第一章 第八話 死を望む所持者
:重要用語
《桜樹の臓腑》 邪教徒――桜縁教が信仰する邪神の一柱。
《循環の砂時計》 《桜樹の臓腑》が創った産物――『女神部』の回収対象物。
《星の意思》 異世界人だけが有する特殊な能力。
ロゼリアの案内で屋敷の敷地内に入る。
今更ではあるが、私は聞いた。
「良いのか? 施設に関係ない、私みたいな不審者を招き入れて」
「構いませんわぁ。だってぇ、私も部外者ですもの~」
上機嫌な足取りで、ロゼリアが玄関前の段を上がる。
通報されないことを祈るばかりだな。
ルイを見ると、そのコウモリ男は庭に設けられた溢れ型の噴水を注視していた。
水は通っていないようで枯れている。
天使を模したモニュメントの装飾があったようだが、輪っかを載せた頭部は地面に落っこちていた。
「どうかしたか」
「……ん? ……ああ、いえ……何でもないっスよ」
何でもないのに、そんな見るものかな。
私が知らないだけで、あの噴水には歴史的な価値でもあるのだろうか。
そんな審美眼を、ルイが持ち合わせているとも思えないが。
「お邪魔しますわ~」
と、ロゼリアが扉を開け入館する。
どうして使用人のお前が他人行儀に断りを入れる……そんなツッコミは言わないでおいた。
『ルーベンス孤児院』の内部――玄関は広いホールになっており、天井にはシャンデリアが吊るされている。
奥に分岐階段があり、二階へと繋がっていた。
私は少しばかり疑念を抱いた。
孤児院にしては、静かではないか。
生活音が漏れ聞こえそうなものだがな。
しん、としたホールは虫の声しか聞こえない。
「ふにゅにゅにゅにゅにゅー」
「お前か。やめろ、そのコオロギの真似」
「ミミズクっスよ」
「そんなんだったか?」
――パチンッ!!
と、静まり返っていたホールに鞭を打ち鳴らすような音が響いた。
それは連続し、収まる様子はない。
方角は……下かな。
「ロゼリア。この孤児院の地下には、拷問室でもあるのか?」
「さぁ……? 知りませんし気にならないので、調べたこともありませんわぁ」
ふんふふん、と歌いながらロゼリアが階段を上っていった。
――パチンパチンッ!!
異音が鳴り、微かに叫び声がする。
動物や魔物ではない、言葉を解する生物のもの。
「ま、私の仕事ではないな」
そういう事案は、ラスメイータ王国の騎士団に任せておけばいい。
義憤を高ぶらせて、正義を振りかざす余力は無かった。
「――んで、誰なんスかー? その持ち主って」
ルイが手を首の裏で組み聞いた。
踊り場を右に曲がり、私達は二階に上がる。
「ルイは早漏ねぇ~」
「は……?」
「……と、間違えたわ。早計ねぇ~」
「…………」
ルイが沈黙する。
先導するロゼリアの背中を、冷めた眼差しで見ていた。
図星だったのかもしれない。
「まずは、ご挨拶……それから信頼を勝ち取って、商談。これ仕事の鉄則よ~?」
「そんな丁寧な取引をしに来たわけじゃ、無いんスけどね」
「相手の話も聞かずに、物を寄越せだなんて野蛮人のやることだわぁ」
ロゼリアは、からかうような口調で言うが、私には建前にしか思えなかった。
遭遇して早々に、戦斧で脳をかち割ろうとしてきた女だ。
思いやりなど、ありはしない。
同時に、ロゼリアの言い回しには引っかかった。
「礼儀作法に則って、頭を下げなきゃならんお偉いサンが所持者なのかよ」
二階の絨毯が敷かれた廊下を進むロゼリアが笑う。
狼の意匠が彫られた扉の前で止まって――
「ええ、付け加えるなら……アレンさんの部屋に入って、直ちに土下座をすることを推奨しますわ~」
ロゼリアが扉を開ける。
ニコニコ、と笑顔で促す顔が癪に障るが、私は案内されるがまま足を踏み入れた。
瞬間である。
「――っと」
私は咄嗟に身を屈めた。
鋭い風が頭頂を掠め、切られた髪先が床に落ちる。
膝をついた私の後ろでは、ルイが両膝を曲げ、そして頭を垂れて土下座をしていた。
「……ほう? ワタシの《精霊の風切》を避けましたか。反射神経が良いのですね」
――ふふ。
そう微笑むのは、執務室らしき部屋のデスクに座る男……主人、アレンだろう。
特徴的な長い耳をしていた。
自然と共存し、精霊の加護を受けている種族――〈森人族〉だ。
淡い緑色のロングヘアーに、中性的で端麗な容姿。
細長い双眸が、興味深そうに弧を描いている。
つばの広い帽子を頭に載せていた。
「――が、しかし。物分かりは悪いようです」
それが何を指しているのかは知らないが、私は上半身を起こし口を開いた。
「お前……アンタが、ルーベンス孤児院の責任者サンか? 《循環の砂時計》を持ってんなら渡せ」
「あはは、直球ですね。初対面の相手には、自己紹介をしないと。ワタシは貴方のお名前すら知らない」
「そういうアンタは短絡的だな。当たっていれば首と胴体が、オサラバしていた」
詭弁だった。
風属性系統の《魔法》――《精霊の風切》を、もろに食らおうが掠り傷にもならない。
私の身体はカトレア様の愛の結晶だ。
とても頑丈に設計されている。
仮に《星の意思》を宿した異世界人の秘技を受けても、小さいタンコブが出来る程度だろう。
まあ、私なら殺られる前に、首ごとへし折ってやるが……お前はいつまで土下座をしているんだ、ルイよ。
床の埃でも気になるのか。
「なるほど、それは実に惜しいことをしました。もっと上位の《精霊魔法》をお見舞いしてあげればよろしかったですね」
お見舞いするな。
私は試し打ち用のカカシではない。
「……《精霊魔法》の術師、珍しいな。アンタ、相当長命な個体だろ」
ヴィナグレイスには様々な生物が存在しているが、過去の文明で滅びた種族もいる。
その一つが〈精霊族〉。
諸説あるが、絶滅したのは種族同士による戦争で被った自然破壊が原因だ。
〈精霊族〉は、自然……森、川、土、などに宿り世界と調和している。
それらが〈精霊族〉の本体であり住処だった。
《精霊魔法》は、〈精霊族〉固有の術式だが、古来より共存の関係にあった〈森人族〉とは、魔力を介した契約を交わし、術式を譲渡していた。
《精霊の風切》は、風に由来する《精霊魔法》――。
「属性問わず〈精霊族〉は千年以上前に滅んでいる。現代で契約を結ばず《精霊魔法》を行使する方法も、無いわけではないが……アンタのそれは、一朝一夕に身につけたもんじゃないよな」
するとアレンは腰を上げる。
着ていた黒い法衣が揺れた。
「〈森人族〉の牧師が孤児院の長とはな。先生でもやってるのか?」
「そんな高尚な理念は抱いていませんが、しかし才能ある若人の育成には助力しているつもりですよ」
「立派なもんだな。私は放任的だから、アンタの価値観は尊敬するよ」
私の側に手のかかる教え子がいなかったのも要因だ。
後輩……ルイは、放っとけば勝手に成長する〈悪魔族〉だった。
口は軽いし、性格は誰に似たのか陰湿だが、仕事は完璧にこなす。
能力は神界ルリシセグンスで、随一だろう。
「教育者の矜持を守りたいなら、繰り返すが《循環の砂時計》を渡せ。アンタが持ってたところで置物にしかならん」
「現状、危険性はありませんよ。ワタシも厳重に保管しています」
「そういう問題じゃない。ガキの頃、ママに教わらなかったのか? 落とし物は持ち主に届けなさいって」
「母上は物心ついた時には、邪教徒の生贄として密猟者に攫われていましたので……記憶に残っていません」
思いのほか、悲壮な過去が出てきた。
掘り返すつもりで詰問したわけではないのに……いたたまれない。
「そうか、ご愁傷さまだな。じゃあ、《循環の砂時計》を渡せ」
「やれやれ。貴方も、せっかちな御方だ」
「も?」
「貴方達の案内を頼んだロゼリアさんにも、話し合うより戦斧を振りかざされましたのでね」
私が横目をやると、扉の側に寄りかかっていたロゼリアが爽やかに笑った。
この戦闘狂と同類だと認識されるのは訂正しておきたい。
「別にアンタを害する予定はないよ。再三、言っているが……私は《循環の砂時計》の回収に来ただけだ。取引がお望みなら、そっちの要求を聞こう」
「それは助かります。脆弱なワタシでは、対人戦で勝機は無に等しいですし」
「不思議だな。私には相手が人でなければ勝てるように聞こえた」
「あはは、勘繰り過ぎですよ」
アレンが重厚な両袖机を指先で撫で、私の対面に立った。
身に纏う法衣で体格が分かりづらいが、筋肉質な感じはしない。
《精霊魔法》に精通しているのだと想定するなら、一般的な魔法使いと同じで近接は不得意なのか。
「今朝、ロゼリアさんにはお伝えしましたが……ワタシは『女神部』の皆様に依頼をしたいのですよ。それを完了していただければ、《循環の砂時計》はお渡しします」
「依頼ねぇ……おん? ……待て、お前今日の朝には孤児院にいたのか?」
「ええ、私早歩きで来たの~」
そんなことは聞いていない。
私は執務室に置かれた置き時計の針を確認する。
ゴーン、と振り子がチャイムを鳴らした。
現時刻が夕方の十六時――だとすると、八時間以上は待っている。
暇なのかな……仕事しろよ。
私が魔王テレサの居城で、せっせと後処理をしている裏で、ロゼリアは優雅に寛いでいたのだろう。
「依頼の内容は?」
私が尋ねると、アレンは表情が緩む。
法衣の内から短剣を取り出した。
精緻な造りがされた、宝剣だ。
銀色の植物の蔓が巻き付いている。
アレンは宝剣の柄をこちらに向け――
「私を……殺していただきたい」
そう切実に頼み込むアレンの声色は落ち着いていて。
ルイはずっと土下座をしていた。
【次話予告】
人形遊びが好きな牧師――。




