ、記者たちも食べていけない。読んでいて、書いている側が『書きやすくて、他人の同情心をあおりやすい』という意思・意図が見え透いている。
感想として『そうか』、『ふーん』の三文字くらいしか頭に思い浮かばない。
この話は、もうおしまい。
それよりも———。
『また今度、そっちにいくからお姉さんをおもてなししてね』
僕のスマホに勝手に葵さんの連絡先が登録されていた。しかもSNSでさらっと連絡してくる。
このことを知った佳澄さんは僕にビンタした。
その後、佳澄さんはご両親にねだってスマホを入手して僕と連絡先を交換した。
なんでー?
それに通学でそこまでスマホ必要ないでしょ?
それを言ったら、またビンタされた。
家にいるときも、佳澄さんからSNSで呼ばれることがしばしば。
その後直接、言うように伝えた。
再度ビンタされた。
多感な歳なのだろう。
葵さんは、定期的に出没するようになった。
そのたびに、佳澄さんが敵愾心をあらわにしていた。
会うときは近くのチェーン店のカフェで待ち合わせるようにしている。
まあ、内容としては特段なんて事のないものだ。
『腕のけがは治った?』、とか。
『身長何センチ?』、とか。
『進学先はどうするの?』、とか。
なんか距離が近い。
物理的ではなく、心理的に。




