2002年1月 Part2
日の出とともに、一度警察署に戻って解散となり分家の人達にも伝達。
これで初日の巡視は終了となった。
「ちょっとトラブルもあったけど、初日でこれだけできれば上出来だよ」
うんうんと頷き、ハクボさんは車を回してくれた。
なんでも、これからは体の周期を夜型にシフトしていく必要があるらしい。
深夜に活動して明け方に帰る。
だからそのまま学校に行くことになる。
眠る時間は、学校から帰ってきてから深夜手前になるまでだ。
あれ?
それだと玖条のこれまでって………。
ハクボさんは苦笑いしていた。
どうやら、父は全部分家に任せていたらしい。
………頭が痛くなる。
身内のことで頭を悩ませる日が来るなんて。
「それよりも、ひと眠りしておいで。学校が辛くなるよ」
その言葉に甘えて、車内で眠ることにした。
案の定、私はその日授業中にうたた寝を繰り返すことになった。
教員からは、何度となく肩を揺すられたものだ。
間の抜けた声と共に跳ね上がり、クラスを沸かせてしまった。
帰るころには、逆に眠気が飛んでしまった。
家に帰って宿題を済ませる。
軽食を済ませ、自室に戻ろうとしたとき、
『君の祖父にあたる玖条勝馬氏の書斎に僕の資料とかある………かも?』
そんな言葉を思い出してしまった。
私は、こっそりと祖父の書斎に入り引き出しを漁った。
が、特に何も出てこなかった。
重要な書類や書籍などはすでに片付けられもぬけの殻だ。
しかし、一点。
引き出しに鍵が駆けられているところがあった。
手がかりになりそうなものはないし、期待があるとすればこの一点のみ。
『投影』で鍵を連想する必要はない。
単純にピッキングできるタイプだったので、キーピックを投影してロックを外す。
カチッという音と共に引き出しが前に出た。
中には一冊の日記があった。
祖父は几帳面な性格だったのだろう。
開くと、綺麗な文字でこの一冊を書くきっかけをまとめていた。
『我々、玖条の一族だけでなく十家となった【魔人】は常に自らの魂の穢れを恐れている。自らの内側に眠る獣性を活性化させてはならない。それは人としての死に近づく行為だ。しかし、我々はこの国の治安を守る義務がある。それを放棄すれば、十家たる資格無く、浮世から離れた我々に居場所は存在せず生きながらに死ぬことになる。ゆえに当主は早死にとなるか、取り潰され路頭に迷うことになるかの二択となる。それを正明に背負わせることは私にはできない』
どうやら、祖父は父に対して普通の親子の感情を持っていたようだ。
自分たちの苦悩を息子に背負わせたくない。
その気持ちは理解できた。
だけど。
『私は孤児院を開くことにした』
急に話の展開が変わった。
『私は、いままで他家に取り組まなかったことにメスを入れる』
嫌な予感がした。
次のページを開いていいものかどうか悩んだ。
それでも好奇心が勝った。
『被検体を【病室】に運び入れる。一度に行える数は十名が限界だ。部屋を拡張しようとしたが防音と外界からの遮断で断念した。が、ある意味ですべてが杞憂となった。被検体は投与した【汚染】で軒並み自壊していったからだ。次々と運び入れる。被検体に【汚染】を投与する。自壊する。その繰り返しとなった』
言葉が出なかった。
私は、見てはいけないものを見ていた。
玖条の闇だ。
『被検体368は、自身に抗体となるものを生み出そうとしていたが結果暴走して殺処分となった。逆に421は進行スピードが速すぎて自壊するまでの時間があっという間だ。この4年は特に成果はない』
———え。
なに………これ。
うそ、よね?
見ているものが信じられなかった。
これが祖父のやっていたこと?
これは、人体実………。
『この二年、成果らしいものはなかった。何人もの研究者と話をしても糸口を見いだせなかった。そもそも、魂の穢れを認識できない我々では変異と処分しかできないのだから。祠堂や兎束を招集し、我々の研究に尽力してもらおうかとも思った。だが、祠堂は我々が行っていることを嫌悪し、中止の命令もしくは家の取り潰しを言い渡してきそうだ。兎束なら協力してくれそうだが、あとでどれほど破格の『依頼』が来ることか。どう頑張っても無理だ。なら他家で同じように尽力してくれるものを探し、アプローチを————』
記されている言葉に吐き気を覚える。
「……はっ……う………ぷっ」
手の汗が止まらない。
運動もしていないのに額から汗が出てくる。
『協力してもらったかいがあった。被検体No.890。愛おしいとさえ感じてしまう。890は、今までやって来たことと同様に我々、玖条の血を混ぜた血液を輸血した。890は、一度生命活動を停止し、死亡を確認。しかし、半日後に生命活動を再開した。快挙である! 進展のなかった数年の研究が実った』
きっと祖父はこの時、あまりの嬉しさに心を弾ませて書いていたと思われる。なぜなら、この日記のページだけ文字が躍っていた。几帳面な性格を思わせる祖父はページ線に沿って書いていたのに。
『協力者からは、【特異異能者】を被検体としたらどうかと言われ半信半疑だったが、正解だったようだ。民間人の中には、我々とは違う【能力】を偶発的に持っている人間がいるという。いわゆる【突然変異】だ。特徴として、感覚が民間人と少しずれていたり、時間を異常に気にしたり、五感のいずれかが欠落していたりとあてにならない判断基準を言われた。そこだけは全く気に入らない。しかし、進展があったことにまさに天にも昇る気持ちさせてくれた。それはありがたいことだ。本人は、感覚という曖昧なことで片づけていたが、協力者曰く、【対象を分析してそれを上回る出力を出す】というものだった。聞いていて呆れたが、見て理解してしまった。あくまで参考にしたのは孤児院内での映像だが、年長者の人を見てマラソンのタイムを分析して瞬間的爆発力でそれ以上のタイムをたたき出していた。しかし、元々の肉体がその負荷強度に耐え切れず太股および脹脛の筋肉が断裂していた。おかしな現象に孤児院内でも注目されていた。その彼を我々の『病室』に呼び、研究することにした。今回はあくまで少量だ。マイクロ単位で薄めたものを入れただけだ。よって次の工程を試していこうと思う』
ページをめくる。
静寂の世界に紙がこすれる音だけが響く。
『890は、すでに我々の血液を直接輸血しても問題ないことが判明した。だが、他の被験者は、少量の血液でも耐えることができなかった。みな一様に【魔堕ち】していった。つまり、890には我々の血を無害化する機構が備わっているのだろうか。それに当初は少量の血液量で心肺停止。しかし半日後に生き返り呼吸も半日後に安定。最も驚異的だったのが、その後の実験で我々の血液量を増やしたのに、発熱するだけになったところだ。適応していた。さらに言えば、全て我々の血液で構成されている血液パックを投与しても何事もないかのように意識がはっきりしていた。よって次の段階に進む』
ページをめくる。
字が躍る。
筆者と対照的に私は、心がへし折られていく。
『汚染状態の血液を輸血してみた。890は、狂ったように苦しみだした。私も体験したことがあるが『飢餓状態』だ。若い【異能者】が力に振り回されたときに発言するものだ。皆は、一様にして獣のように暴れまわる。が、玖条家の場合、ひどい虚脱感や疲労感に置き換わっている。血の能力を理解している体が、ストッパーラインを理解しているからだろう。故に玖条の中で【魔堕ち】する確率は非常に低い。これは、他家よりも優れた点であり、他家よりも優遇されるべきところだろう』
その後のページを見てもダラダラと玖条の家のものがどれだけ優れているか書かれていた。どうやら玖条の祖父は大の血統主義らしい。
その後、しばらくページを読み進めた先に。
『890は汚染血液を投与して五日かけて正常に戻った。結果としては芳しくない。我々は三日かけて汚染を自然回復しているのに。もうしばらく経過を見守る。しかし、他の【特異異能者】は、相変わらず玖条の血を投与したのちに【魔堕ち】してしまう。仕方がないと言えばそうだが、こちらが用意するべき死体袋も大変だ。帳尻合わせや、司法の目にも止まらないように内々で行うのにも限度がある。まったく、自分達の家ではないからと簡単に言ってくれる。そこまで自信があるのであれば、そちらでも行えばいいことを』
協力者がいることは、読んでわかる通りだ。
しかし、文を見る限り玖条の祖父が選んだ『協力者』とは誰だろうか。
まるで対等であるように書かれている。
家には序列があることは知っている。
だが、血統主義の祖父が———。
『愛おしい。890は、汚染を克服して見せた。汚染血液による『飢餓状態』が『疲労状態』へと変化し、今では、何事もないかのように健康だ。これは、実験と言える領域を超えて、臨床に移るべきか』
祖父の文字が大きく肥大になっていった。
『次は、血液の逆輸血を試みる。昔、『巫女』の血を貪り争った時代。血液に困った我々一族は、規制を設けることで時代の寵児となった。おかげで『巫女』から一定の信頼を得ることができ、生存を許された。だが、今では『巫女の血を』引く一族は、祠堂のみとなった。兎束も外法で『精錬血』となったが、祠堂には及ばない。だが、ここで890の血を得られれば、祠堂に媚びを売らずに済む。………だが、目的は【魔堕ち】しない、穢れに引っ張られないようにすることだ。今回、行うのは脱線したことだ。だが、だからこそ、期待せずにはいられない』
次のページをめくると数枚破り捨てられていた。
力任せに千切って———。
『失敗した。臨床試験では何が起きるか熟考して臨むべきだと知っていた。だから、今回の実験では、分家筋、しかも本家の命令に従わない物を招き入れた。被検体となる子供も三人もいる。いや、今後、我々への投与を考え血族である父親も被検体とした計四人を手に入れた。母親は、今後玖条の家を支える母胎として地下牢に監禁した。………よくなかった。その決断が。結果からすれば最悪の方向に動いた。投与された血液は、彼らを暴走させた。いや、正確ではない。まるでゾンビのように襲いかかってきた。痛覚が無くなったかのように、我々の【能力】や金属による切断、殴打、強酸による分解。ことごとく無効だった。研究員が何名か死亡。その過程で、被検体の子供たちが地下牢に入れていた母親を脱出させ、残った死体もどきは、血液投与から四十五分で爆散。言葉通り、弾けた。爆弾のように。自分達の内容物を周囲に弾き飛ばして。これにより本家の人間、四名が死傷。大惨事となった。それだけならまだ目を覆うだけでいいことがらだ。しかし、逃げた母親は、あろうことか『祠堂』の当主に報告したのだ』
自分でやっていることを棚に上げて、筆圧は強くなっていった。
『祠堂の当主から、招集され咎めを受けた。活動が自粛ならいい。だがしかし、取り潰しの一言が言い渡された。しかも、私が祠堂の家につくのを見計らってすでに家宅捜査を行っているという。私は、軟禁されながらこの日記を書くことしかできない。なぜなら、『祠堂家』は、『巫女』や『かんなぎ』と言われる血族でありながら、我々では認識できない監視技術や制圧技術を持っているのだから。下手に動くことで息子を窮地………すでに窮地だが、死を招かれても困る。だから———』
そこで筆跡は終わっていた。
次のページは、まるでノリがついたかのようにくっついていた。
無理にはがすと、ペキペキと音を立てて剥がれていった。
中は茶褐色に染まっていた。
独特の金属臭。
べったりとついたのだろう。
顛末は理解できた。
祖父は、始末されたのだろう。
これだけのことをしたのだ。
当然と言えば、当然だ。
だけど、いくつかおかしな点がある。
この日記には『取り潰し』と記載されているのに潰れていなかったこと。
日記を書いていたのは、『祠堂』の家のはず。それが、どうして祖父の引き出しに保管されていたのだろう。
だけど。
「………ふぅ」
事実を受け入れなければならない。
私は———。
殺戮者の血縁だった。
理由はどうあれ、多くの命があの『病室』で死んだ。
祖父が行った行動の根底には、一族の悲願があったのだろうが人として行ってはいけない一線を越えている。
頭が重い。
ズキズキする。
でも、どうして私の父は厚かましくも祖父が座っていた家長の座に座ったのだろうか。
反吐が出る。
………これだけの罪を私が背負っていかなければいけないのか。
埃を出すつもりが、コールタールがぶちまけられていたみたいだ。
私はしばらく、何もすることができずその場で放心状態となった。
同じ夜。
気が進まないまま。
私は、夜に街を巡回した。
ハクボさんは、遠くから見守ってくれるとのことだ。
だから、現場巡視は私一人。
夕方見た、日記のことも尋ねる勇気もなく。
道すがら現れる【魔】を確殺して。
通りがかりの人が私をみたらどう思うだろうか。
ああ、でも人間に出てきてほしくないな。
今の私じゃ、区別できそうにない。
すっ、と【投影】したナイフが【魔】の頭に落ちていく。
【投影・投射】は、視野角外でも再現可能。
範囲四十メートルであれば、私は近くできる。
近く範囲に入った異物は、確殺だ。
ボロボロと崩れていく。
だけど、私の心は晴れない。
玖条の血が汚れている。
抜き取りたい。
窒息しそうなほど、血の匂いに襲われる。
周りに死体どころか血しぶきも上がっていないのに。
罪人の血。
償い方がわからない。
どうすれば。
その夜は、巡回と言うにはお粗末な『徘徊』をして戻った。




