2013年5月 Part7
『たまり場』。
別に深い意味はない。
僕がこの街に来てから知った場所だ。
社会の輪に溶け込めずに、反発する集団。
行き場を失った者がいてもいい場所。
そして———。
表から見捨てられた吹き溜まりの場所。
歓楽街の大通り横を過ぎて路地裏に入る。
「本来なら、警察の仕事なんだけどね」
誰に同意を求めたのか。
ボソリ、と独白する。
と言っても、地元警察と協力して夜の巡視を行っているのは事実。
今回も、恒例通り最初に所轄の警官たちに声をかけている。声をかけてあえて穴を作ってもらった。
さっき事態を簡潔に聞いた警察官たちは、応援を呼ぼうとしていたが、やめてもらった。
全容が掴めない時、大々的に動かれると、出ている尻尾が引っ込むかもしれない。
それに相手が『人間』ではない場合も考えられる。
感染する可能性も。
ゾンビのように噛まれたら、ゾンビになる方式をとられていたら最悪、治安維持部隊が壊滅的ダメージを受けることになる。
だから、持ち回りを分けてお願いすることにしてもらった。
夜の裏通りは僕たちが。
昼と表通りは、警察の人達が。
そして、今になる。
路地裏を歩いて数分。
少しだけ開けた場所がある。
区画と区画の間。
そこには廃工場が存在していた。
昔は、木材の加工工場だったとか。
今では、当時使われていたものは一切なく。
倒壊寸前と言ったところだ。
だけど、中から話し声や笑い声が聞こえてくる。
当然、僕はこのことを知っている。
というか、知っていてここに来た。
軋む鉄扉を開く。
錆びついて開くたびに派手な音が室内に響き渡る。
まあ、来訪者ベルだと思えばいいか。
そうしていると、中からガラの悪そうな人たちが出迎えてくれた。
………あれ? 知っている顔がいない。
おかしい。
「おい、クソガキ。ここがどこだかわかってきてんのか?」
「そうだぜ。帰ってママのおっぱいでもしゃぶっとけや」
おー、伝統あいさつ。
僕が初めてここに来た時もそんな感じだった………け?
忘れた。
「お気遣い、ありがとう。ところで君たちのボスに会いに来たんだ」
「はぁ?」
「おい、ナメてんじゃねぇぞ⁉」
振り下ろされる拳。
雑な体の動かし方だ。
重心を右へ。
おろされた右腕を掴んで引っ張る。
相手の体勢が崩れて前のめりになったところに、顎に手を添えて押し返す。
「かっ⁉」
派手な音を立てて地面に転がるチンピラA。
あれ? こっちの人間なら慣れた痛みのはず。
音は派手だけど、特に痛みはないように調整している。
それにこの場面を燎火さんに見られていたら、この二人の命が危ない。
この程度、猫にじゃれられて爪を出された程度だ。
いなくてよかった。
「てめぇ!」
焦ってこっちに覆いかぶさろうとするチンピラB。
こと荒事に向いていないな、この人達。
体勢を半歩ずらして姿勢を低めにして、手を組んでそのまま肘で脇腹を打つ。
「くあっ⁉」
見事に決まって、悶絶したチンピラB。
「ごめん、手加減はしたから痛みはすぐに引くはずだよ」
その二人を置き去りにして中に進む。
二つ目の扉を開くと、やっと見知った顔があった。
向こうも僕が来たことを認識したのか、座っていた椅子から立ち上がり頭を下げてきた。
「ご無沙汰しています、灯火さん」
金に染めたオールバック、黒のサングラス、インナーウエアから覗くがっちりした筋肉。
ここをまとめる男。
「久しぶりだね、ザイ」
ここのことなら大体なんでも知っている。
特に———。
裏の事情については。
「新人が入ったの? 入り口で絡まれたから眠らせちゃった」
「申し訳ありません。まだ教育途中でした。今後、吾喰様は通すように言って聞かせます」
丁寧な物腰だが、相手の隙を伺う鋭い眼光。
サングラスをしていても獣じみた野生は隠せていない。
「それはいいんだ。次も小突いてあげるだけだし」
「お戯れを」
実際にそこまで手間じゃない。
燎火さんに見つからなければいいだけだ。
「それで聞きたいことがあるんだ」
「私に尋ねるということは、暗い案件ですか?」
中々に申し訳ないと思う。
このザイという男は、中立派だ。
いや、調停派と言った方がいいか。
ここで生きていくためには、善はともかく悪にもならなければいけない。
その天秤が傾き過ぎないようにしているのが、調停派の役割だ。
だが、同時に外部に情報を流さないように制限をするのも調停派の役割でもある。
ここに住むみんなの生命線を握っているようなものだ。
「私の立場を踏まえたうえでの質問であれば」
「踏まえても、答えてくれないと困る質問だよ」
より一層、眼光が厳しくなる。
「であれば、お答えできません」
まあ、そうだよね。
でもね、そうはいかない。
「君達が最初の餌食になりそうだから………いや、もうすでに標的になっているかもしれないから今回、急いできたんだよ」
「………」
眼光は未だ強いまま、目元を細めた。
言葉はないが、敵意が薄れている。
ようやく話を聞く気になってくれた。
ザイにここ最近、起きていることを話した。
ザイは、特段、【能力】や【特異体質】を持っているわけではない。
だが、拳と知力でのし上がってきた奴でもある。
ゆえに、社会の裏側で日常的に人が死んでいるのは知っている。
もちろん、僕たち【鬼退治】専門家のことも。
「で、話を踏まえたうえで聞きたいのは、ここ最近、新しい【薬】が出回っていないかを聞きたくてね」
「………」
違法ドラッグというのは、いつの時代でも消せないものである。
人間だれしも幸福や安心感、愛情に飢えている。
しかし、現実は残酷だ。
幸福と言うのは砂粒のようなもので、やるせなさという大地の上に存在している。
そんな弱さの隙間に、流し込まれるのが薬物だ。
一回、その多好感を知ってしまったら戻れない。
自制心なんて働かない。
一回やったら、伝播して他人を巻き込む火災のようなものだ。
ゆえに薬物というのは、規制されてしかるべきものなのだが。
だが、ここでは違う。
規制対象『外』の薬物の売人をしている奴がいる。
………救えないことに、容認しなければこの裏側は壊滅してしまう。
ザイも、見て見ぬふりをしている。
本人も辛い立場だろうに。
性格からして、歯がゆい思いだと思う。
だが、裏側を守る調停派としては、沈黙するしかない。
「ここ最近はありません」
そう答える他ないよな。
『嘘じゃない』
………お?
近くにいた心理眼をもつ妖精に来てもらった。
正確には、この街に住み着いている妖精だ。
妖精が言っているということは真実。
彼らも『嘘』を生業にしている。
だけど、『僕』には『嘘』をつかない。
いや、ついてはいけない。
質問を変えよう。
「ここ最近、僕ら以外でここに出入りしている人間は?」
「いません」
『嘘』
ビンゴ。
「外部の人間となにしているの?」
「裏側の巡視程度です」
『嘘じゃない』
ザイも馬鹿ではない。
過去、何度か会話をして僕が嘘を見抜く術を持っているということは認知している。
だから、当たり障りのない会話と虚言を交えている。
その対象が聞いていても問題がないように。
「その巡視は夜間?」
「いいえ、昼に」
『嘘』
薬ではなく、対象がここら辺を回っていると。
「何度も一緒に行っているの?」
「行っていません」
『嘘じゃない』
一回だけ、ここの地理を見てまわったのか?
それは仕方ないか。
ザイもお金は必要だ。
………いや、もしかして。
「入口の人たちも『対象』の指示?」
「ただの新人です」
『嘘』
裏が取れた。
なるほど、入口の『あれ』はザイに対しての監視だったのか。
「燎火さん」
名前を口にした瞬間、風が吹いた。
「他に『監視』は?」
「いません」
『嘘じゃない』
遠くから金属がこすれる音が聞こえた。
もう終わったの?
はやいねー。
「いいよ、普通に話して」
「相変わらず仕事の早いお方だ」
警戒心は解かないけれど、ザイは一息をついた。
「信頼されてうれしいよ」
「あなたが異常なんです」
そう?
「的確に『嘘』を見抜き、意図を汲み取る。これほど恐ろしい会話術を持つ人を警戒しないわけにはいきません」
そうかな。日常的過ぎてよくわからない。
どちらかと言えば、他人の機微に疎いから、教えてほしいくらいだ。
「それで? 知っている範囲でいいから教えて」
そう言うと、ザイは素直に語ってくれた。
「新手の『薬物』は出回っていません。しかし、よそ者がよく来るようになりました。そのうち、さっきの二人も唐突に現れてここで警護をするようになりました。最初は新手の覆面と思いましたが、動きは素人、ですが身なりはしっかりしていることから裏を調べてみました。ですが、まっさら。ここの出身じゃないからだと思いましたが、そんな奴がわざわざここに来る理由なんてない。だからこそ部下に深入りしない範囲で調べ上げてもらったんです。しかし、結果はゼロ。無能な部下なら、それで納得していましたが、こっちも情報戦に長けたベテランを使ったんです。つまり、背後に大きな奴らがいないと素性を揉み消せない。だからここ最近出入りしている奴らの仲間だと断定しました」
『嘘じゃない』
異常には気がついていた。
でも、慎重に動いている、と。
やっぱり、このザイという男は頭がキレる。
「質問をかえよう。そっちに急におかしくなった人は?」
「………それなりに。私も最初は新手の『薬物売買』だと思っていました。しかし、特に何もしていないヤツが急変。そこで私も情報収集しようとした矢先にあいつらが———」
なるほど。
主防犯は、かなりの切れ者らしい。
裏の頭を抑える能力を持っているのだから。
「でも、ただ座していたわけではないよね? 君のことだから探りくらい入れているよね?」
「お察しの通り。しかし、中々に口が堅い。わかったことと言えば、政界に通じて、元十家、悪名高い御錠の一族としか」
「いや、簡単に割り出しているじゃん」
拍子抜けだ。
まさかそこまで吐かせているとは。
ザイという男の才能なのだろう。
他人とうまく話すことができない僕にとって羨ましい才である。
「にしても、御錠か。数年前のガサ入れで、『御錠』と名乗ることすら忌避されたのに。よくもまあ、そんなことできるよねー」
「逆に『御錠』だからでは? これ以上、『御錠』という名前は地に落ちませんから」
「ふーん、なるほどね」
今のキレイな世の中で、『御錠』という汚れた苗字は、さぞウケがいいだろう。
手頃なパイプ椅子に腰を下ろす。
少し腰を下ろして確認しよう。
「それじゃあ、君は今回のことでどうして急変したのかはつかめていないんだね?」
「はい」
『嘘じゃない』
「『御錠』の一族が今回の黒幕?」
「判断がつきません。悪名高い『御錠』という名前を使っただけという可能性もあります。なので、黒幕が『御錠』という可能性は捨てないまでも他の可能性もあるかと」
『嘘じゃない』
「君はこれからどうする?」
「まず情報収集しながら、『売人』役を抑えようと思います。あとはそいつになりを潜ませるように言います」
『嘘じゃない』
ふーん。
「いいんじゃない? このままだと、この区域は終わりを迎えるから。君だって、隣人が死んだら目覚めが悪いだろ?」
「問題ありません。住む場所と食糧事情が改善されます」
『大嘘』
つい、吹き出してしまった。
「次までに、もっとユーモアの効いた冗談を言えるようになっていることを期待しているよ」
そういって、ザイの下を離れた。
背後から、
「妖怪め」
という悪態が聞こえたが聞こえないふりをした。




