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2002年1月 Part3

 学校に来ても、気分は優れずに午前中の最後の授業、音楽で倒れてしまった。

 保健室。

 具合が悪いはずなのに、目は無情にも冴えわたり、瞼を必至に閉じようとしても窓から射す陽光がちらつき意識を沈ませてくれない。目を開けても蛍光灯の光、天井のシミ、カーテンの白さが目に付く。

 すべてが気持ち悪い。

 ああ。

 いっそ、お腹にあるものをぶちまけられれば楽になるだろうか。

 けれど、朝は何も口にすることができなかった。

 正確には、朝ごはんを見た瞬間に吐いてしまったからだ。

 でも、一番気持ち悪いと思ったのはこの人達が『()()()()()()()()()()()()()()()()()』というところだ。

 あんな事実を知ってしまったら———。

 「大丈夫?」

 唐突に投げかけられた言葉に、重い体が飛び上がってしまった。

 声の方向を見ると、私よりも幼い少年がいた。

 しかも、この()()()()()()()()()()()()じゃない?

 部外者は、セキュリティで侵入できないはずなのに。

 どうやってここに………。

 「()()()から、ちょっと見てほしいって言われたから」

 心を見透かされたかのように、少年が答えた。

 「見てほしいって、先生か保険医でも———」

 追い払うように、邪見に扱おうとしたとき。

 「『病室(あそこ)』で死んだみんなから」

 そう言われて、再度、跳ね上がった。

 「なんで⁉」

 体から出せる限界の声量を振り出した。

 でも、少年は答えない。

 「うーん。だからこそ、呼ばれたのかな」

 「え?」

 わけがわからない。

 口を開きかけて。

 パチィ。

 指を鳴らされた。

 それだけで私の意識は嘘のように暗転した。

 

 

 

 夢だ。

 意識を失ったはず。

 なのに、見覚えのある場所に立っていた。

 

 彼岸花の咲く『()()()()』へ。

 

 夢の中だと自分で理解できた。

 明晰夢?

 そう思った。

 でも、私を囲むように———。

 

 ()()たちが私を見ていた。

 

 頭が破裂した人がいた。

 腕がちぎれた人がいた。

 常時、口から血を流している人がいた。

 脚がありえない方向に曲がっている人がいた。

 お腹に穴が空いている人がいた。

 みんな一様にして虚ろな瞳だった。

 まさに死人。

 人の形にして、人としての終わりを迎えられなかった生物。

 その光景に悲鳴を押し殺せなかった。

 「ひっ」

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 痛い。

 大丈夫。

 イタイ。

 ゴメン。

 そんな私の感情の中に別な『言葉が混じっていた』

 『抱くことのない恐怖』

 『こんなイタイ感情』

 『僕たちと同じ子供が持つべきじゃない感情』

 『精神的に脆い』

 『純朴』

 『………』

 ざわざわと私の周囲にいる死人たちが揺れる。

 それは夏の日差しを遮るかのような樹木。

 異様な風景なのに。

 どうして私は。

 こんなにも、()()()()()気持ちになっていくのだろうか。

 『アオイ、といったね?』

 一人の死人が私に語りかけてきた。

 顔にひどい火傷のある女の子。

 『私たちは君を責めるつもりはない。君が生まれる前の………そうね、前日譚のようなものだ』

 その言葉に同調するように、他の人からも声がかかる。

 右腕が二つに………、スライスチーズのように裂かれた男の子。

 『犯罪者の子供は犯罪者? その理論がまかり通るなら、俺も犯罪者さ。何せ俺の両親は薬物に手を出して売人になった挙句、口止めさせられそうになって俺を売ったんだからな』

 『雑なフォローですよ、ナインティ。………ですが、普段の奇行よりはだいぶマシですが。私たちは死に際を誤ってしまった。それだけです。あなたが私達を思う必要はありません』

 『おいおいワントゥエルヴ、お前こそフォローどころか突き放してどうする? お嬢が怖がるだろうが。苦しんでいるから全員であの子にお願いしてここまできたんだろうが』

 『ならフォーオーナインも、我々だけでなく語りかけたらどうですか。あ、お姉さんのことは気軽にスリーハンドレットって呼んでね』

 『頭が吹き飛んでいるやつみて、気軽にもないだろ。下がれよ』

 みんなが一様に話しかけてくる。

 だけど敵意とかはなくて。

 どちらかと言えば、安心させようとしているように———。

 親しみを―――。

 『おい、静かにしろ』

 その一言で綺麗に静かになった。

 『アオイ』

 地に足のついた声に私も声の主を見る。

 そこには両目がない死人がいた。

 『あれを見ろ』

 そういって指さされた方向を見ろ。

 そこは、『()()』だった。

 正確には、『現実にいるハクボさん』だった。

 ハクボさんは、分家の人と話してこれからの役割を話し合っているようだ。

 私が、学校に行っている間も自分の仕事をこなして。

 『あいつは俺達の希望だ。そんなやつがお前を気にかけて育てようとしている。一番つらい思いをして生きている奴が。玖条を潰してやりたいと思っていてもおかしいやつが。なら俺らがお前を殺そうとする………それは筋が通らない。だから安心しろ』

 その言葉に全員が賛同しているように思えた。

 「どうして?」

 口から出せたのは、そんな言葉だけだ。

 『………あいつは、誰よりも俺たちの最後を見て誰よりも死んで生き延びて罪悪感に苛まれて、それでも俺たちの分も生きようとしている。普通なら、楽になりたいと思ってもいいだろう? でも俺たちのために、必死に今を生きようとしている。それを誇りと言わず何と呼ぶ? だからあいつが決めてあいつが行動に移すと決めたのなら俺たちは応援するのみだ。だから、お前が玖条の人間であろうと俺達には関係ない。つまりだな———』

 『もうエイトナインワンは話が長いですよ。ようするに気にするな、でしょ?』

 『ナインオーツー、空気くらい読んであげてください。決め顔で話していたでしょに』

 異常な空間なのに。

 感じたことのない温かみが。

 『葵さんが罪悪感を抱え込んだところでどうしようもないしメシマズなので気軽に責務を全うしてくださいッスよ』

 『うちら、飯食えないけどね』

 『ハハハハハ!』

 その笑いを皮切りに取り囲んでいた全員が手を叩き始めた。

 その音は、頭に響いて。

 私はもう一度、意識を失った。

 最後に目に映った光景は、()()()な彼らの姿だった。


 

 

 気がつくと、保健室のベッドの上だった。

 「ゆ、め?」

 そう思いたかった。

 でも、違った。

 私のベッドに名前の書かれた紙が置かれていた。

 それは、祖父の日記に無かったはぎとられた一部。

 計1127名の名前だ。

 その中に890。

 薄暮という名前が刻まれていた。

 

 

 


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