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2002年1月 Part4

 ハクボさんが玖条家に来て一週間。

 今日が、ハクボさんの最終日。

 そのあとは、また祠堂の人間と玖条の人間に別れてしまう。

 だからこそ。

 「あ、あの!」

 勇気を振り絞って声を出す。

 「うん? なに?」

 ハクボさんは何事もないかのように振る舞っている。

 だからこそ怖い。

 玖条の事実が本当ならこの人はどんな思いでここにいるのだろうか。

 「………玖条を恨んでいないのですか?」

 その言葉に、ハクボさんの肩がピクッと動いたのを見た。

 「………恨んでいない、か。難しいね」

 難しいだろうか。

 「恨まない方がおかしいと思います」

 「その口ぶりからして、何かしら書斎にあったの?」

 「ええ、日記が」

 「………」

 ハクボさんは少し考えてから。

 「昔のことだから、うまく言えないけれど。恨むというよりかは、後悔が多かったかな」

 「後悔?」

 その言葉には意外性があった。

 後悔とは自分が考えてきた中で遠い言葉だったからだ。

 「僕が『()()()()』で生きていけたのは、()()()()()()のおかげだし、死にかけても道を教えてくれたのも()()()()。だけどさ、結局、僕は寝たきりであの人達が死んでいくのを見ることしかできなかった。『ごめん』も、『ありがとう』も、『さよなら』も言えなかった。だから後悔しているんだ」

 「でも、それは………」

 玖条の『罪』であり、自分に置き換えるのは方向性が———。

 ………ああ、そうか。

 保健室で会った少年は、俯瞰して物事を見ていた。

 当事者でないのなら、そこに罪の意識を持つことは死んでいった人たちの人生を踏みにじる行為だ、と。

 だから、

 「その後悔は、全部玖条のものですよ。だから、ハクボさんはこれから来る『幸せ』を考えてください」

 彼を見据えて言い切った。

 そんな私に驚いた表情を見せたハクボさんは。

 「僕の嫁や息子みたいなことを言うね、アオイちゃん」

 そんなことを言って笑った。

 「あの部屋から出されたとき、すでに5年間の歳月が流れていて、いろいろあきらめかけていたんだ。………小学生から中学生の時間がなかったのだから。勉強はおろか体力的にもいろいろと辛い日々だったよ。百メートルを歩くだけで貧血になるほどなんだから。しかも、右腕の感覚が鈍い」

 それは見てもわかる。

 包帯でグルグルに巻いているけれど、ほぼ壊死している。

 「こんな壊れかけの体で生きていかないと、って思うと苦しかったよ。でも篝火(かがり)が、付きっ切りで僕のことを介抱してくれて何とか今まで生きてこれたから。なんとか生活ができるまでにはなったよ。でも、………ちょっと、生きている意味が分からなくなってね」

 言葉が、重いのか口からでるものは、どれも振り絞るような声だった。

 「そんなときに、篝火から………まあ、プロポーズされて『私と一緒に幸せを探しましょう』って。そのあと、数年一緒に暮らした後、子供が産まれてなんとなく『幸せ』ってこういった日常なんだな、ってわかるようになって。………そうやって、振り返ると『あの部屋』にいなければ篝火と出会っていなかったわけだし。だから、もう玖条に対しての感情はないかな。それよりも()()()()()()みんなに面白い話をしてあげられるように今は目一杯生きて語れることを増やすこと。それが僕の償う後悔の清算かな」

 なんというか、光を見た気分だった。

 背中が大きく感じる。

 尊敬の念を抱いてしまう。

 自分もこんな風になりたいとさえ思ってしまう。

 「てんやわんやの方がみんなに笑ってもらえる気がしてさ。だから、あきらめかけた人生だけど、今をもう少し謳歌しようって頑張っているよ」

 その言葉になんだか、こちらが救われた気がした。

 「ありがとうございます」

 自然と口から漏れた。

 「? どうして、アオイちゃんからそんなこと言うのさ。アオイちゃんは、アオイちゃんの『幸せ』を探しなよ。家に捕らわれずに、ね?」

 「それを当主になりたての子供にいいますか?」

 つい、クスッと笑ってしまう。

 気持ちが軽い。

 重いものが抜けていく。

 でも明確な『何か』が私の中に芽吹いた。

 そうして、その日を境にハクボさんは祠堂の家に帰っていった。

 

 

 

 一年後。

 2003年7月

 『祠堂一族惨殺事件』が起きた。

 当主である篝火さんを含め、祠堂の一族は終わりを迎えた。

 それは、必然的に。

 

 祠堂薄暮の死も確定した事件でもあった。

 

 

 


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