情勢
部屋に重苦しい空気が流れた途端、シノノメがパン!と手を鳴らす。
「さて、おしゃべりはここまでよ。ハル、まさかあなたただの侍女として私に雇われたとでもお思いかしら?」
「えっ?違うの?」
「違うわ。私があなたの罪の片棒を担ぐ代わりに、あなたにも私の今からしようとしていることに片足を突っ込んでほしいのよ。互いに理にかなった条件でしょう?」
「なんだか嫌な予感しかしないのだけれど」
「それは今更よ。あなたに残念ながら拒否権はないわ。ここから逃げ出せば、あなたの罪をばら撒いてあげる」
「怖すぎるんだけど」
「それも今更よ。私はこの国一、こわ~い魔女なんだから」
シノノメはもともと吊り目がちで、きつめの印象を受けるのだが、これまた不敵ににやりと笑うもんだから、あまりにも似合っているその仕草にうっとり見惚れる。
「簡潔に言っておくわ。私はこのプラナリア国に不信を抱いている。そして近年悩ますドゥーヤ国との小競り合いの正体を突き止め、戦争を起こそうとしている人間を晒しあげてやりたいの」
それはまるで探偵のようであり、一人悪に立ち向かう勇者のようにも思えた。
ただ、実践するにはあまりにも無謀である。
「一つ聞きたいのだけれど、シノノメは、この国に背こうとしているの?それこそ謀反を起こそうとか」
「背くとか背かないとか。敵とか味方だとか陳腐な考えで動こうとは思わないわ。平和を侵して他の人間に迷惑を掛けようとしている人間が許せないだけ。今のところ私はプラナリアが怪しいと踏んでいるけど、それこそドゥーヤが犯人かもしれない。謀反なんてのは考えたことがないと言えば嘘だけど、今行動を起こそうとは思っていないわよ。何度も言うけれど、この国が怪しいのは確かだとしても実際にそうだという確証がない限り私は一方的に価値観を押し付けて攻めるつもりはないわ。それこそ今現在戦争に発展させようとしている人間と同じことだもの」
聞けば聞くほど、シノノメが格好良く見えてしまうこれは病気だろうか。
「許婚や周りに非難され、ただそれだけで私が泣き寝入りをして戦争が起こるのを黙ってみている性格に思えるかしら?悪いけど、これでもねちっこい性格をしているの」
「さすがですシノノメ様。この悪名高き面構えを見れば、シルビア様の百年の恋も冷めると言ったもの!」
「ディィーーク!!おのれどこまで出しゃばるか!」
ディークさんの度胸もすごいが、いよいよもって私はディークさんの気持ちがわからんでもないような気がしてきた。
だってこんなに格好いい。
周りからどんなに非難の目を向けられようが、信じる道をゆく。
眩しいほど輝く正義感に、私は目を細めた。
この人についていきたい。単純に、直感で、そう思えた。
「わかった。シノノメ、私何でもするよ。私はあなたを信じる。だから、私を道連れにしてくれる?」
そう話せば、シノノメとディークさんは同時にこちらを向く。
その顔はどちらもきょとんとしていて、呆気にとられていた。
「うん?何その顔」
「…ハル、あなた危険ね。城下で会った時も思ったけど天然ほど恐ろしいものは無いわ」
どゆこと。
「シノノメ様の意見に賛成ですな。私は自分が熟女趣味で良かったと本気で思ったのは初めてです」
「ディーク、あなた本気で明日から来なくていいわよ」
ディークさんの知りたくもない性癖も露見したところで、私たちは早速作戦会議を設立した。
まずこれからしたいことのメインは、情報収集だ。
「ドゥーヤは、この世界で一番国土も広く人口も豊かで経済力もある。ハッキリ言って、ドゥーヤからすればプラナリアに攻め込むメリットなど皆無に等しいのよ。戦争は勝者にあらゆる面から利益をもたらし繁栄に繋がる。しかし負ければ相手国の言いなりになるしかない。戦争というものはメリットもデメリットも大きい、いわばギャンブルのような博打なのよ」
テーブルの上に広げられた世界地図の上に、チェスの駒が置かれる。
キングの周りにビショップやナイト、取り囲むようにポーンがたくさんいた。
「平民にとって戦争は血生臭いものというイメージが強いけれど、まあそれも間違ってはいないのだけれど。戦争を起こしてやろうと考えている国のお偉い様方にとっては兵がいくら死のうと、勝ち取った後の利益に真っ先に目がくらんでいる。だから多少の犠牲はつきもの。そういう発想に繋がるのも仕方ないわ」
地図に置かれたビショップが、一つのポーンを後ろから押し、ポーンは倒れて転がった。
「…確かに、軍事力に優れているプラナリアなら、少しぐらいリスクがあろうが食いつきそうな話よね」
「そう。現にプラナリアは作物の不作が続いたことから世界的に見て近年まれにみる経済力の低下に悩まされているの。だから昔に比べて路頭に迷う労働者も増えたわ。単純にこの事態を払拭する手段として、ドゥーヤのような豊かな国との戦争はもってこいってわけ。ご迷惑なことにプラナリアは軍事力に優れているから周辺国から恐れられて今のところ侵略される可能性も低い。プラナリアが理不尽な理由で戦争を吹っ掛ければさすがに周辺国も黙っていないだろうけど、ドゥーヤがプラナリアを小突いているとするなら話は違う」
プラナリアとドゥーヤとの国境に白と黒のポーンが現れる。
「ドゥーヤがプラナリアに喧嘩を売っている。その噂が真実であろうがなかろうが、プラナリアと小競り合いが事実としてあるとすれば途端に悪者がどちらになるかしら。もちろん、”喧嘩を仕掛けたとされる方”よね。いくら真犯人がドゥーヤじゃないにしても、プラナリアの三文芝居だとしても真実を知らない周りから見れば圧倒的にドゥーヤが悪い」
「それなら真実が露呈すればドゥーヤの疑いは晴れるよね?」
「そんな簡単な話じゃないわよ。真実を提示したとしても、それを受け入れるかどうかはまた違う話。特に戦争が起こってしまってからでは声ひとつ届かなくなるわ」
「その前にドゥーヤは身の潔白を示さないと、ドゥーヤは世界から悪者の汚名を着せられたまま戦争が始まって、ドゥーヤに味方してくれる国はいないかもしれない…そういうことね」
「そうよ。何より恐ろしいのは、汚名を着せられたドゥーヤがプラナリアの挑発に乗って本当に攻撃を仕掛けてしまう事。それこそがプラナリアの狙いで、これでいよいよ待ちに待った戦争が始まるわ」
国境付近でつばぜり合いをしていた白と黒のポーンを、シノノメはその指でどちらも倒してしまった。
「取り返しがつかない事態になる前に、異変に勘付いた私たちは動かなきゃいけない。……そこで、私たちが暴きたいのは、どこの誰がドゥーヤを挑発しているのか。その決定的証拠を掴むことよ」
シノノメは真剣な面持ちで長い足を組み直す。
「ドゥーヤらしき族が町を襲う時、それはもうわざとらしくドゥーヤの旗が掲げてあると聞くわ。ドゥーヤ本人がしたならば、わざわざそんな国旗を掲げずともいいはずよ。侵略した方もされた方も敵がどこなのかわかるもの」
確かに、私たちが襲われたあの夜、卑劣な男たちは国旗を見せつけるように持っていたかもしれない。
あの夜もプラナリアの自作自演だとしたら、あの卑劣な男たちは同じ国民だった。
あんな輩が、知らん顔して今現在もこの国に住んでいてつつがなく生活している。私も城下や渡り歩いた町ですれ違っていたのかもしれない。
もしもそうだとしたら。この国は本当に狂っている。
「プラナリアは加害者だから別にいいけれど、ドゥーヤにとっては一方的にありもしない汚名を着せられているんだもの。不名誉なことこの上ないわ。
それなのに、力でねじ伏せるわけでもなく、噂であるならば実力行使よりも時間が解決してくれると、常に冷静な判断を下し続けている現ドゥーヤ国王がいかに聡明で、国民思いの堅実な人であるか思い知らされるわ。…まったく、この国の馬鹿共に爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「でも、そんなことをずっと何年も続けられるとは思えないよ。プラナリアはまたドゥーヤか~困ったもんだな~なんて言っていればいいけれど、ドゥーヤの国民はここまで一方的に喧嘩を売られっぱなしで我慢も続かないでしょう?
…それに、プラナリアとの国境争いでゼトラスさんは、…亡くなったんでしょう。どうして未だにドゥーヤが冷静に黙っていられるのかわからないよ!」
私はつい感情が高ぶって声が大きくなる。
「落ち着きなさい馬鹿。今ここで私たちがカッとなったって何にもならないわよ。…その点に関しては、私もいささか疑問が残るわ。大事な第二王子を失ってなお冷戦状態を続けるドゥーヤの冷静さは、逆に気味が悪いほどね」
もし私が家族を理不尽な理由で殺されてしまったら。
考えただけでも怒りと憎しみ、そして悲しみでいっぱいになる。
「普通、ここまでされちゃあ黙っていられない。全面戦争だ!ってなってもなんら不思議ではないのだけれど、第二王子の葬式は静かに執り行いたいという国王の進言から王宮だけでつつがなく執り行われたらしいわ。何かに託けてはお祭り騒ぎな国だもの。葬式と言えどそんなあっさり終わらせるのも変な話ね」
「だとしたら、ゼトラスさんは、お父様に愛されていなかったんでしょうか」
「いいえ、彼の評判を聞く限りそんなことは…しかしその点に関しては私は何もわからないわ。情報が少なすぎるから推測も及ばない」
国境争いで死に至る致命傷を負った時、彼はどれだけ苦しんだか想像もつかない。
理不尽な攻撃を受けて、どれだけ悔しかっただろう。
彼の無念の死に思いを馳せて、私は痛む胸を押さえた。
「…ハル、あなたやはり危険ね」
「え?」
「あなたは優しすぎる。そして若い。いちいち他人に感情移入していたら、そのうち身を滅ぼすわよ」
確かに、すぐ感情移入して行動してしまう節はある。
シノノメのように優しくも適切に行動に移すことに関してはまだまだ不器用であるとは思う。
「その優しさは時に盲目になりうるわ。うまくコントロールできるようになった方が良い」
まったくもってその通りだ。感情に流されて上手く判断できなくては、大事な時に選択肢を謝る危険性だってある。
少し気を付けなければ。
「…話が脱線したわね。ドゥーヤを挑発するように仕向けている人間はこの城にいる可能性が高いわ」
「それはどうして?」
「小競り合いがあった地域には法則性がないのよ」
「???」
「簡潔に言えば、現場を知らない者の犯行ね」
シノノメが言うには、その近辺に詳しい者が単独で犯行を行っていれば、なんらかの法則性が生まれやすいのだとか。
詳しい説明はあまりよく理解できなかったが、小競り合いはあらゆる地域で勃発している。
だいたいの国の情勢を知っている人間が手当たり次第に襲わせているのだろうという、なんともガバガバな計画な可能性が高いとのことだ。
「宰相や軍官、はたまたどこぞの貴族か王族か。詳細まで絞ることは出来ていないけれど、まあだいたいそこいら辺でしょうね」
「やっぱりお偉いさんの犯行の線が濃いのね」
「まあ、これに関しては完全に勘だけど」
いつになく雑な推理にずっこける。
「ハル、いいこと?踏ん反り返ったお偉い様方ほどいついかなる時も信用のおけるものじゃないわ。よ~く覚えておきなさい」
その無駄に説得力のある言葉に、私は苦笑した。
.




