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ドッペルゲンガーの綱渡り  作者: 玉木玉根木
18/23

浮かない顔




シノノメとシルビア王子の婚約披露パーティまであと二週間。

その来たるべき時に備え私の魔法のスキルを磨くわよ、とシノノメが意気込み、この国一番の魔道士様と名高きシノノメが自ら魔法のレッスンを付きっ切りで行うという奇行を始めた一時間後、「あなた本当のみ込みが遅いわね…!」と呆れよりも本気で驚いたという顔をされた。

無茶言わんでください魔道士様。

あなたと違ってこちとら魔法学のさわりしか教わっていない、しかも常に成績は中の下であった私にそんな一時間やそこいらで結界魔法や浮遊魔法といった上級者向けの魔法ができるわけないでしょう。


「だってあなた、12歳で鏡の魔法を習得したのよ?いくら凡人以下の魔力だとしてもやってのけたそれに比べたらこんなの簡単じゃない」


だって一年もかけましたからね。一年もあればさすがに覚えますとも。

一年間も同じことをし続けたらそら上達しますわ。


それを聞いたシノノメはなんですって…と頭を抱えた。

すみません、努力で穴を埋めるタイプなんです。センス型じゃなくてごめんね。


シノノメは、二週間もあれば私がいざという時に仕えるであろう結界魔法や浮遊魔法、水魔法などといったものは一通り叩き込んでしまおうと思っていたらしいが…それは厳しいと判断し、シノノメは早々にその作戦を切り替え、初心者でも簡単な風魔法を教えることにしたらしい。

風魔法であれば離れたところにでも手が届くし、不審な動きをすれば邪魔をすることだってできる。

私はちょっと隙を突くだけ。仕方がないから隙をついた瞬間シノノメが魔法で何とかする。

そんなこんなで始まったスパルタレッスンに加えて、侍女の仕事の合間にも自主練を繰り返し、ついに迎えたパーティ前日には…私はつむじ風が起こせる程度になっていた。


「………」

「…あの、シノノメさん?」

「……あなたが魔法音痴だってことは初日でわかっていたわ」

「はい…」

「でもこれは…ちょっと。犯人を捕まえるどころか護身術レベルにもならないじゃない…」

「ごめん…」


どうして鏡の魔法なんか覚えられたのよ…と呟くシノノメになんだか申し訳なくて、二人揃って頭を抱えた。



こうして魔法の修行は思ったよりも成果が上げられず失敗に終わったが。

この二週間、来たるべき時に備えて何もしてこなかったわけではない。

シノノメはシノノメなりに情報収集をしていたみたいだし、私は侍女の皆さんや厨房のシェフの皆さんから何かヒントが零れるのではないかと常に会話に神経を研ぎ澄ませてはいたが、正直互いに収穫はゼロだった。

情けない…シノノメがいつか言っていたように、パーティはぶっつけ本番のアドリブ勝負になりそうだ。

何が起こるかわからないから本当に恐ろしい。


ちなみに、魔法の修行に明け暮れながらも私はあれから毎日欠かさずオーウェンさんにお菓子を貢いでいた。

最初は粉砕したクッキー、ドーナッツ、マフィン、ワッフル、ブラウニー、タルト、スフレにシュークリーム…それはそれは、毎回趣味嗜好を凝らし内容がかぶらないように様々な種類のスイーツを貢いだ。

そんな今日はナッツを練り込んだチーズケーキである。


「毎日頑張るねハルシアちゃん」

「このお菓子の奉納を怠った瞬間に兄に告げ口などされては困りますから」

「奉納って」

「では」

「待ってハルシアちゃん」


オーウェンさんが私を呼び止めたようだけど無視して歩みを進める。

彼に関わって良いことがないのはもう実証済みだ。


「待ちなって。…ばらされたいの?」

「なんでしょう」

「君どんどん可愛げが無くなってきてるね」


一週間ほど前、ようやく覚えたつむじ風の魔法をせめてもの嫌がらせで彼に目掛けてお見舞いしてやったら、今日は暑いからちょうどいいと喜ばれたので彼に魔法で報復するのは諦めた。


「世間話なら他の方にお願いします」

「こらこら。…君も明日のパーティに出席するの?」


ギクリ。と顔が引き攣るが、この人の前で変な行動はできない。

私たちが計画していることを勘付かれては台無しだ。それどころか戦争が始まってしまう。

そんなことになるわけにはいかない。


「…そうですが。あくまで侍女としてシノノメの後ろに控えるだけですよ」

「そうか。残念だな。パーティなら君のドレス姿が見れるかと思ったのに」

「変な妄想はよしてください。私よりあなたの方が立派な格好で出席されるのでしょう?」

「惚れちゃうかもね?」

「寝言もほどほどに」

「つれないなあ」


つん!とオーウェンの前でだけはハルシアは珍しい冷たい態度を取る。

その様子にオーウェンは苦笑する。


「明日君はなるべく彼女の近くにいない方がいいんじゃないかな」


ずくり、と胸の奥を刺激された気分だった。


「…どういう意味です?」

「彼女は次期王妃様だ。君みたいな素性がわからないような者を近くに置いているだなんて次期王妃様は何をお考えか。そんな噂が飛び交うかもしれないね」

「………っ、」


確かに、悔しいが一理ある。

ただでさえシノノメは、謀反を危惧されこのように四六時中婚約者の弟に監視されているという危うい立場なのだ。

私という怪しい存在があっては、さらに不信感を煽ることになるかもしれない。

確かにそうだけど。


「…それはそうだけど、オーウェンさんに言われて明日実行したらその余計なアドバイスを鵜呑みにしたも同然。そんなのはっきり言って癪です!」

「っははは!これまたはっきり言ったね。相変わらず面白いよハルシアちゃん」

「そんな中途半端で無駄な世辞は結構です。では明日は良い服着てせいぜいみんなにチヤホヤされて楽しんでくださいさよならごきげんよう!」


言い捨てるように去ったハルシアが吸い込まれていった扉を見つめ、オーウェンはまた笑いを零した。






所変わって、東の砦では、今日も騎士の男たちが剣を奮って威勢のいい声が飛び交っている。


「アル」

「おーお疲れオーウェン。今日は何だった?」


ポイっとアルの掌に投げられたのはシンプルに包装されたチーズケーキだった。


「おっチーズケーキ!しかもナッツが練り込んであるのか。どれ」


アルは口にチーズケーキを放り込むと、すかさず「美味い!」と声を上げた。


「いやしかしお前も罪深き男だな~。こんなに毎日手作りスイーツを届けてくれる女子がいるにもかかわらず、自分が食べずに他の男に食べさせるだなんて」

「だって何が入っているかわからないだろう」

「本当失礼だなお前!…しっかし、お前が初め砕けたクッキーを捨てているところを見た時はちょっともったいないな、まだ食えるのにって感じだったが次の日にまさか手つかずのドーナッツを躊躇いもなく捨てているところを見た時はさすがに目を疑ったぞ」

「おかげでお前が処理してくれるようになったからな」

「なあ、余計なお世話だけどさ。甘いものが苦手ならちゃんとその子に断った方が良いんじゃないのか。どうせお前の事だから愛想良く受け取っているんだろう?このことを知ったらきっとその子悲しむぞ」

「むしろお前が食うのなら喜ぶと思うがな」

「はあ?」

「なんでもない。…俺は別にあの子の思いを踏みにじってるわけじゃないぞ」

「どこがだ」

「俺が受け取ってやることで達成感と安心感を与えてあげているんだ。むしろもらってやっているだけで感謝してもらいたい」

「すごいセリフだな。そんなセリフ俺は一生使えない」

「使わなくていい。むしろ毎回食べずに捨ててやるという気持ちで受け取っていると彼女が知った時、どんな顔をするのか楽しみだ」


オーウェンはケーキが入れられていた紙袋をぐしゃりと、いつもの優しげで愛想の良い笑顔で握り潰した。


「なんていうか…お前、変わってんのな」

「そうかな。それと俺は甘い物が好物だ」

「もう意味わかんねえ!」


オーウェンは、いつも通り人当たりの良い垂れ目でニコニコと笑って見せた。









待ちに待ったシノノメの婚約披露パーティ当日。

この日が来なければいいと何度祈りながら眠ったか。

でもついに来てしまったのだ。もう後戻りはできない。

自分たちができることをやるだけだ。


勢いよく寝台から飛び起き、いつもより念入りに侍女の制服の皺をアイロンで伸ばした。

パリッとしたワンピースに袖を通してしっかりとカフスを絞める。

それだけで身が引き締まるんだから、人間ってのはとても単純な生き物だと思う。


「おはようございますシノノメ」

「おはよう」


朝一でシノノメの部屋に行けば、いつもとは違い、侍女頭のリーシャさんに加えて見知らぬ女性が3人もシノノメを着飾っていた。

今日は私だけシノノメについて参列するため、私は自分の準備ができ次第シノノメの部屋に来るように言われていたので、遅れて彼女たちの手伝いに回る。


シノノメは今日は床を延々と引きずって歩くデザインの赤いドレスを着るらしい。

コルセットをきつく締められている所為でいつも少し丸まった背中はいつになくしゃんとしており、雰囲気から彼女はまるで知らない人のようだった。


「ハルさん。貴方は爪を磨いてあげて頂戴」

「はい」


私が爪をしょりしょりと綺麗に整えていると、シノノメの栗色の髪がまるで飴細工かとでも言いたくなるような見事なスピードで結い上げられていく。

サイドを編み込まれ、後頭部には綺麗な飾りがいくつも刺されていき、そこは小さなブーケのようだった。

そしてオイルで整えられた長い艶やかな髪は、下半分ほど腰まで綺麗に垂らされる。


「綺麗ね、シノノメ」

「……そう」


犯人がどうの、戦争がどうの。そんなことばかり考えていたが、今日はシノノメにとっては人生の一大イベントのはずなのだ。

戦争が起きるかもしれないこんな時に何だが、少しくらい楽しんでもいいと思うのだがそれは彼女が良しとしない。

それどころか彼女の顔はどことなく暗く悲しそうだ。

シノノメはシルビア王子と婚約したくないのだろうか。

しかしそんなこと、今更である。

ならばせめてつつがなく終われるように、祈るばかりだ。







シノノメの準備が完了して、リーシャさん共々侍女の皆さんが捌けていく。

舞台の南の間にある大きなホールにはすでにたくさんの人々が集まっているようだった。

この中に、一連の犯人がいるかもしれない。

…そして、ここで戦争の火種が切られるかもしれない。

私はその時、こんなつむじ風しか起こせない魔法で、何ができるだろうか。

不安は消えることがないが、ここで悶々としていても仕方がない。


しばらくしてこれまた綺麗に着飾ったお相手のシルビア王子が袖に現れたので、いよいよパーティが始まる。

この日の為に集められたオーケストラが見事な旋律を奏で始めると、ホールの喧騒がすっ…と消えていく。


「行くわよ、ディーク、ハル」


いつもよりシノノメの背中は真っ直ぐで足取りも確かな物なのにどこか頼りなく、私はなぜか嫌な予感に騒ぐ胸を必死に握りしめた。


長い一日は、弾けんばかりの拍手喝采でスタートした。


「プラナリア国第一王子シルビア・ルイ・プラナリア殿下、リンデンブルク家第一令嬢シノノメ・リンデンブルク様のご入場です」


舞台の中央で落ち合った二人は、互いに一礼する。

シルビア王子がシノノメの手を取り甲にキスをすると、今度はシノノメがシルビア王子の腕に手を添えて一緒に階段を下りていく。

シルビア王子はアクアブルーの瞳にブロンドのまさに絵に描いたような端正な顔の王子様。

シノノメは吊り目にそばかすがあれど、鼻は高く真っ白な肌が透き通るかのようで高身長でスタイル文句なしの美女。

まるで絵本に出てくるようなお似合いの二人に、会場は満場一致で感嘆の息を吐く。


一歩遅れてシルビア王子の執事らしき男性が二人、それに続いてディークさんと私が二人の後を静かに追いかける。明らかに侍女なり立ての私なんかが歩いてはいけない道だとは思ったが、こんなところまで来て引き下がるわけにもいかない。

ここはふてぶてしく堂々と歩いてみせるのが正解だろう。


シノノメとシルビア王子が用意された豪華な椅子に座ると、いよいよパーティが始まる。

シルビア王子の挨拶、現国王陛下の御言葉、そして来賓の挨拶…。

来賓席には各国の御偉い様、あのドゥーヤ国からは第一王子のエドウィン王子が来られているみたいだった。

厳格そうではあるが、しっかりと落ち着いた雰囲気を持つ彼は、顔のつくりがやはりどこかゼトラスさんに面影があった。

不意打ちの衝撃に少し感極まるが、私は涙を無理やり引っ込めて真っ直ぐ前を見据えた。


ほどなくして堅苦しい挨拶が終わり、椅子に座るシルビア王子とシノノメのもとにこれでもかと祝いの言葉をかけるために人がごった返した。

その合間を縫って、シノノメが「ハル、何か飲み物を頂戴」と声を掛けてきた。

それは作戦開始の合図。

これで私は自然にシノノメの傍を離れるのだ。

力強く頷き、私はこの喧騒に紛れてよからぬことを考えている人間を探す為、その場を静かに離れた。





さて、これからが本番だ。やはりこれといってあてがあるわけではないから目ざとく周囲に意識を配っているしかない。

しかし想像していた倍以上の人間が集まって芋洗い状態の為、どこから手を付ければいいか本当にわからない。

周りをぐるりと見渡しても人、人、人。

吹き抜けの大ホールの中央には大きなシャンデリアがあり、2階にはバルコニーが設置してある。

背の低い私が背伸びをして必死に遠くを見渡そうにも、上部に何があるかが認識できる程度で、どうしてもホールの端までは見ることは不可能だ。

明らかに人選ミス。こちらの計画もガバガバであることに早くも雲行きが怪しい。

最初からぶっつけ本番だと言い切っていた計画に、計画のけの字も存在していたか怪しいものだが。


「(本当にわからないな…でも怪しい人物って堂々と真ん中にはいないよね)」


凶器を持って中央に立っていようものなら、衛兵が一瞬でとらえてしまう。

そんな馬鹿なことはさすがにしないだろう。

私は人の間を掻い潜り、やっとこさ壁側にやってくる。

壁側にはあまりの人口密度に酔った者、早くも疲れた者、賑やかなところは好まないが招待されたので仕方なく来てはいる、といった者たちがちらほらと集まっていた。

そしてその奥の柱の陰に、一つの人影が動いたのを見た。


あの横顔は。

ここ2週間、嫌々無理やり毎日顔を合わせていたのだ。

見間違えるはずがない。


オーウェンさんはある一点を見つめ、踵を返してホールから出て行ってしまった。


「(怪しい…!)」


まさかとは思うが、彼が刺客として仕向けられていない確証はないのだ。十分にあり得る可能性に私は必死に彼の後を追いかけた。




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