2013年5月 Part11
『ふーん、ふふーん』
佳澄さんの鼻歌がマイク越しに聞こえてくる。
念のために、持たせていたマイクだ。
兎束の総本山に単独で乗り込むと言った時に、佳澄さんが猛反対して聞き入れてくれなかった。一人で何十人といる場所に乗り込むなんて無謀が過ぎる、と。だから、私を連れていけとのことで。
あたりは、トマトを投げつける祭り並みにベッチャベッチャに真っ赤だ。
僕は、外で待機だ。
屋敷から飛び出してくる関係者がいるかもしれないからだ。
まあ、ネズミを逃げすほど『十家』最高火力は甘くないけれど。
ちなみに、吾喰の家で佳澄さんが行くと聞いた時、僕は「なら任せるよ」と言って別なことをしようとした。葵さんのことも気になったし。
逆鱗に触れたかのように、拳が飛んできた。
「いっしょ、に、行きましょう」
圧(暴力)の強い言葉に押されて渋々ついて来た。
案の定、乗り込んだ佳澄さんのマイクからは鼻歌が聞こえてくる。
ここ最近、溜まっていたストレスを解消しているかのように。
時々、悲鳴が混じりこむが一定に聞こえる鼻歌にかき消される。
状況がつかめないけれど、問題ないようだ。
おそらく、鼻歌をあえて入れることで惨劇を聞こえなくしているのだろう。
もう一つは、何かあれば鼻歌が消えるということだ。
合理的だ。
今日、この日のために学校は欠席。
家庭の都合だが、そこらへんは『玖条』のおかげで融通が利く。
そこで、ふと気がついた。
………ああ、ゴールデンウイークの代わりをしているのか。
ここにきて、佳澄さんが二人でこっちに来ようとしていた理由が分かった。
鈍い僕でもやっと理解できた。悲しいかな、こういった感情の機微には、やはり疎い。
飛行機、電車、徒歩。どれも佳澄さんは、はしゃぎまくりだった。
緊張感などない。
おそらく、『兎束』などおまけのようなものと考えているのだろう。
飛行機で一時間半。
電車で一時間。
徒歩で二時間の山中。
そこに兎束の本山がある。
元々、兎束は自分たちの肉体を極めることを焦点に当て外法による修練で開花させた【能力】だ。
また、自身を極めることは穢れを払うことでもある。
それが兎束が十家最弱ではあるが招集された理由でもある。
ただし、兎束の修練は初代から三代までが限界だった。
人間は堕落していく。
自分達の人生の半世紀を費やして行うことなのか、と。
そうして兎束は落ちぶれ十家から脱落した。
自己の内在を見直すことを中核とした家が自身の欲求という当たり前のことに目隠しをして見失った。
正確には問題を起こして脱落した。
『終わったわ』
インカムから、鼻歌は無くなり淡々とした声が帰ってきた。
庭にある石の上で佳澄さんが出てくるのを待つ。
ふっと、屋敷の横、修練場だろうか。
その入り口に達筆で、
『自己の獣に挑み、自らの境遇に甘えることなかれ』と書かれていた。
おそらく、兎束の初代が刻んだのだろう。
残念ながら、初代の思想は受け継がれなかったらしい。
せめてひっそりと落ちぶれてくれれば。
おそらく、『元十家』という肩書に縋ったのだろう。
「御錠のように器用であったら、こうはならなかっただろうに」
ドミノ倒しのように、着々と準備を進め、あとは一手を加えて、事件後には背後関係がわからないように一つのピースを引き抜くくらいの計画性があれば………。
いや、そこが『兎束』なのだろう。考えたくはないが、もしかしたら初代は落ちぶれるのを見越してあえて修練の中に爆弾を潜伏させていたのか?
………僕が考えても詮無いことだ。
そうこうしている間に佳澄さんが表門から出てきた。
全身を真っ赤に染め上げて。
僕が口元を曲げて佳澄さんを見るのと同時に、佳澄さんは指を鳴らした。
その音に共鳴しているかのように、山岳地帯に建てられた建物が軋み音を立て始める。
木造の柱から、まるで重量物がのしかかっているかのような、悲鳴の音。
重力がそこだけ違うかのように圧迫されていく。
限界を超えたのか、一本、また一本と爪楊枝が折れるようにひしゃげていく。
最後は、壮大な音を立てて建物が潰れ山から滑り落ちた。
「これで体裁的には、建物の劣化による倒壊と巻き込まれた哀れな人達になるね」
時々、佳澄さんが恐ろしくなる。
一切の容赦や躊躇はない。
機械的に処理する。
道端の蟻を踏んでいるように。
あ、ごめん。
そんな感じだ。
頼もしくもあり、恐ろしくもある。
きみは、人間だろう?
———。
「今日は、月がきれいですね」
「ん? ああ、そうだね。山の上だから綺麗に映るね」
静かな夜。
周りの喧噪もない。
二人だけの空間。
「今日は、星を見ながらゆっくり帰りましょう」
「山の中だから、足元に注意してね」
目的を果たして下山を始める。
周りにいる精霊たちに周りの浄化を頼みながら。
しばらく山中を歩く中。
木々に紛れてこちらを見ている気配がする。
………周囲の観察を怠っていたか。
自分の失態に気がついた。
歩く足を止めた。
「兄さん?」
僕が止まったことで、佳澄さんは振り返り僕を見た。
はあ、しかたがない。
「少しお手洗いに行ってくるよ」
「この山中で、ですか⁉」
大声で言わないでほしいな。
恥ずかしい。
僕は、手を振って茂みの奥へと進んでいく。
しばらく進むと開けた場所に出た。
その一角だけ、綺麗に整備されていた。
「おや、こちらからお出迎えする前に来てしまいましたか」
数人の男たちが、待ち構えていた。
一人の女性を拘束して。
「あまり手荒なことはしたくないのですが」
女性に喉元にナイフを押し当てる。
女性からは短い悲鳴が聞こえる。
どうやら兎束の残党、それも質の悪いことに人質をとるタイプらしい。
「一般人は殺せないよなあ?」
なるほど、納得した。
こいつらは、馬鹿だ。
ただ、秘匿されるべき【能力】を一般人に見せるわけにはいかない。
だから僕が力をふるえないと踏んだのか?
どうやら、無い知恵を振り絞っての回答らしい。
アホらしい。
「わかったら、———おい!」
構わず、ずかずかと踏み込む僕に彼らは女性の首元にナイフを押し当てる。
押し当てられた部分からは、血が流れ始めた。
「こっちは、本気なんだ!」
「だから?」
僕の回答は、淡々としたものだ。
イライラしているのか、握るナイフに力がこもっている。
だけど、気にしない。
「本気で殺すぞ⁉」
あー、めんどくさ。
そもそも、ここで一般人を殺害すれば兎束の家の再興は泡沫のごとく消える。
まあ、元々ないけれど。
後先、考えられなくなっているとしても一時しのぎでしかない。
なにより、僕のことを優しい人間だと勘違いしている。
距離を詰める。
止まらない僕をみて、叫び声をあげながら二人組が僕を覆うように飛び掛かる。
手には、サバイバルナイフ。
武器があれば、なんとかなる。
素人すぎる。
兎束の初代が見ればどんな嘆きの声が聞こえるだろうか。
もっとも、修練はしてこなかったと見える。
それよりも。
こっちもいろいろ思おうところがある。
はっきり言うのであれば、めんどくさい、の一言だ。
今日一日無駄な時間を過ごした。
それなのに『追加です』と言われて、楽しいはずがない。
それもこんな低俗な。
だから。
眼帯を外す。
世界が悲鳴を上げる。
懺悔するように情報の濁流が押し寄せる。
突如訪れた『死神』に目の前にいる人間だけでなく周囲の生物すべてが【死】を見た。
僕以外の人間の四肢が弛緩する。
立っていられない。
【死】という避けられない崩壊を疑似的に体験している。
「ああ、あぁ?」
「あ、あ、あ、ああ」
飛び掛かって来た男二人は力なく地面に落ちていく。
なんて事のない、わかりきっていた事実。
だからこそ、無実の女性に———。
【停止】
まるでテレビのリモコンを押されたかのようにそのままビタッと停止する女性。
生命活動を停止したのではない。
ただ彼女の空間が停止しただけだ。
「お、おい!」
手の内にあった女性が動かなくなりナイフを再度当てようとしても何かに弾かれていた。
この世の理を無視した異様な風景。
さて、と。
「【反転】」
僕の言葉と同時に武器を構えていた三人の内の一人、男が急に苦しみだした。
同時に、僕の目には黒い靄が彼を覆いつくそうとしていた。
いわゆる———。
「「【魔堕ち】⁉」」
倒れこんでいる二人が驚愕の目でこちらを見ていた。
あとは、保険をかけて———。
黒い靄にかかった彼にタイマーをセットする。
仕掛けられた彼の体はその瞬間から崩壊を始めた。
僕は、そっと眼帯をかけ直す。
世界から悲鳴が消える。
「それじゃ、頑張って生き延びてね」
僕は、固まっている女性を担いで木々の間を跳躍していく。
背後からの悲鳴を聞きながら。
僕は佳澄さんのいる道へと戻っていった。




