9話:勇者との再会
「勇者様、お知り合いですか?」
「いや、一度会ったことがあるだけだ。ゴーレム戦の時にね……」
仲間と思わしき騎士の風貌をした女性が勇者に尋ね、勇者はゴーレム戦の時のことを思い出して悔しそうに拳を震わせながら答える。その後ろには後二人仲間が控えており、ローブを纏った女性と、槍を背負った男がそれぞれ勇者の様子を伺っていた。それを見てアシリギは面倒臭そうに頭を掻いた。
「何で勇者のお前がこんな所に居るんだよ……」
「貴様! 勇者様にその言葉遣いはなんだ!?」
「構わないよ。民の心を受け入れるのも勇者の務めさ」
アシリギの態度に女騎士は不満な声を上げるが、勇者は彼女の肩に手を置いて抑えさせる。そしてマントを翻し、大袈裟な態度を取りながら律儀に説明を始めた。
「僕達はこの辺りに出没したというエルダー種のグローライノ討伐を任されてね。フフ、勇者の僕にしか出来ない使命さ」
「…………」
誇らしげに鼻を鳴らし、勇者は両腕を組む。
どうやら重要な任務を授かったらしい。それを自慢しているのだろう。だが先程までそのエルダーと戦っていたアシリギとクロアからすれば何だか複雑な心境だった。
「何にせよ君に会えたのは丁度良い。ゴーレム戦の時に見せた君の妙な魔法を教えてもらうぞ! あのエクスカリバーの模造品は何だ!?」
ビシリと指を突き付け、勇者は追い詰めるようにアシリギにそう尋ねる。
彼もゴーレム戦の際にアシリギが聖剣を創り出し、一瞬でゴーレムを倒したことが気になっていたのだ。何より彼はプライドの高い勇者。自分が敵わなかったゴーレムを倒したアシリギの存在を簡単に認める訳にはいかなかった。故にアシリギの魔法の正体を暴き、何か裏があるのだと思い込みたいのだ。
「模造品か……痛い所突いてくるなぁ」
一方でアシリギは大して焦った様子を見せず、勇者に指摘された言葉を気にするように頬を掻いていた。
模造品という表現は正しいのだが、創造魔法の限界を超えたいと思っているアシリギにとってはその言葉は重いものだったのだ。
「大体この階段もどういうことだ!? またお前の仕業か!? こんな平原に階段があるなんてどう考えてもおかしいぞ!」
更に勇者はアシリギの横にある螺旋階段を指差してそう叫ぶ。
当然の質問だ。人為的な跡が一切見られないこの場所で、螺旋階段が設置されているなどあまりにも不自然である。実際勇者の仲間達も先程から気になった様子で階段をチラチラと見ていた。
「あー、これはアレだ……ほら、その……」
アシリギも一番問題にしていた所を指摘され、困ったように首を捻る。そして言い訳をするように手を左右に振った。
「最近大工さんが作ったんだよ。崖の上まで行くの大変だからさ、楽する為に」
かなり無理のある言い訳をアシリギは堂々と言い切って見せる。だが今回天の神は彼を見放したらしく、螺旋階段は魔力の粒子となって消えてしまった。
「……いや、階段消えたんだが。無理があるだろう。その言い訳」
「…………」
込めた魔力が切れたのか、最悪のタイミングで消えてしまった階段にアシリギはげんなりとした表情を浮かべる。その隣ではフードを被っているクロアが呆れた様子でアシリギのことを見上げていた。
「アシリギ、私も流石にそれは厳しいと思う」
「うるさい。お前は黙ってろ」
顔だけ出しているクロアを手で押さえ、アシリギは彼女を自分の後ろに隠す。ただでさえ面倒くさい状況だというのに、クロアの正体まで知られてしまっては厄介だ。
「あー、面倒くせぇ、別にどうでも良いだろ? 企業秘密だ。これは俺の商売道具なんだからよ」
アシリギはガリガリと頭を掻き、半ばやけになってそう訴える。
いずれにせよ勇者に創造魔法のことを教える気はないのだ。ならばまともに相手をする必要はない。だが勇者はそう簡単には引かなかった。
「いいや、何が何でも教えてもらうぞ! 僕は勇者なんだ! 民は僕に仕える義務がある。その魔法の詳細も僕に教える責務があるんだ!!」
勇者はそんな謎理論を持ち出して手を振り上げ、胸を張ったポーズを取る。
大方自分が選ばれし勇者であることを主張しているのだろう。だがアシリギはそこに美しさも凄みも何も感じなかった為、怪訝そうな表情を浮かべた。
「ほら見ろ。だから面倒くさいんだ」
「……これがおじいちゃんの宿敵か……」
勇者の態度にクロアは落ち込むように表情を暗くした。
仮にも魔族の王女である為、勇者という存在は色々意識していたのだろうが、それがこんな人物では落ち込むのも当然だろう。アシリギも同情するように視線を向けた。
「勇者様の命に背くことは許さん」
「魔法の詳細を教えぬと言うなら、力づくで聞き出してやる」
女騎士と槍使いの男が前に出ると、各々の武器をアシリギ達に向けて来る。
言う事を聞かないのであれば強硬手段というわけだ。随分と主人思いな部下達だとアシリギは鼻を鳴らす。
「おいおい、俺は何の力も持たない善良で真面目でごく普通のか弱い一般人だぞ? そんな恐ろしいものを向けられたらビビッちまうよ」
言っている事とは反対にアシリギは笑みを浮かべ、余裕の態度を取る。そんなアシリギを横目で見ながらクロアは苦笑いを浮かべた。
「……どの口が言うんだか」
クロアの呟きを聞き流しながらアシリギは目の前の二人に視線を向ける。
勇者の仲間なだけあって女騎士と槍使いの実力はそれなりに高いのだろう。こうして向かい合っている間でも十分警戒し、迂闊に近づかないようにしていた。だがそれを見てもアシリギはあくまでも余裕の態度を崩さない。自分と対峙した時、ただ警戒するだけでは不十分なのだから。
「二人共、こいつらを捕まえろ! 僕の凄さを思い知らせてやれ!!」
「はっ!」
「了解!」
勇者は手を振って指示を与える。二人は頷き、同時にアシリギに向かって飛び掛かった。
すかさずアシリギはクロアを更に後ろに下がらせ、二人の剣と槍の攻撃を躱す。どちらもあくまでも相手を無力化する為の手加減した攻撃である為、簡単に回避することが出来た。
「全く……勘弁してくれよ。争い事は嫌いなんだ」
槍を蹴って地面に踏みつけ、振るわれた剣を回避してアシリギはため息を吐く。そしてフワリと宙に浮かぶと、足蹴りで同時に二人を吹き飛ばした。
「ぐっ……!?」
「こいつ……!」
それ程のダメージではないが、二人はアシリギの見た目からは想像出来ない身体能力の高さに驚く。
地面に着地したアシリギはマントを翻し、不敵な笑みを浮かべながら視線を前に向ける。その先には勇者の隣に居るローブを纏った神官のような格好の女性が居た。
(厄介なのはあの神官の女だな。手を出さないでくれると良いが)
幸い彼女は戦闘に参加する気はないらしい、隣で「行け行けー」と子供のように応援している勇者を微笑ましく見守っていた。ならばアシリギは自分のすべき最良の行動を考え、実行に移る。
「このぉ!」
「おっと……!」
先程よりも力が込められた剣が女騎士から振るわれる。だがアシリギは身を低くしてそれを躱し、女騎士の懐に入り込むと足蹴りで彼女を吹き飛ばす。すると槍使いの男が飛び出し、槍を低く持ち直して攻撃を仕掛けた。
「これならどうだ! 破岩突きぃ!!」
男の槍が輝き、次の瞬間アシリギの目の前まで槍が接近する。しかしアシリギは跳躍し、その一撃も躱してみせた。男の槍が地面に直撃し、小さめのクレーターを作り出して辺りに土が撒き散る。
「おお、凄い技だな。びっくりした」
空中でクルリと回転しながらアシリギは笑みを浮かべ、そう感想を零す。感想を言う余裕があるということは、その程度ということだ。そして地面に着地すると、素早く金の筆を取り出す。
「でもまだお粗末だ。〈創造〉、形成――〈白金の槍〉」
空中に金の線を描き、あっという間に槍を描くと創造魔法を発動して純白の槍を創り出す。そしてその勢いのまま槍を掴むと、槍使いの男に突き出した。防具で身を守られたがその威力は凄まじく、男は吹き飛ばされて地面を勢いよく転がった。
「うぐぁああぁああ!?」
「なっ……!?」
「そい、形成――〈烈火の剣〉」
更にアシリギは炎の剣を創り出し、地面に突き刺して炎の突風を巻き起こす。その熱風で女騎士は吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「ぐあぁっ……」
「ふ、二人共何をやってる!? 相手はただの一般人だぞ」
簡単に倒されてしまった仲間達を見て勇者は唖然とする。
敵は戦いとは無縁の一般人であるはずなのに、勇者である自分の仲間が負けてしまうのが信じられなかった。するとそんな勇者の姿を見てアシリギは思い出したように手を叩く。
「ああ、悪い悪い。そう言えば俺は、厳密には普通の一般人じゃなかった」
アシリギの言葉を聞いて勇者は戸惑う。その姿が面白くて、アシリギはニヤリと悪戯っ子のような表情を浮かべた。
「俺は〈芸術師〉アシリギ。この世のあらゆる美を描くのが目標の、ちょいとばかし変人の絵描きだ」
金の筆をクルリと回し、アシリギは堂々とそう名を明かす。創造した槍と剣が魔力の粒子となって飛び散り、キラキラと光が舞った。
「どこがちょっとなのさ」
「聞こえてるぞー。クロア」
戦闘に巻き込まれないよう後方に下がっていたクロアがぼそりと呟く。だがアシリギの耳にはしっかりとその言葉が聞こえており、彼女にジロリと視線を向けた。すぐにクロアは顔を背ける。
「ッ……! マリー、君も戦え! あいつを捕まえるんだ!!」
「えー、私もですか? 私、戦闘得意じゃないんですけど」
勇者は女神官にも戦闘をするように強要する。だが彼女はキョトンとした様子で首を傾げ、その指示を拒んだ。それを見てアシリギは一度クロアの所まで下がる。
「そろそろ頃合いだな。逃げるぞ。クロア」
「えっ、あ……ど、どうやって?」
アシリギはクロアを傍に近寄らせると、金の筆を動かして空中に絵を描く。しかしその形はいつもの武器とは違い、波状でモヤモヤとした不安定な形のものだった。
「普通に走る。形成――〈濃霧〉」
創造魔法を発動した瞬間、辺りに濃い霧が発生する。数歩先が見えないくらいの濃霧で、勇者は動揺する。
「な、なんだコレは!? 何で急に霧がっ……」
「わー……勇者さん、あまり動かない方が良いですよ。あ、私の足踏んでます」
霧でアシリギ達の姿を見失い、勇者は困惑しながら動き回る。その間にしっかりと街への方向を覚えていたアシリギはクロアを連れて走り出す。そして勇者達を横切ると、霧を抜けて道へと出た。
「ふー、とりあえずここまで逃げれば大丈夫だろ。あいつらも追って来る程暇じゃないだろうし」
アシリギは疲れたように息を吐き、持っていた金の筆を懐にしまう。その横では霧の中で移動する際に手を繋がれて引っ張られていたクロアが恥ずかしそうに俯いていた。
「手、離して」
「ん、おぅ。すまん」
クロアのお願いを素直に聞き、アシリギは手を離す。クロアはその後も恥ずかしそうに頬を赤くしてアシリギのことを見ていたが、やがて気にしないように鼻を鳴らした。
「……良かったの? 逃げて。アシリギの性格ならとことん勇者を痛めつけそうな気がしたけど」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……流石にそんなことはしねぇよ。仮にも民の希望の星だぞ。勇者と戦ったら反逆者扱いだ」
誤魔化すようにクロアは勇者の話題を上げる。するとアシリギも一応はそれなりの常識があるようで、勇者との戦闘も色々考慮した上で逃げることにしたらしい。
「まぁどっちにしろ目の敵にはされそうだがな……」
だが向こうから攻撃して来たとは言え、勇者の仲間と戦ってしまった為、これで向こうはこちらに敵意を向けて来るようになるだろう。そのことを想像して億劫に感じ、アシリギは首筋に手を回してグルグルと首を回した。
「それにあの女神官は厄介なんだ。王宮でもとびきり優秀な奴でさ。正直勇者とは比較にならない程強いぞ」
終始勇者の傍に居たローブを纏った可愛らしい女性。彼女は王宮の神官であり、それなりに有名な人である。謙遜してはいたが、彼女もかなりの実力であり、ハッキリ言ってアシリギは戦闘中、女神官のことを意識しながら戦う程であった。
「それでも、アシリギの方が実力は上だと思うんだけど」
「俺が強かろうが弱かろうが、俺自身はどうでも良い。ただ絵を描きたいだけだからな」
クロアからすればアシリギの創造性を考慮すれば十分実力は上と考えたが、彼にとってはそれすら興味のないことらしい。
いつだってアシリギは芸術のことしか考えていない。その他は芸術を成す為の過程に過ぎず、だからこそ彼は堂々とした態度で胸を張り続けることが出来る。全ては芸術の為という大義名分を掲げて。
「そら、さっさと絵を届けに行くぞ。それで仕事は終了だ」
「ん、そうだね。早くあの子に渡してあげないとね」
アシリギは大切にしまってある絵を鞄の上からトントンと叩き、歩き出す。クロアも一歩離れてその後を追ったが、やがて追い付き、彼の隣に並んで歩いた。