第一章 第九話 森人族に巣食う邪悪
私は差し出された宝剣に視線を落とす。
実現可能な範囲の依頼は、快諾してもいいと思っていた。
床の埃に夢中なルイに倣って、私も土下座したって構わない。
ノミより小さい私のプライドなど、あって無いようなもの。
何なら、アレンの靴をペロペロ舐め回してやろう。
「私が見た感じ、アンタ五百年は生きてるよな。その歳になって自死したい願望に目覚めたのか?」
「いえいえ、ワタシは臆病ですので。己の喉元に刃を突き刺すなど、とても出来ませんよ」
「私も温厚でな。頼まれて……分かった殺そう、とはならんよ」
「でしょうね。貴方はそういう御方だ」
アレンが目尻を下げる。
何だ、その知ったような口調は。
私の内面を把握しているとでも言わんばかりである。
コイツとは初対面だが、まさか私の性癖まで調べ上げてはいないだろうな。
別に人様に聞かれて恥じるような、変態な一面もないが――。
「理由を教えろ。何故、死にたい」
「必要ですか?」
「そりゃそうだろ。アンタ、これといった理由も無いのに私を人殺しにさせるのか?」
千年以上前から、私は処理の過程で殺人を行っていた。
今更、死生観など考えない。
だけど、『女神部』に関係のない無益な殺傷は控えたかった。
人を……生物を殺せば、ゴミが出る。
片付けるのが大変だ。
「つまらない長話になりますが、聞いていただけますか」
「気色悪い悲劇だったら、茶菓子でも摘みながら傾聴してやる。……が、アンタの回想には興味無いな」
「それは残念です。王都で流行りの甘味をご用意していたのですがね」
「悪いが甘いのは苦手だ。どちらにしろ口にはしない。また、虫歯になるのが怖いしな」
怖いのは病原菌ではない……それを治療する医者だ。
『女神部』の医療は、錬金術師のディーヴァが兼任していた。
私は歯を磨かず放置して虫歯になり、ディーヴァに魔改造された経験がある。
あまりの結果に「ウヒャヒャヒャ」と笑い転げるディーヴァの横で、私は口内から紙吹雪を吹いていた。
ディーヴァが言うには、自然治癒能力を持つ魔物――樹木霊の樹皮を素材にした紙なので、回復魔法が苦手な私にはもってこいの特性だろう、とのことだった。
「なんであれ、勝手に死ねばいいだろ。私は加担しないが、一つ質問していいか? 大事なことだ」
「ええ、どうぞ。ワタシにお答え出来る内容であれば……」
と、アレンが緩慢に頷いた。
「気になってたんだが、どうして室内で帽子を被ってる?」
「……そんなことですか?」
「大事なことだ」
「……では逆に聞き返しますが、そちらの青年は土下座をやめないのですか? 見ていて気分の良いものではありませんが」
「コイツは人ん家にお邪魔したら、床の材質を確かめる趣味があるんだよ」
「んなヘンテコな趣味無いっスけど、不快にさせたのなら、スンマセンした。……でも、もう終わったんで許して下さいっス」
「…………?」
手についた埃を払い、ルイが立ち上がる。
アレンが怪訝な顔をした。
「あったか? 《循環の砂時計》」
「いんや、屋敷の何処にも」
そうか、と私は納得をして《異界収納陣》から、拳銃を取り出した。
――魂滅銃ディルリラス。
私が愛用している仕事道具だ。
安全装置を解除し、私は言った。
「猿芝居はもう結構だ、アレン・セリュアス・ルーベンスさん」
「……何を仰っているので?」
魂滅銃ディルリラスをクルリと回し、アレンに銃口を向ける。
そのアレンの顔をしたソレに、私は淡々と続けた。
「疑問に思ったのは、《循環の砂時計》なんていう危険物の回収を、何故『女神部』に丸投げしたのか。私は秀でた才能もない平社員だ。上層部の意向には逆らえない。決定された事項だと言うのであれば、それに従うのが道理だ」
しかし、と私。
現下の状況を神界ルリシセグンスで、盗視しているだろうディーヴァにも聞こえるように告げる。
「妙なのは人選だ。『女神部』の本業は、後処理……事が終わった後の掃除をするのが役割であって、戦闘がメインではない。勿論、仕事上そういった荒事の対処が求められるケースもあるが、根幹が後処理なのは揺るがない。神界ルリシセグンスには、『女神部』より遥かに優れた戦闘職だっている」
なのに、《循環の砂時計》の回収任務が、『女神部』に下りてきた。
粗悪な魔道具の捜索とはリスクが違う。
《循環の砂時計》は、《桜樹の臓腑》の造物。
事と次第では、邪神族の一柱を相手取ることになるかもしれない。
それはもう、後処理の範疇を超えている。
私如きの実力では、どう頑張っても《桜樹の臓腑》には勝てない。
「あるいは神族が自ら出張る事案だ。仕事への熱量も矜持もない、小汚い『女神部』なんかには荷が重過ぎる」
ほったらかして神界に帰りたい。
どうして、会ったばかりの耳長野郎の相手をせにゃならんのだ。
「しかし、『女神部』に下命をしたのは最適だ。上層部が《循環の砂時計》の所持者に心当たりがあって、魂滅銃ディルリラスを使う私にしか対処が難しいと結論付けたんだろう」
魂滅銃ディルリラスに搭載された機能は、たったの一つ。
魂魄――魂の滅却だ。
この魂滅銃ディルリラスは、魂にのみ有効で、魂だけを滅ぼす拳銃。
魂滅銃ディルリラスに肉体を破壊することは不可能。
「魂滅銃ディルリラスの弾を肌に当てたところで、オモチャの水鉄砲程度の威力にしかならんが、魂に命中させたら……ソイツの魂は永久に滅び去る。未来永劫、転生も出来やしない。可哀想にな」
私は人差し指を引き金に添えた。
思案しているのか、アレンは目を伏せている。
「神族の亜種である邪神族も、それは例外じゃあない。魂を撃ち抜けば、消滅させられる」
ヴィナグレイスにいる数多の種族で、最上位に君臨する超常的な存在は、世界を創造し秩序を管理する神族だ。
その対局に位置し、世界を崩壊させ秩序を歪めるのが邪神族。
双方ともに、寿命の概念がない不変の生命体で――。
しかしながら、不死ではない。
至難だが、殺す方法は少なからずあった。
私は『女神部』の処理で、女神カトレア様の陰口を広めていた邪神族を三柱滅ぼしている。
「さて、宣告は終わりだ。死にたいんだったよな? アンタの依頼は受けてやるよ。魂もろとも滅びるが些細なもんだろ、気にすんな」
アレンが、そっと両目を開けた。
三日月のような金色の瞳孔が、私を見据える。
「素晴らしいね、うん。君は彼女の最高傑作だよ」
口調が……声質そのものが変わっていた。
アレンは両袖机に腰掛けて――
「自己紹介が遅れてすまないね、ヴァレンディア君」
誰だよ、それ。
私はヴィルだ。
「君とは友好的な関係を築いていきたいからね。うん、私も本名を開示するとしようか」
顎に手を当てていたアレンが、私と目を合わせた。
金色に射抜かれた瞬間、私は底なし沼に引きずられる錯覚に陥る。
泥濘の触手に掴まれ、体内を……魂の底を弄られているような――。
名状しがたい、嫌悪感。
長い月日を生きた森人族の顔で、それは艶やかに嗤った。
「ミネルヴァ……うん、いま思い出したよ。そう、私はミネルヴァだ。ヨロシクね、ヴァレンディア君」
「……ミネルヴァ?」
私は知識を辿った。
元々、ヴィナグレイスには八柱の邪神族がいた。
内、三柱は先も述べたが、私が滅ぼしている。
現存する個体は、五。
それらの固有名詞と能力の詳細は、頭に入っていた。
「お前……《原初の識者》か」
「存じてもらっているみたいで、嬉しいよ。嗚呼、あの子の最高傑作たる君の海馬に、私という邪悪が刻まれているなんて……こんなにも光栄なことはないね」
大袈裟に天を仰ぎ、ミネルヴァが目頭を抑える。
私は事務的に言葉を口にした。
「神界ルリシセグンスで、邪神族――《原初の識者》を知らない奴はいない。なんせ、お前の偽善のせいで『女神部』が創設されたようなもんだしな」
「あはははっ、そうかもね。神界の老害どもは、秩序の維持に固執している。清浄を掲げながらも、その紙切れ同然の理念が、邪神族の所業より劣等であることを自覚していない。哀れな連中だよ」
「邪神族も、数万年に一回は良いことを言うな。私も大方は共感するよ……が、そんな神々の軋轢など私の知ったことではない。……ルイ」
「ういーす」
と、軽い返事をしたルイは《原初の識者》の後ろに回っていた。
後頭部を鷲掴み、そのまま執務室の床板に叩きつける。
「私の所属は『女神部』、そして命令された処理は、回収だ。最終勧告だよ《原初の識者》。……《循環の砂時計》を渡せ」
「忠実だね。なら、私も期待に応えよう。……私を……殺していただきたい」
声色がアレンに戻る。
本心の読めない歪んだ笑みで、舐めた演技をする《原初の識者》に――
私は魂滅銃ディルリラスの引き金を引いた。
【次話予告】
後処理をこえた理不尽な労働――。




