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ドッペルゲンガーの綱渡り  作者: 玉木玉根木
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心強い彼

彼の色気ある極悪面はさておき。

オーウェンさんを捻じ伏せる今の動きにどこか既視感があった。

初めて見る身体捌きではなかったというか…。


「…ん?もしかして」

「どうしたハルシア」

「ゼトラスさん、もしかして一年前私と会いました?」


港町の酒場で働いているとき、一度だけ夜中に先ほどの褐色の青年が騎士団に追われていた。

その時に見た動きに似ているような気がしたんだ。


「一年前か。…ああ、港町で夜中に一度だけな」

「やっぱり!」


あの時の褐色の青年は、鏡の魔法で身を眩ませていたゼトラスさんだったのだ。

やっぱり、逃げ道を丁寧に教えておいて良かった。


「あの時は助かった。急がねえといけねえのに地味に追手が多かったもんでな。お前の言うとおり、あの家の屋根からだと一瞬で塀を越えられた」

「よかった。よくあそこから子供たちが外へ遊びに行くんです。町の人たちこそ昼間は目を光らせてますけど、ぱっと出の騎士団の人は絶対に知らないであろう必殺技ですから」

「なるほどな。ならあそこでお前に会えたのは本当に運が良かったな。…しかしよく俺だと分かったな?」

「身体の捌き方というか、メリハリのある動きと言いますか…何となくですけど既視感があったもので」

「目ざといな。確かに俺の戦い方は独特だってのはあるが…それだけでわかるもんか?」

「うーん、そう言われても…あ!そうか。あとは頭の撫で方ですね」

「撫で方?」

「はい。ゼトラスさんは他の方よりかなり豪快に頭を撫でてくださるので」

「そうなのか?」

「私の兄は指先で掻くように、そこのオーウェンさんなんかは髪を梳くように撫でてくれるんです」

「へえ…って、そんなに頻繁に頭を触られるのかお前は」

「頻繁にというわけでは…」

「気に食わねえな。兄貴はともかく」


ぎろり、とゼトラスさんはオーウェンさんを睨む。


「…あんたら、この状況忘れてるだろ」


ゼトラスさんの下から呻くようにオーウェンさんの声が聞こえる。


「ああ、悪いな。初めてゆっくり話せたもんだからつい、な?」

「はい!」


な?と振られ、ゼトラスさんと初めてたくさんお話しできたことに興奮している私は元気よく返事をした。


「暢気なこって…俺はあんたに今は勝算がないが、忘れてないか?ここはプラナリアで、さっきあんたの姿で俺がシノノメ殿を傷つけたことで“ゼトラス王子”は絶賛逃走中だ」

「そうだったな。まためんどくせえことしてくれやがって」


がしがしとゼトラスさんは自分の頭を乱暴に掻く。


そうだ。だから今も慌ただしく騎士団や衛兵が走り回って、“ゼトラス王子”を血眼になって探している。

外に逃げた可能性を見て今は重点的にホールの周辺を探し回っているようだが、何人かはこの2階にも来ていた。ちらっと見える限り、廊下には何人もの衛兵が床に転がっているから、私がオーウェンさんと揉み合っている内にゼトラスさんが片づけたんだろうなと判断する。

しかしホールの周辺で見つからなければ、この2階から何の報告もなければ、いずれこの2階にも兵が駆けつけるのも時間の問題。

ここに留まり続けるのは危険だ。


「だが、あいにく俺も便利な鏡の魔法ってのが使えるからな、誰かに扮して追い掛け回されることもなく逃げるなんてわけもないさ」


じゃあもう一回お前の姿借りるぞ。と、魔法を発動させようとしているゼトラスさんを見て、私はふっとシノノメの言葉を思い出した。


『禁術はなぜ禁じられているかというと、代価として発動者の魂を喰らうものだから』


彼は、ゼトラスさんは、これまで一体何度鏡の魔法を発動させたのだろう?

鏡の魔法は、シノノメ曰く一度の発動につき10日間寿命が縮まると。

私は一年半使い続けたが、彼は私よりも長い期間使い続けているかもしれない。

私とは比べ物にならないくらいの、恐ろしい歳月をすでに過ごしているかもしれない。

一年は十年に、三年は三十年に。

彼は、それを知らずに使い続けているかもしれない。


「待ってゼトラスさん!魔法は使わないで!」

「どうした急に」

「お願い、もう使っちゃダメ。禁術は、使えば使うだけ寿命を削られるの」

「…そうなのか?そんなの聞いたことねえが」

「前、シノノメが教えてくれました」

「なら、具体的にどれだけ寿命が削られる?」

「鏡の魔法は、一回につき10日間って…」

「10日か。なら今の一回くれえ構わねえな」


しれっと発動させようとするゼトラスさんに、私はダメダメダメ!と彼の腕を掴んで引っ張る。


「どうして発動しようとするんですか!話聞いてました?!」

「10日だろ?それくらいなら安いもんだ」

「どこがですか!」


しれっというゼトラスさんを、キッと強く睨む。


「10日がひと月に、ひと月が1年に…少しくらいなら、の気持ちで回数を重ねるうちに、気づいた時にはとてつもない時間を失ってしまいます!私は、ゼトラスさんが魔法の使い過ぎなんかでいなくなってしまうだなんて絶対に嫌です…!」


私はこの“禁術が命を蝕む説”がまさかシノノメがその場でついた嘘だとは露程も思わずに、必死にゼトラスさんの腕を引っ張り、いやいやと頭を振るという子供みたいな行動をした。


「…ハルシア」


彼には私が駄々を捏ねる子供にしか見えていないだろう。

でもそれでもいい。これで彼が自分の命を大切に重んじてくれるなら、私はどう見られたって構わない。


「わかった。お前に悲しい顔をさせるのは俺も本望じゃねえ。今は鏡の魔法は使わないことにする」

「今は、って」

「さすがにどうしようもない時は使うぞ?俺だって我慢してその場で死にたくはねえからな」


…それなら。と私はしぶしぶ頷く。



「しかし、そうなるとこれじゃあまりにも旗色が悪い。逃げるのも一苦労だな」

「う、ごめんなさい」

「いい。俺が決めたことだ。お前が気に病むな」


私が我儘を言った所為なのに。

どうしてこうも彼は潔くて…格好良いのだろう。


「…それならハルシア、お前に手伝ってほしいことがある」

「私に、ですか?」

「ああ。俺はまだやることがあるからな。俺の代わりに兄上への伝言を頼まれてくれないか」

「エドウィン王子に、伝言?」

「ああそうだ。耳を貸せ。…おい、お前は聞くな」

「ぐっ、」


ゼトラスさんはねじ伏せているオーウェンさんの頭をぐりぐりと床に押し付ける。

ちょ、ちょっとやりすぎでは…。

そうは思うが、話を聞かれてまた邪魔をされても困る。

申し訳ないがオーウェンさんはもう少し大人しくしていてもらおう。

そう思いつつ、私はゼトラスさんに耳を貸す。


「俺が裏で動いている間、兄上は表舞台で時間を稼いでくれている。俺がここは引き下がるぞという時にする合図があるんだ。それを俺の代わりにしてほしい」

「でも、私の姿でエドウィン王子は聞き入れてくれるでしょうか」

「問題ねえ。俺が鏡の魔法を使えることは兄上も知っているからな、どんな姿でもこの言葉を紡げば俺の合図と判断するようにと約束している」

「なるほど。私の姿をしたゼトラスさんだと、エドウィン王子にお伝えできればいいんですね」

「そうだ」


その後は、俺が何とかする。

だから安心しろ。


そう言ってまた豪快に頭を撫でる彼に、私は疑う余地もなく無条件で頷くことが出来る。

彼が豪放磊落で人望に厚いと言われる理由はここにあるのだろう。

彼は本能で頼りになるとわかる、とても力強い人だ。



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