無茶苦茶
ディークさんが淹れてくれた紅茶に口を付けた時、シノノメがある提案をしてきた。
「ハル、実は二週間後、大きなパーティーがあるわ」
「そうなの?それにシノノメも出席するとか?」
「ええ。出席どころか主役みたいなものね。私とシルビアの婚約披露パーティだからね」
「ぶーーっ!」
なにをそんなしれっと爆弾発言をかますのだ!
もはや国をあげての一大事に向かってさも興味はないと言いたげに言ってのけたこの次期王妃様に、私は噴き出したお茶を布巾で拭きつつ詰め寄る。
「こ、こ、婚約披露!?」
「そう。この国のお偉い様方が一堂に集結するわ。一応次の玉位後継者の婚約だものね」
「ど、どえらい…!」
これは我が子爵家も例外ではないのだろう。そのくらいの規模で行われることは火を見るよりも明らかだ。
「もし犯人がこの場に来るのなら、大変なことが起こると私は思っているの」
「?」
「この婚約披露パーティにはこの国の重鎮はもちろん、各国の代表も集まるわ。…ドゥーヤも例外ではない」
その事にはっと息をのむ。
敵国の、沢山の注目が集まる場で冷戦中の二国が鉢合わせする。
それがどんなことを意味しているか。
「…下手したら、その場で戦争の火種が落とされるかもしれないわ。それだけの可能性があるパーティよ。絶対に気が抜けない」
戦争の火種はどういう形で落とされるかわからない。
それは口論かもしれないし、はたまた誰かが馬鹿なことをするかもしれない。
予想がつかないからこそ、回避も事前に防ぐことも難しい。
「しかし、逆にこれはチャンスではあるわ」
シノノメはにやりと笑うと、一気にお茶を煽る。
「ドゥーヤや周辺各国の目の前でプラナリアの悪事を露呈することが出来るかもしれない。そして国民が注目する中、犯人を炙り出せば、それはもう勝利もいいとこね」
「タイミングさえ掴めればそれは限りなく僥倖だ…!」
しかし。
「その、実際に悪事を働く瞬間ってのをどう見極めて、私たちだけでどう始末すればいいのかな?」
肝心の犯人の特定さえできていないのだ、ごった返すような人口密度の中から犯人を見つけ且つ起こそうとしている悪事を止めねばならない。
あまりにも難しいであろうミッションを完遂するための何か奇策があるのかと聞けば、
「さあ?」
これだ。
私ががっくりと肩を落とすのも仕方がないと思う。
「さあって…こんな非力な女二人で立ち向かうにはあまりにも無茶だよ…!相手はゴリラみたいな筋肉隆々の男かもしれないのに」
「ハル。泣き言なんか聞きたかないわ。ここで私たちが何かをしなければ、戦争が始まるかもしれないのよ。黙って見てなんかいられないわ」
「そりゃそうだけど…!」
「それに、奇策はないけれどあなたとならアドリブさえもできると思っているの」
「?」
「鳥に子供の帽子が浚われた時、あなたの瞬発力と思い切りのいい判断力に私は感心したのよ?肝も冷えたけど」
ああ、そんなこともあったなあ。
落下して死ぬかもしれなかったけど、シノノメの荷物をふわふわ浮かせる魔法を見て私は会って間もないシノノメに無理やり魔法をせがんだんだっけ。
「当日は私の魔法を預けるわ。この日に限ってはいざという時に限って禁術の使用を私が認めましょう」
「認めましょうって…そんなこと、シノノメの一任じゃあ、」
「私は次期この国の王妃よ?万が一露呈した時はシルビアさえ言いくるめればあなたを罪に問うことはないわ」
さあ、だからやっちゃって!という大胆発言に彼女はこんな性格だったかなと思ってしまう。
「本当は初めから動きやすいように、魔法を使った状態で入場してほしいのだけれど、私の侍女としてハルが私についてこないのは不自然だから。パーティが始めればディークについててもらうから様子を見て抜け出して犯人捜しをしてほしいの」
「それってつまり…」
私はいざという時フォローはするけど、犯人探しも捕まえるのも悪事を止めるのも全部私がやれってことだよね!?
「そう言っているのだけれど?ちゃんと伝わったようで嬉しいわ」
これまたにやりと笑った彼女に、白目を剥いて子供のように反抗して見せたのはこれが初めてだ。
絶対にできる気がしない。
そんな重大な任務、しかもほぼ一人でだなんて無謀としか思えなかった。
そんな私の悲痛の叫びも空しく、程よく昼食を取ったシノノメは例の婚約披露パーティーの打ち合わせの為、ディークさんと二人北の塔を後にした。
置いて行かれた私には昼食の片づけと部屋の掃除を任されているのだが…。
やはりあの事が気がかりなので、掃除の前に厨房を少しお借りして簡単なクッキーを焼いた。
右手には掃除の為の箒と、左手には申し訳程度にラッピングを施したクッキーを持って、いざ北の塔の入り口で見張りをする彼に物陰から視線を送った。
「………。」
「………。」
「…ハルシアちゃん。言いたいことがあるならそこからでいいから言ってみなって。ただ見られるだけはさすがに居心地が悪いよ」
オーウェンさんは気まずげに頭を掻いて見せた。
「…これ!」
「は?…ってうおっ!」
彼目掛けて大きく弧を描いて投げるのではなく、まるで川で石を何度も弾ませて遊ぶ水切りのように悪意を込めて鋭くストレートに投げれば、彼は律儀にぎりぎりキャッチして見せた。
「これは…クッキー?」
「…口止め料、何もしてないから。ああいうことは出来ないけど、お菓子ならいつでも作ってあげるから!」
じゃ!そういうことで!と素早く横を通りすぎようとしたところ、「待て待て」と彼の槍が目の前で交差して、首根っこを掴まれる。
「ぎゃあ」
「可愛くない声だな…。こんな行儀の悪いこと、誰に教わったの?アル、じゃないよな。人に頼みごとをするんなら、しっかり相手の目を見て言いなさい」
小さな子供を躾けるように顔を覗き込んでくるオーウェンさんに母親のような既視感を覚えた。
「それに、渡すならちゃんと手渡しで。おかげでさっきキャッチするときにほとんど砕いてしまったんだけれど」
わざとらしく目の前で袋を振って見せると、確かに袋からは細かくなったクッキーがガサガサと音を鳴らしていた。
「それはごめんなさい…」
「ん。よろしい」
さらりと頭を撫でつける仕草は、至極丁寧だった。
髪を梳くように上下に移動するのを見つつ、頭の撫で方ひとつでこんなにもバリエーションがあるのかと感心した。
眠くなってしまうような優しい感覚に、私は僅かに目を細める。
「…君はあまりに無防備だ。俺以外の奴の前でもこんなことをしていると思うと、」
その言葉の続きを聞くのはあまりにも怖かったので、私はワンピースの裾を翻して北の塔に滑り込んだ。
はあはあ…と落ち着かない心臓をあやすように胸に手を当てて、閉じた扉を背にズルズルとへたり込む。
なんなんだ、彼は。何がしたいのかさっぱりわからない。
そして肉食動物に捕まえられたかのような、命の危険を感じるあのオーラは一体なんなのだ。
「あ、そこまだ掃除してないから汚いよ」
「きゃあああ!?」
ひょいと扉を開けて、蹲る私に上から覗き込んできたオーウェンさんに今度は本気の悲鳴を上げて走って逃げる。
嘘でしょ扉を開けるのは卑怯でしょう!
普通扉の向こうにいるとわかっていても開けないだろう普通!
本当に彼は一体なんなんだ!!
私は箒を抱えて一目散にシノノメの部屋まで走って逃げる。
駆け込んだシノノメの部屋で、冷静になってからお尻を見れば、確かに埃や土がたくさんついていた。
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