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ドッペルゲンガーの綱渡り  作者: 玉木玉根木
13/23

見張りの彼




ちゅんちゅん。

朝、雀の囀りに優しく起こされた途端、頭を抱えた。

何だ今の夢は。欲求不満かよ…。

片思いの相手が突然現れて優しいキスを落としていくとか、どこのロマンス小説だ。

夢は己の深層心理を映し出すとはよく言うけれど、私は彼に颯爽と現れてキスをしてもらいたいとでも本気で思っていたのか。

いや、た、確かに嬉しくないことはなかったけど…むしろ朝から高血圧になりそうなくらい思い出すたびにドキドキするけど…。

しかし妄想をあんなリアルな夢で見てしまうほどに私は思いつめていたのかと、正直ショックがでかいのだ。


「本当に、どこからが夢だったんだ…」


そう、これが一番の問題だ。

寝付けなくてバルコニーに行ったことは確かだろう。意識があやふやになった頃、自室に戻り夢を見たのか、その場で寝てしまい夢を見たのか。

あの優しげな垂れ目をしているくせに荒々しい口調の騎士に実際私はお会いしたのだろうか。

お会いしていたとしたら、私は騎士の彼を自分の意中の人間に重ねていたが、もし…実際に夢の内容を名前も知らない彼と交わしていたとしたら。

名前も知らない男性に抱えてもらい、名前を呼び合い、唇を寄せてキキキ、キ…


「ああああああ…」


だめだ、考えていたって始まらない。

覚えていないのだ。あんなところで船を漕いだ私が悪い。


これ以上の悶絶は無駄だと判断し、私は着慣れない侍女の制服に袖を通し、自分に与えられた一人部屋を出た。

そもそも一介の侍女にいくら狭かろうが城で一人部屋を与えるなど、普通はあり得ない。

改めてシノノメはどれだけこの城内で身分が高いか思い知らされる。


「おはようございますハルさん。良く眠れたかしら」

「おはようございますリーシャさん、はい、今日からよろしくお願いします」


起きてすぐに私に与えられた仕事は、シノノメの朝食の準備だった。

この城には騎士や文官の為の大きな食堂があるが、身分の高い貴族や王族はそれぞれ個別に食事を取る為、毎回食事のたびに厨房へ赴いて自分の主の分を預かる。

受け取る際に、目の前で毒見係に毒見してもらうのを見届け、安全と判断したら食事を頂戴して運ぶ。


いきなり重要すぎる仕事だ。ここで万が一毒見係が嘘をついたりしていないかを最終的に私が判断し、シノノメの口に運ぶのだ。

絶対に気が抜けない仕事である。


リンデンブルク家に仕える侍女頭のリーシャさんについていき、一連の流れを教えてもらう。

リーシャさんはシノノメが生まれる前からリンデンブルク家に仕えているらしい。

子供も授かっているらしい妙齢の女性で、さすが人生の半分以上も侍女として奉げてきただけある。立ち振る舞いに一切の無駄がなく、素晴らしい実力を持った方なのだろうと、昨日今日会ったばかりの私にでもはっきりと感じ取れた。


「シノノメ様は基本好き嫌いなさいません。ぶっきらぼうながらにごちそうさまと仰られた時はその食事がとてもお気に召したようで、何も言わずに完食された時はあまり口に合わなかったもの。お口に合わないようなものは次回からはなるべく控えるように、覚えておいてくださいね」

「はい」


なんともシノノメらしい。まずいならまずいと言えばいいのに、言わないでおくところに彼女らしさが出ているので容易に想像できた。


毒見も問題なく済み、リーシャさんと二人でシノノメの朝食を運んでいると、リーシャさんが歩きながらたくさん話してくれた。

この城は東西南北にそれぞれ分かれているらしく、シノノメのような魔道士たちが研究に明け暮れる北の塔、西には選び抜かれた文官たちが執務を執り行う西の広間。

東は騎士団が管轄する武器庫や鍛錬場に兵舎までもがある東の砦、そして王やそれに近しい貴族たちのが生活する私的移住空間の南の間。

だいたいこのように区分され呼ばれているらしい。

この4区画を跨ぐにはそれぞれ許可が必要で、破ればもちろん罰則もあるのだとか。

そりゃそうだ。魔法に精通していない者が安易に魔道士の聖域に踏み込み、下手なことして魔法を暴走させたりしては一大事だし、政治の知識を持たない者がまた執務の流れを乱しては大変だ。軍事もまた然り。貴族に至っては、私的空間に知らない人間が侵入することを許すはずがない。これを制するためにも罰則はあるに越したことはない。

あとは東西南北に囲まれた中央に食堂や図書館、緑あふれる休憩スペースなど設置された公共スペースもある。ここに限っては城に仕える者は誰もが利用できることになっているため、ほとんどは騎士や文官のたまり場になっており身分の高い者は嫌煙して姿を現すことはほとんどないらしい。

逆にこの中央の公共スペース以外はどこの区画も自分たち以外の出入りを禁止しているという事だ。

ただ、身分の高い一部の者に関しては例外もあるらしい。

もしくは、それぞれを管轄する見張りであったり護衛である一部の警護騎士に限っては本当に限られた人数だけところどころに配属されている。

昨夜遭遇した騎士もそのうちの一人なのだろう。


「この魔道士様方がおられるこの北の塔に限っては、魔法の結界が張られているおかげで内部に見張りも護衛も必要がないのです。ですから入口にだけ見張り兼護衛の、警備騎士様がおられます。食事を取りに毎度お目にかかる方ですからご挨拶は忘れずに」


と、リーシャさんは仰られたが私は北の塔の入り口の大きな扉の横に立つ騎士の顔を見た途端言葉を発せられなくなった。


「お疲れ様ですオーウェン殿」

「これはリーシャ殿。お疲れ様です。どうぞお通りください」


優しげな垂れ目の彼はオーウェンというのか。

昨夜の夢は本当に夢だったのか、いささか怪しい。彼に部屋まで運んでもらってしまった説がいよいよ本格的に浮上してきた。頭が痛い

昨晩と変わらずブロンズの彼は、身の丈ほどある槍を掲げて扉の横に姿勢正しく立っている。


「オーウェン殿。こちら本日付けでシノノメ様の侍女となったハルという者です」

「よ、よろしくお願いします」

「そうでしたか。これはご丁寧に。北の塔のこの二の扉を警護させてもらっております、オーウェンと申します。こちらこそどうぞよろしく」


にこにこと、至極穏やかに敬礼を取る彼からは昨夜のようなワイルドな言葉は出て来ない。

いやでもしかし。騎士は許可なく北の塔に踏み込むのはご法度ではなかっただろうか。

私の部屋も例外なく北の塔内にあるから、騎士である彼が立ち入ることは少し考えにくい。

ただ見張りの彼は例外だということも考えられる。必要があれば塔内に騎士であるとしても入ることが許されているのかもしれない。それならまだ可能性はある。

いや、しかし…。


もやもや自分で考えるだけでは一向に何も解決しないため、私が悶々と思考を巡らせているうちにシノノメは朝食を平らげたので、早々に空になった食器を片す為、今度は私一人で今一度彼の前を通る。

この食器を片したら次の仕事まで少し時間がある。今しかない、と思い切ってオーウェン殿に声を掛けた。


「…、あのっ、オーウェン殿」

「ん?君は…ハル殿?」

「ええと、…その、変なことを言っていることを承知でお聞きしますが、…あなたは夜の間もここで警護を?」

「ええ。そうですよ。夜であれ、立ち入りを禁じられた者の侵入を拒まなくてはなりませんから。ただぶっ続けでは厳しいので他の者に交代してもらいながらになりますがね」


基本警備の騎士は出入りにいちいち声を掛けない。その者の制服や顔で判断し、立ち入りを許可する。

不審な動きを見せたり、見慣れない顔であったりする者に身分証の提示を求めるのだ。

だから北の塔を出る時は彼の姿は視界にさえ映らず、彼自身も塔から出てきた者にいちいち声を掛けたりしない。


「そうですか…では、さ、昨夜」

「昨夜?」

「昨夜も、オーウェン殿が?」


じっと下から見上げるように尋ねると彼ははて。と首をかしげた。


「昨夜は確かに自分も警護しておりましたが…」

「やっぱり……。…あの、その折は大変ご迷惑を…」

「え?…いやお待ちください。人違いでは?」

「えっ?」

「確かに自分も警護をしておりましたが、昨夜は自分の当直の時間帯には出入りはありませんでした。他の警護の人間と間違えてはいませんか?」

「え?ええ?」


そんな、確かに彼の顔だったはず。いくら寝ぼけていたにせよ、見たことのない顔をこんなにも鮮明に夢で見ることは出来ない。


…もしかして彼は、私が犯した失態を、知らぬ存ぜぬで見なかったことにしてくれているのだろうか。

うわあ恥ずかしい。申し訳ない。有り難いような、逆にやめてほしいような。自分でもよくわからない感情に顔が火照る。


「そ、そうですか…すみません…」

「いえ、お気になさらず」


しかしそこではた、と気づく。

何故彼は私の名を知っていたんだろう。


「でも、どうして私の名前を知っていたんです?」

「は?」

「いえ、あの時ハルシアと…」

「ええ?ハルシア?…ん?」

「…もしかして本当に違うのですか?」

「待って、…ハルシア?」


なんだか噛み合わない会話をしている気がする。彼は本当に何のこと?という顔をしているが、名を告げた瞬間片眉を上げてずいと顔を覗きこまれた。


「ハルシア…カトゥリゲス?」

「、はい」

「昨日誕生日で14歳になったカトゥリゲス子爵のご令嬢?!」

「そ、そうですが」

「3歳の頃初めて習ったピアノをものの1時間で両手で弾くことが出来た伝説を持っていたり、趣味は見かけによらずチェスであったり、好きな食べ物はトマト、苦手な食べ物はサーモンで5歳の頃庭の蛇口を捻ろうとしたところ蛇口に留まっていたカエルに気づかず握りつぶしてしまい以来カエルが大嫌いで、いつも異常なほど愛を囁く兄のアレクセイを嫌な顔一つせずにニコニコ笑って話を聞いてあげるというあのハルシア嬢!?」

「な、なぜそこまで!?こわい!」

「本当に君が!?なぜこんなところに!」


ガシッと肩を掴まれ、覗き込んできたオーウェン殿は口をわなわなと震わせている。


「あの、」

「何てことだ…まさか同じ城内に探し続けている最愛の妹がいただなんて聞いたらあいつ卒倒するぞ。いや、むしろそんなの関係なしに感動の再会に感極まるか」

「え、まさか。オーウェン殿、もしかして…」

「ああ、申し遅れた。俺は君の兄アレクセイと同期なんだ。君のことは毎回、顔を合わせるたびに聞かされているよ」


最悪だーーーー!!

まさか、兄の知り合いに早々に見つかってしまうだなんて!

いや、今のは完全に私が正体を明かしてしまったようなものだけど!


「君の容姿をあれほど聞かされて写真まで見せつけられていたのに、名前を聞かなきゃ全くわからなかったよ。てっきりアルと同じエメラルドの瞳と鳶色の髪色だとばかり思っていたから。…君が家出をしてもう1年、いやもっとか?かなり経つだろう。ここにいることはその様子じゃアルには知られていないな?なぜ隠している。今までどこで何をしていた?子爵令嬢の君がここで侍女だと?なぜそんなことに。聞きたいことがたくさんありすぎるぞ、ハルシアちゃん!」


矢継ぎ早しにオーウェン殿…ええい、言いづらい。もうオーウェンさんで良いだろう。

オーウェンさんに問い詰められ、早くもシノノメとの約束が破られてしまったことに目を回す。

兄にばれるわけにはいかない。しかしこの場をどうやって切り抜ける?私の頭はぐるぐる回るだけで、「あう、あう…」という声しか出すことが出来ない。


ん?でもこの様子じゃオーウェンさんはいかにもたった今私がハルシアだと気づいたと言わんばかりだ。でも私の名前を知っていたのはなぜ?

…ああ、そうか。名前を呼ばれたあたりからが夢だったのか。

少し冷静に考えれば済む話だったじゃないか…何をしているんだ馬鹿か私は…。

見事に墓穴を掘った自分に本格的に頭を抱える。


「ハルシアちゃん、アルは本当に君のことが心配で死に物狂いで今も探しているぞ。しかし騎士として、子爵家嫡男という身分の間に挟まれて上手く動けないことに本当に苦しんでいるんだ。なぜ家出なんて馬鹿なことをしたんだ」


オーウェンさんが、アクアブルーの吸い込まれるような瞳で私を追いつめる。

彼のブロンズの髪が優しい日差しに反射して、キラキラしていてとても綺麗だと暢気に…なんて考えている場合じゃない。


まずいぞ。これはまずい。

無意識で第一級の罪を犯した私をシノノメが匿ってくれてやっとこさ首の皮一枚繋がったのに、兄に突き出されて今までの事を話さなくてはならなくなった場合、今度こそ本当にまずい。

兄は優しいから私が罪を犯したことを知っても受け止めて屋敷にきっと連れ帰る。

今度は兄に打ち明けた事実を今度は両親に話さなくてはならない。両親は私を捜索するために協力を煽った人たちに説明をして…その話を聞いた人あたりからはもう、噂として私の話が出回るのだ。いくら話を濁したとしても、罪は露呈し、私は罪に問われることになろう。

最悪私だけ突き出されるならまだしも、ここで働き始めたという事実が出来てしまっている以上、罪を黙認したシノノメもきっと罪に問われる。

何の罪もない彼女を巻き込むことだけは、絶対にしてはいけない。

必死に、振り絞るのだ。この危機を回避するための知恵を無い頭で絞り出せ。


「…これを聞いたら兄には私の事を話せなくなりますよ」

「どういうことだ?」

「私はもうどうしようもないことをしでかしてしまったという事です」


私が兄に突き出されないようにする為に導き出した答えは…オーウェンさんをも巻き込んでしまおう。

これしかなかった。最低である。


「話せば長くなります。聞いていただけますか?」


オーウェンさんは顔を顰めるが、「いいよ、乗りかかった船だ。聞かせてもらおうじゃないか」と扉に背を預けて腕を組み、話を聞く態勢になった。

私が言えた義理じゃないけど、オーウェンさん仕事は良いのかな。





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