10話:パートナー
アルファルマの街に戻ったアシリギは早速男の子に絵を届けることにする。
時刻は昼過ぎ頃、人々は仕事に戻り、街は少し落ち着いている。表通りも通行人が少なく、アシリギはその快適な道をご機嫌な様子で進んだ。その隣を歩いているクロアはふと顔を前に出し、アシリギに疑問を口にする。
「ねぇ、ところであの子がどこに居るか分かってるの?」
「ああ。この時間帯なら……いつも通り空き地で遊んでるだろ」
まず二人は広場をまっすぐ抜けた先にある空き地へと向かった。そこは街の子供達の遊び場として重宝されており、毎日元気な子供達が遊んでいる。アシリギはそこに男の子も居るだろうと予測したのだ。
「ほい、ここが空き地。んで子供達の遊び場、俺も時々昼寝場所として使ってる」
空き地に到着したアシリギは頭の後ろで両腕を組みながら説明をする。
空き地ではこの時間帯でもたくさんの子供達が遊んでおり、置かれている木箱の上に乗ったり、転がっている石ころを蹴ったりして楽しそうにはしゃいでいる。その光景をクロアも微笑ましそうに眺めていた。
「へー、広くて良い場所だね。皆楽しそう」
見た目はどちらかと言うと子供らしい姿をしている為か、クロアは自分も混ざりたそうにウキウキとした態度を取っている。それを見てアシリギは小さく笑みを零し、視線を空き地に向けると男の子の姿を探した。
「さてと、あいつはどこかな?」
しばらく視線を動かし続けると、空き地の隅っこで男の子の姿を見つける。男の子は遊んでいる子供達の輪には入らず、木の枝で地面に落書きをしていた。
「居た。行くぞ」
「あ、うん」
せっかく他の子供達が楽しそうに遊んでいるのに、男の子だけ一人で落書きをしていることにクロアは疑問に思う。だがアシリギは気にせず男の子の方へと向かった。クロアも慌ててその後を追う。
「よぅ、坊主。上手いもんだな。それ、猫か?」
「あ、アシリギお兄ちゃん。お帰り。ウチで飼ってるキャシーを描いてたんだ」
アシリギが来たことに気が付くと男の子は落書きの手を止め、木の枝をブンブンと振りながらアシリギの傍へと寄った。それを見てアシリギも男の子の頭に手を乗せ、グシャグシャと乱暴に撫でる。それから鞄を開け、中から例の筒を取り出した。
「お前から依頼されてた絵、描き終わったぞ。ほれ」
筒の中にある絵を広げ、アシリギは男の子に花畑の絵を見せる。そしてそれを手渡すと、男の子は満面の笑みを浮かべた。
「わー、凄い! やっぱりアシリギお兄ちゃんは絵が上手だね! ちょっと変人なのが悪いとこだけど」
「うるせ、最後のは余計だ。褒めるんだったら最後まで褒めろ」
「えへへ、ごめんなさい」
どうやら絵の完成度は男の子の満足のいく物だったらしく、心から嬉しそうに笑った。アシリギもその反応を見て満足そうに頷く。
それから男の子は自分のパンパンに膨らんでいたポケットから袋を取り出した。それをアシリギに差し出す。
「はい、じゃぁ約束の報酬。僕が一年間頑張って溜めたお小遣い。足りなかったら言って。僕の大切にしてる玩具をあげるから」
約束の報酬を受け取り、アシリギはその中身を確認する。子供にしては随分な量のお金が入っており、確かに報酬金の体は成している。だが今回の仕事の分として考えると、いささか足りない量だった。するとアシリギは袋の中から一枚だけコインを抜き取る。
「ん……確かに。だがちょっと多すぎだな。今回のだったら、報酬はコレで良い」
残りのお金が入った袋を投げ返し、アシリギはこれで商談は終わりとした。それを聞いて男の子は目をパチクリとさせる。
「え、でも……いいの?」
「良いんだよ。むしろお前みたいな子供から小遣い取り上げる方が後味悪い。それより、それ早く届けた方が良いんじゃないのか?」
「あ、うん、そうだね!」
アシリギに指摘され、男の子は思い出したように顔を上げて走り出す。そして道に出ると、最後に振り返ってアシリギに手を振った。
「ありがとう! アシリギお兄ちゃん!」
アシリギも男に手を振り返す、男の子は嬉しそうに笑顔になる。そして急ぎ足で空き地を去って行った。
「……良かったの? 報酬のこと。アシリギはそういうのがめつそうだと思ってたんだけど」
「俺もそこまで人の心は失ってねぇよ。子供は笑顔なのが一番だ」
「フフ、だと思った」
アシリギの様子を見てクロアはほっそりと笑みを浮かべる。
色々なことを言って気難しい性格をしているように見えるが、アシリギは心の奥底では他者を思いやる優しさがある。それを知って何となく嬉しく思えたのだ。
それからクロアは猫の落書きの方に視線を向ける。そしてもう一つ気になったことを口にした。
「あの子、何で一人だったのかな?」
空き地に着いた時、男の子は一人で落書きをして遊んでいた。もちろん子供は色んな性格の子が居る。一人で遊ぶ方が楽しいと思う場合もあるのだろう。だが気になったのはそこではない。何より疑問に思ったのは男の子が保護者も誰も居ない状態で一人きりで遊んでいたことだ。
普通あれくらいの年齢の子が外に出る場合は保護者が付き添うはずである。現に空き地には子供達の親と思われる人達が何人か居た。子供が心配だから、近くで見守ろうとするはずなのである。だがあの男の子には、その保護者が見当たらなかった。
その事をクロアが疑問に思っていると、アシリギはさっきまで男の子が地面に落書きしていた猫の絵を見下ろしながら口を開いた。
「……あいつの母親、何年か前に病気で倒れてな。珍しい病気で、それ以来歩くことすらままならない状態になっちまったんだ」
近くに落ちていた木の枝を拾い上げ、おもむろにアシリギは猫の絵の隣に落書きをし始める。土を削り、線と線が結ばれ、そこには先程見た綺麗な白夢草が描かれた。
「動けた頃は家族でよくピクニックに行ってたらしくて、その時に一度だけ白夢草の花畑を見たんだと。母親はその光景を特に気に入っていて……だからあの坊主はもう一度その光景を見せてやりたかったんだろうよ」
アシリギの口から語られた説明にクロアは驚き、無意識に口元に手を当てる。
確かにクロアも男の子の依頼には違和感を覚えていた。自分の為ではなく何かしら別の用途に使う目的の絵なのだろうと何となく思っていた。だがそんな理由とは思ってもみなかったのだ。
「……アシリギ、何でそこまで詳しいの?」
「あー? さぁ、なんでだろな……聞こえて来るんだよ。街の人の声ってやつは、嫌でも」
ふとクロアは新たに気になったことを尋ねる。するとアシリギは木の枝を草むらに放り投げ、ぱっと手を広げながら意味ありげに答えた。そしてそのまま歩き出し、空き地から去っていく。クロアはしばらく地面に描かれた猫の絵と白夢草の絵を見下ろした後、その後を追い掛けた。
段々と空は橙色に染まっていき、遠くから鳥の鳴き声が聞こえて来る。昼間は活気に溢れていた街の人混みの声も、今は聞こえて来ない。人通りも少なく、ちょっと寂しさに包まれている街をアシリギとクロアは並んで歩いた。
「さぁて、どうだった? お姫様。今日一日人族の暮らしをしてみて」
ふとアシリギは立ち止まり、わざとらしく両手を広げながらクロアに突然そう問いかける。そして怪しい笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「もう十分承知だと思うが、俺は変人だ。我儘で、自分勝手で、己惚れている自己中野郎だ。そんな俺にこき使われてさぞ大変だったろう」
「ん……まぁ確かに、王女の私にこんな仕打ちしたのはアシリギが初めてだろうね」
自分自身の評価を述べながらアシリギは同情の視線をクロアに向ける。すると彼女は半ば呆れたように笑いながら両腕を組んだ。
「おまけに人族の世界は芸術文化にとことん疎い。どいつもこいつもセンスのない奴ばっかだ。魔族の世界とはさぞ違うだろうな」
「そうだね、こっちには美術館とか博物館とかもないし……自然は素晴らしいけど、あまり芸術の文化には触れられないね」
魔族の国エルドアでは芸術文化が広まっており、その作品を展示する美術館や歴史が保管されている博物館が存在している。それと比べると人族の国はいささか芸術を軽んじている部分があった。そこはクロアも正直残念に思っていた。
「帰りたくなったか?」
「ちょっとだけ」
「失望したか? 人族に」
「魔族と違うってことはよく分かったよ」
アシリギとクロアは向かい合い、そう問答を繰り返す。傾きかけて来た日差しが二人を照らし、一本道に二人の長い影が映し出された。
「アシリギの言う通り、人族は我儘で自分勝手な人も居るし、訳わからない銅像を作ったり、共感出来ない部分も多い……正直、期待していたのと違う所はいっぱいあるよ」
夕焼けに照らされ、クロアの綺麗な紫の瞳が橙と混ざり合う。そして彼女は胸元に手を当て、小さく笑みを浮かべた。
「でもそれでも、悔しいけど私はそんな自分勝手な人に憧れちゃったし、あの男の子みたいに人族にも優しさがあるってことは分かった……だからさ……」
人族は想像していた場所とは違った。思っていた風景とは違った。だが、予想以上に素晴らしいものもあった。そんな予想外のものが見れるというのなら、クロアはまだここに居たいと思えた。
「だから、今はそれで十分。それだけでもここに来た価値はあるよ」
クロアの瞳はとても澄んでいた。夕焼けに照らされているからではない。まだ世界を知らない子供がするような穢れのないまっすぐな瞳をしていたのだ。アシリギはそんなクロアの姿を見て、心臓が高鳴った。
「…………?」
アシリギは自分の胸に手を当てて何故そんな感覚がしたのか疑問に思う。
何となく、クロアの姿を絵に描きたいと思ったのだ。彼はそれをいつもの絵描き欲求だろうと判断する。
「その顔良いな……ちょっと描いて良いか? クロア」
「……! 今、名前で呼んだ!?」
アシリギの言葉にクロアは反応し、信じられないようにハッと口元に手を当てる。その動揺のせいでクロアの表情が変わってしまい、アシリギは残念そうに肩を落とした。
「あー、何だよ。せっかく良い感じだったのに……」
「ねぇ! 今名前で呼んだよね? ねぇ!」
「うるさい……たっく……」
近寄ってしつこく聞いて来るクロアをうっとおしく思いながらアシリギは鞄の手を伸ばす。そして中からある物を取り出すと、それをクロアに押し付けるように渡した。
「! 何これ?」
「見りゃ分かるだろ。帽子だ。それで角隠せ……その真っ黒なローブじゃ逆に目立つ」
クロアが受け取ったものは帽子であった。マリンキャップ型の帽子で、少し大きめ。角を隠せるようにアシリギが用意してくれたのだろう。しかもこの感触からして新品。クロアは信じられないようにアシリギのことを見上げる。
「もしかして、私の為にわざわざ買ってくれたの?」
「どうでも良いだろ、そんなこと。それより飯食いに行くぞ。腹減った。明日も忙しいから、ちゃんと体力付けないとな」
「フフ……ありがと」
クロアの質問に答えず、アシリギは誤魔化すように顔を背けた。そして再び歩き出してしまう。クロアはそんな彼の姿を見てクスリと笑みを零し、大切にするように帽子を抱き寄せると、アシリギの後を追った。
「これで私達パートナーだね!」
「調子乗んな。付いて来れなかったらすぐ置いて行くからな」
二人は夕暮れの街を並んで歩く。そして言葉を交わすとクスリと笑い合い、お店へと向かって行った。




