第一章 第十話 人形を使った邪神の戯れ
お知らせ
作中の表現で少し変更箇所があります。
変更前 〈邪神族〉
変更後 邪神族
上記のような種族名を記載する際の〈〉を消しました。
そのほうが読みやすいかな、と思いましたので。
今後はこの形で書かせていただきます。
私は薄気味悪いそのツラに、実弾を射出する。
生活音のしない静まった孤児院に――
バンッ! と銃声が鳴り響いた。
魂滅銃ディルリラスは、魂を滅ぼす拳銃で。
そこに装填された銃弾で撃たれた対象は、たとえ邪神族であろうと、致命傷になる。
――しかし。
「なるほど。カトレアの加護が作用しているのかと思ったけど、違うね。弾の効果は君の能力か……それとも、ディーヴァの援助かな。うん、実に興味深いな」
魂滅銃ディルリラスは直撃した。
《原初の識者》の脳髄を貫き、木造の床板には弾痕が残っている。
魂を傷付けられて状態を維持出来ず、頭部が崩壊を始めていた。
だが、痛みが無いのか……《原初の識者》に焦りの色は浮かばない。
冷静に、そして心なしか愉快そうに分析をしている。
「邪神族をも滅ぼせる武具と見聞きしていたけど……これは期待外れかな」
瞬間、私は魂滅銃ディルリラスを持った右腕を顔の前にやりガードする。
同時に、崩れた《原初の識者》の顔……その口角が上がったかと思えば。
――ドガアアアアアンッ!!
と、《原初の識者》が自爆。
激烈な閃光と共に爆風に吹き飛ばされ、私は半ば風圧で押されるようにして廊下に出た。
衝撃はそこそこだが、しかし威力は最小だ。
私を害することはない。
目的は、目眩ましだろう。
ルイは……まあ、死んでたら回収しておいてやろうかな。
私は優しい上司なので、骨は拾ってあげる。
執務室に舞う砂埃、その視界が煙に包まれた中から、指輪を嵌めた細い腕が現れた。
それは私の首をガシッと掴み、廊下の手すりを越え中空……一階のホールへ。
魂滅銃ディルリラスに撃たれた筈の《原初の識者》が、アレンの美麗な顔で笑った。
その卑しい表情に、私は回し蹴りを食らわす。
首が曲がり骨が砕けた《原初の識者》は、ホールの上部に設置されていた天窓を突き破り、屋敷の外に落ちていった。
私はシャンデリアを足場に、二階の……反対側の廊下に飛び移り、外に向かいながら考える。
魂滅銃ディルリラスを当てても死ななかった。
私がこれまで処理した邪神族で、魂滅銃ディルリラスを撃たれ滅びなかった魂は無い。
魂の滅びは、単なる死とは違う。
存在が失われ、転生という未来の可能性も奪われる。
魔王城の後処理では、ルイが蘇生魔法――《悪魔の導きは破滅の調べ》で、ソウマに殺されたテレサを蘇らせた。
あれは魂が滅んでおらず、まだ黄泉の世界に流れている途中だったので、それを拾う形で現世に戻したわけだが――。
「魂滅銃ディルリラスが効いていない……いや、阻害しているのか」
完全に無効化なら、顔の半分が崩れることもなかっただろう。
《原初の識者》にも効果はある……が、それを軽減されている。
一発だけでは仕留められなかった。
魂の質が良いのか、それとも――。
「デク人形……本体が別にいるか、だな」
撃った手応えはあった。
私の魔眼には本物に映っていた……そう、錯覚させられた。
「《原初の識者》……最古の邪神族なだけあって、逃げ隠れるのが上手いな」
「あはは、利己的に裁定を下す神界と違い、私は矮小な羽虫に過ぎないからねぇ」
――パリンッ!
と、長い片廊下に備えられた、上げ下げ窓の硝子が割られる。
先端が丸い触手が、蛇のように蠢き私を狙った。
パリンパリンパリンッ!! と、侵入するそれらは自我を得ているのか、廊下を走る私を追尾する。
足首に巻き付こうとした触手を、しかし跳躍して避け、中空で身体を反転――。
前方に迫る触手に、魂滅銃ディルリラスを放った。
銃弾が貫通し、触手が弾ける。
泥のような液状の物質が飛び散った。
それを見届けて、私は推察する。
魂滅銃ディルリラスの効果があるらしい。
多分、《原初の識者》とは魂の回路が繋がっているのだろう。
触手を破壊した程度では、微々たるダメージにしかならないと思うが、それでも消耗はさせられる。
頭を伏せ半身を捻り、邪魔な触手は魂滅銃ディルリラスで黙々と、迅速に処理をする。
数は多いが……それだけ。
私の衣服を汚すことも出来はしない。
「全身の使い方が柔軟だね。動きが滑らかだ」
「毎日、ラジオ体操してるからな。私は健康体だよ」
そう言って、私は廊下の突き当り……風景画が飾られた壁を蹴り破り、本館と尖塔を繋いでいる渡り廊下に着地する。
藍色の切妻屋根の上で……《原初の識者》が見下ろしていた。
右手に一冊の分厚い本を持っている。
「孤児院のガキンチョを洗脳する教育本か?」
「君らじゃあるまいし、そんな無粋な真似はしないさ」
「私もしたことはないがね」
「ああ、すまない。少し語弊があったかな。神族じゃあるまいし、そう言い換えようか」
――パラパラパラ。
と、頁が捲られる。
風に煽られたというより、その書物が意思をもっているようだった。
《原初の識者》が厳かに告げる。
「神転録アスカリネイン――第三章《闇夜に彷徨う聖騎士は深淵に沈む》」
書物――神転録アスカリネインの頁が千切れ、宙を舞ったかと思えば、それは発光する。
顕現したのは、聖なる神気が溢れる長剣……女神に選ばれし勇者にのみ扱える、聖剣だ。
「聖剣フォルスシュラーク。勇者ソウマが使ってた代物だな。邪神族は随分とコソドロ気質らしい」
「人聞きが悪いな。私が盗んだわけじゃないさ。頂き物だよ……私の信徒からの、ね」
《原初の識者》が、平然と言って――。
屋根を蹴ると、聖剣フォルスシュラークを手に飛びかかってきた。
袈裟斬りに振るわれる刃を躱し、《原初の識者》の横っ腹に蹴りを入れる。
「…………っ」
呻いた《原初の識者》が、ズザザッと擦るように後退。
体勢を直される前に、私は《原初の識者》の頭上に右足を上げていた。
聖剣フォルスシュラークの剣身で防御しようとする《原初の識者》に、踵落としを振り下ろす。
――パキンッ!
と、長剣は半分に折れて。
勢いそのままに、私の踵が渡り廊下を震撼させた。
老朽化した石造りの橋は、衝撃に耐えかね崩落する。
バラバラ、と瓦礫が散る中空で……私は魂滅銃ディルリラスを両手で持ち、真正面に構えた。
魂滅銃ディルリラスに搭載された魔法を発動させようとするが、しかし。
折ったばかりの聖剣フォルスシュラークを、《原初の識者》が投擲してきた。
柄と刃は繋がり、新品に戻っている。
首筋を狙ったそれを魂滅銃ディルリラスの持ち手で弾けば、聖剣フォルスシュラークは中庭の芝生に刺さった。
「……ほう? 昨今の邪神族は手品を使うのか」
それが《原初の識者》の所持する書物――神転録アスカリネインの能力なのだろう。
あるはずない二本目の聖剣フォルスシュラークを顕現させていた。
「あははっ。……君のご主人様の御業に比べたら、児戯のようなものだろうね」
だけど、と《原初の識者》は。
「私は子供が好きだ。遊ぶのが好きだ。馬鹿みたいに笑って、はしゃいでいるときは嫌なことを忘れられる」
《原初の識者》の側に浮かぶ、神転録アスカリネインが捲られる。
破れた紙片が、聖剣フォルスシュラークとなって――
それを両手に携え、《原初の識者》が中空を蹴った。
剣をV字に交差させ、私を押し倒すようにして噴水に落ちる。
――バシャアアアンッ!!
と、飛沫が上がり着ていた燕尾服がびしょびしょに濡れた。
見ると、そこは『ルーベンス孤児院』の入り口付近の……枯れた噴水で。
「なんだ、生きてたのか。残念だ」
「生きててスンマセン。俺、生命力凄いんで」
そう戯けて言ったルイが、掌サイズの箱を持ってフラフラと現れた。
辺の長さが四つとも等しい正方形。
表面に幾何学的な模様が刻まれ、微弱に明滅している。
私は噴水の縁を跨いで――
「そんな小さいガラクタ、よう見つけたな。ゴミ漁りを任せたら、お前の右に出る者はいない」
「アザース。先輩が《原初の識者》の気を引いてたおかげで、自由に動けたんで。楽だったっスよ」
その箱――『女神部』の回収物に指定されている《循環の砂時計》を、ルイが手渡す。
さっきまで戦っていた《原初の識者》は、姿を消していた。
「やはり、デク人形だったな」
「っスねー」
「《原初の識者》の本体は、ここにはいない。アレンを利用して動いていただけか」
私の……『女神部』の来訪を先読みして待ち伏せていたのかは定かではないが、《原初の識者》の気配は消失した。
アイツの目的は《循環の砂時計》の強奪――。
「にしては、のんびりとした窃盗犯だ。人の物を奪って屋敷で休憩してるなんてな」
「屋内なのに、帽子被ってましたしね」
「ああ、普通とるだろ」
寝癖を見られるのが嫌だったのかな。
邪神族にも、羞恥心があるのかもしれない。
「噴水を魔眼で検視して解ったっスけど、この孤児院全体が《循環の砂時計》を封じる、結界になってたっぽいっス。噴水が起点となって、屋敷の地下に巡らせた術式に、円滑に魔力を流すって感じっスかねー。ちょー大雑把に言えばっスけど」
ルイの《模淵の魔眼》は、微量な魔力の残滓を感知することが出来る。
孤児院に入って気にしていたのは、結界を発動させた跡が噴水にあったからだろう。
「屋敷の中には無かったんだろ? 《循環の砂時計》」
「用心深い、どこぞのナニガシさんは異界に封印してたっス。それを嗅ぎ付けた《原初の識者》が、横取りしにきたんスかねー?」
「さぁな。愚物の考えることは分からん。どうせ、しょうもない企みの道具として消費するんだろうよ」
私の能力を試すような立ち回りをしていたのは気がかりだが……。
うー、と伸びをしたルイが聞いてきた。
「そういやー、ロゼリアさんは帰ったんスか? 気付いたらいなかったっスけど」
「……あ? ……あー……トイレじゃないか? 我慢してそうな顔だったしな」
「帰る前に、俺も行ってきて良いっスか」
「好きにしろ」
アザッス、とルイが駆け出す。
私も連れションしようかな。
【次話予告】
電話を着信拒否された事にキレる『女神部』の事務員――。




