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異世界転生の後処理係~監察庁女神部異世界転生尻拭い担当~  作者: 梓川澪
第一章:過去から送られた禁断の箱
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第一章 第七話 素朴で凶暴な使用人

 ルイが馬車を停める。

 《異界収納陣(ファトス)》から出した水の入った桶を、馬の下に置いていた。


「いつも、そんな物を持ち歩いているのか」

「先輩と違って、先を見越して行動してるんで」

「私も後先考えている。寝る前の歯磨きは、上の歯からやろうか下の歯にしようか、とかな」

「俺は上っスかねー。魔女の髪の毛って、奥歯に引っかかってることが多いんスよ」

「お前の口内は、居心地が良いんだろうな」


 私は下車すると、ざっと周囲を観察した。

 街道沿いに面した森林より鬱蒼とした木々に囲まれている。

 太い幹と、頭上に伸びた枝葉。

 時間的にはまだ昼下がりだが、どんよりした空気が流れており薄暗い。

 狼の遠吠えが聞こえた。

 どこかに魔物化した犬っころが生息しているのだろう。

 それか素っ裸同然の格好をした人狼が、キャンキャン吠えているのかな。

 駆除してもらいたいものである。


 肌寒さを感じながら、私は屋敷の入口に立った。

 薔薇の装飾がされたアンティークな門扉だ。

 左右に敷地を囲むようにして、高さ二メートル程の塀が設けられている。


 ――『ルーベンス孤児院』


 と、表記がされていた。

 門扉は格子状になっており、見ると玄関までレンガ貼りされた道が続いている。

 外からでも分かる、趣深い屋敷だ。

 元々、ラスメイータ王国の貴族――辺境伯の邸宅だったのも納得の大きさ。

 階段状の切妻屋根に、出窓の役割をもたせた小塔など、屋敷というより城館の印象が強い。


「こんだけ広いと、掃除が大変そうだな」


 私がポツリと呟いた。


「金払って使用人雇ってるでしょ」


 ソイツに雑用をさせればいい、とルイが鼻で笑う。

 私は庭を覗いてみるが、人の気配はしない。

 別に不法侵入しようと、誤魔化せはするだろうが――。

 通報され、憲兵を呼ばれても面倒臭い。

 私は備え付けられていたインターホンを押す。


 ――タラリタラリタラリラララ♪


 その直前で通信機器が鳴った。


「誰だよ」

「ディーヴァさんじゃないっスか? 俺等の到着を視(・)て(・)、かけてきたんでしょ」


 なら、無視でいいな。

 出る必要はない。


 ――タラリタラリタラリラララ♪


 と、深閑としている門前に陽気な音楽が響き渡る。


「……ディーヴァさんにしては、しつこいっスね。……いや、素が鬱陶しい人ではあるっスけど」

「あのババアなら、念話を使うだろうよ」


 何度掛けても応答がない場合、ディーヴァは他人の頭の中に声を送る。

 『女神部』で共有された通信機器を使わずとも、言葉を伝えることが可能だった。

 こちらの事情など考えず回線を接続するので、風呂で大熱唱をしているときに連絡がきたこともある。

 プライバシーというものを知らないらしい。


「じゃあ、誰っスかね」

「……ネイ……あー、何でもない」


 毎日、舌打ちをする目標を掲げている女が脳裏に浮かぶ。

 私はそっと通信機器を内ポケットに戻した。

 それを横目に、ルイは乾いた笑みで言った。


「カトレア様に報告せず、無断で動いてるのがバレたんじゃないスか」

「報せはした」

「誰に?」

「カトレア様に……ディーヴァを通して」

「それ、してないようなもんスよ」


 ――ギィ。


 音がして、私とルイは視線を向ける。

 シックな色合いの両開き扉が開けられていた。

 黒地のロングスカートに白いエプロン、頭にはカチューシャ。

 素朴な顔つきをしたメイドが、こちらを訝しげに見ていた。

 何故、そんな不審者を目撃したような目をしているのだろう。

 ここ『ルーベンス孤児院』の使用人の方かな。

 話し声を聞こえていたのか、それとも玄関の掃除をしていて偶然外に出たら、私達を発見したのか。


「ここは俺に任せて下さいっス。目が死んでる先輩よりは、警戒されないと思うんで」


 そう親指を立て、ルイが笑顔を作る。

 お前の胡散臭さも相当だと思うが……。


「どもっス。俺ら、神界ルリシセグンスから派遣された『女神部』っス」


 全部言うじゃん。


「俺はルイ……んで、こっちの今にも泣きそうな顔してるのが、ヴィルっス」


 してない、そんな顔。

 ただ、花粉で鼻がむず痒いだけである。


「この孤児院? ……に〈邪神族〉――《桜樹の臓腑(ルーナ)》が創った、なんかやべーブツ……《循環の砂時計(アグレラス)》があるっぽいんスけど、知らないっスか?」


 全部言うじゃん。


 使用人の格好をした女性は、戸惑ったような表情をする。

 ルイが声を潜めて言った。


「あの顔……隠してるっスね」

「自然な反応だろ」


 コイツに一任させていたら、数時間後には手錠をかけられているかもしれない。

 犯罪者だと判断されないよう弁解をしておこう。


「変な事を聞いて申し訳ない。私達は商人として各地を転々としているのですが……昨晩、ここら一帯で降った雨で土砂崩れが発生したんですよ。ほら、この屋敷の道中……森の東側に渓谷があるでしょう? それに不運にも巻き込まれ……女神様のご加護か命は失わずに済みましたが、商売道具は一式流されてしまいまして」


 私は出来る限り柔和に話しかける。

 鼻腔に入った花粉で、クシャミをぶっ放しそうだった。


「幸いにも馬は生き残ったのですが、しかし街道では野盗に襲われ、命からがら逃げてきましてね。ケビンにも無理をさせたので、体力が限界に近い。なので、少しばかり休息を取れる所が無いかと、こうして探していたわけで……へっっっすぁい――ッ!!」


 ああ、すっきりした。

 私は鼻を啜り、そして――。


「へえぇぇぇうぃ……ッ!!」


 もう一発、クシャミを放った。

 垂れてきた鼻水を燕尾服の裾で拭う。


「汚いっスよ、可憐……ではないけど、女性の前で」


 ルイがポケットティッシュを渡してきた。

 それで鼻をかみ、お礼を言う。


「ありがとう。季節の変わり目だし、寒暖差にやられたかな」


「体調管理には気を付けないとっスよねー。熱出して寝込んだ日には、ディーヴァさんに薬盛られて、気付いたときには実験台に磔にされてるっスよ」


「自室に鍵閉めてるのに、アイツはどっから侵入してんだ」

「便所の下水管じゃないっスか?」

「なるほどな」


 と、私は頷いて右掌を頭の上にやった。

 旋風が吹き、凄絶な衝撃に襲われる。

 ビリビリと痺れる掌、足元の地面は陥没していて――。

 私は淡々と、それを視認する。

 屋敷の扉に立っていたメイドが、人の背丈程の巨大な斧を、私に叩きつけていた。


 私との距離は十メートル程あった。

 それを詰めて打撃を放ってきたわけである。

 きっと走るのが速いのだろうな。


「こんな奥地で何してんだ、ロゼリア。王都での処理はどうした」


 そのメイド……に変装していた『女神部』の同僚が、顔に似合わない獰猛な笑みを浮かべた。

 先端に刃の付いた持ち手の長い戦斧を、クルッと回して――


「……ん~? ……あ~、勿論してませんねぇ。処理を引き受けた当日は、それなりに愉しめたのですがぁ、途中で飽きてしまいまして。気分転換にお散歩していたら、見知った顔の二人組がいたものですから~。ご挨拶に殺処分して差し上げようかと」


 フフッ、と艶やかに笑い目尻を下げる。

 《魔法》で姿を変えてはいるが、目の奥にある凶暴性はそのまま。

 私を紅い瞳孔が捉えていた。

 殺す気満々……恐ろしい女だ。


「職務怠慢っスね、ロゼリアさん。駄目っスよ、カトレア様の命令には従わないと。管理官の立場になって、イイ気になってるネイリィさんがまたブチギレるっス」


「散歩にしては、また随分と遠方まで来たものだな。ここがラスメイータ王国内とはいえ、隣国との境に近い地域だ」


「ええ~。とっても良い準備運動になりましたわぁ」


 と、ロゼリアは戦斧を一回転。

 その切っ先を、私の鼻先に突き出して告げた。


「私、欲求不満なのよぉ」


「……ルイ」

「嫌っスよ」

「相手してやれ」

「だから嫌っスよ」

「私も一緒だ」

「余計嫌っス」


 強情だなコイツは。

 普段、気を遣わない私が配慮をしてやったのに。


「このままだと私……爆発してしまうかも~」

「そこらの草むらで勝手に暴発しとけ」

「ヴィルさんとコウモリさんは《循環の砂時計(アグレラス)》を、探しにきたのでしょう?」

「そうだったかもな」

「俺、いつ哺乳類(ほにゅうるい)翼手目(よくしゅもく)に分類されたんスか」


「私を満足させていただければ、そのお手伝いをしてあげますよ~」

「いらん。回れ右して帰れ」


 ロゼリアが背を向ける。

 屋敷の敷地内に入っていった。


「そっちじゃない」

「む~、ヴィルさんが言ったんじゃないですかぁ」

「王都に戻れってことだよ。お前に用は無い」

「私がルーベンス孤児院にいる理由、聞かないのですか?」

「副業っスか? メイドの」


 ルイが興味なさそうに言う。

 問いはしたが、どうでも良さそうだった。

 服装はメイド……しかし、ロゼリアに赤の他人の世話など務まらない。

 この女に出来る職務は、拷問か解体だ。

 肉塊を斬ることしか脳に無い。


「私、知ってるんですよぉ……《循環の砂時計(アグレラス)》の持(・)ち(・)主(・)を~」


 ロゼリアが口元に手をやり、剣呑に《魔眼》を光らせる。

 ――持ち主。

 それは、世界の秩序を壊しかねない回収物に、所持者がいることを示唆していた。

【次話予告】

使用人の無責任な案内――。

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