第一章 第四話 予定に無い後処理
拙作をお読みいただいている読者の皆様、ありがとうございます。
今後の投稿に関しまして、この場でお知らせしておこうかな、と思います。
基本的には平日と休日、毎日投稿出来たら理想ですが、都合によっては投稿されない曜日もあるかもしれません。
投稿の時間帯は、夜の19時~22時の間になると思います。
私はカッターナイフを振って血を払う。
首筋を斬られた桜縁教の男は、鮮血を撒き散らした。
――しかし。
「やれやれ、『女神部』の方々は手が早い」
と、男が緩慢に顔を動かして、私を見る。
嘘のように切り傷が、スッと塞がった。
《魔法》の類……ではないな。
それの発動には、少なからず魔力の反応がある。
「再生の《固有体質》か……」
「ええ」
男の口元が僅かに笑う。
《固有体質》は、個々人の生まれ持った身体の性質。
後天的には身に付かない、天性の代物。
常人離れした身体強化、他者より何十年も長い寿命、高度な魔力適正など、《固有体質》は様々だ。
再生に特化した《固有体質》というと、私の経験上細切れにしても死なない。
「首を斬って死なないのを見ると、お前の《固有体質》は、なかなかに優秀らしい」
「『女神部』の筆頭であるヴィルさんに褒めていただけるとは、光栄でございます」
男は心にもない感想を口にする。
「お前みたいなイレギュラーな闖入者の相手は、億劫だが」
「それは申し訳ありません。私共と致しましても、少々想定外の幸運に恵まれましてね。こうして、私が出向いたというわけです」
――幸運。
私はその単語を反芻する。
桜縁教にとっての幸運は、常人が考えるそれとは訳が違う。
この狂信者は、一般的に不幸な出来事を幸運と言い換えている。
タチが悪いのは、本心で思っていること。
そこには嘘で取り繕った虚飾がない。
私が関わり合いになりたいと思えない理由の一つだった。
コイツらは、まともな価値観が通用しない。
会話をしても、分かり合えることはないだろう。
そもそも、閉鎖的な……自分の世界で生きている連中だ。
「地底に引きこもってるお前らが、どういう風の吹き回しだ? しめぼったい空気に嫌気がさして、偶には新鮮な外気を吸いたくなったか」
桜縁教の総本山は、ヴィナグレイスの地底にある。
天然の鍾乳洞を刳り抜かれて築かれた宗教国家だ。
とはいったが、それは桜縁教の自称で――。
正式に国家として認められてはいない。
「そうですねぇ。異文化を知る、これはとても大切なことです。私共縁徒も、進化をする頃合いかと……愚考したまでのことです」
桜縁教は〈邪神族〉――《桜樹の臓腑》を崇める邪教徒。
女神を含む〈神族〉や、その直属の機関である『女神部』の存在を認めていない。
こちらからすると、批評をされる筋合いは無いのだが――。
〈神族〉が抱える私兵、使徒に対抗してか、桜縁教の上層部は優れた信者を《桜樹の臓腑》の尖兵、縁徒と呼称していた。
大仰な身分を作るのが好きな連中である。
縁徒だろうがなんだろうが、目クソ鼻クソに変わりはない。
「お前らの悪い癖を教えてやろうか。凝り固まった前時代的な思考回路で発言してるせいで、自分の信念が絶対だと勘違いしていやがる」
「センパーイ、その狂信者に正論投げても、時間の無駄じゃないっスかー? もう、処理して終わりで良いでしょ」
と、魔王軍の近衛兵を演じていた『女神部』の職員を避難させたルイが、私と挟むような形で立った。
両手には業務用の……黒い革手袋を着用している。
「おやおや、桜縁教の〈伝道者〉であるルイさんと、相まみえることが叶うとは、これこそ《桜樹の臓腑》様のお導きでしょうか」
「んな非科学的な導き、この世にありはしないっスよ。つーか……いつの話っスか、それ。いまの俺は、『女神部』の後処理係っス」
「《桜樹の臓腑》様の御手を引き、我ら桜縁教をかの地に誘う導き手、〈伝道者〉と……その歩みを記す文明の守り人――〈傍観者〉が、こうして再開したのは、紛れもない《桜樹の臓腑》のご意思」
「視野狭窄なとこは千年経っても変わんないっスね、ヨハン・リシヴィスバイサー」
桜縁教の縁徒――ヨハンは、両腕を天井に掲げ、祈るような仕草をしている。
ルイが冷めた眼差しで名を呼ぶが、反応は返ってこなかった。
「そういやお前、桜縁教で枢機卿だったっけか」
「ウッス。『女神部』の仕事っスけどねぇ。意外かもしれないっスけど、俺ってあんま信心深いわけじゃないんで」
「別に見たまんま、そうだが」
『女神部』の仕事は、勇者や魔王の後処理に限らない。
この世界、ヴィナグレイスには数え切れない諸問題が燻っている。
ルイが担当したのは、桜縁教内部で起きていた派閥闘争。
クソ共の馬鹿な小競り合いなら、勝手にやっとけ、という話で吐き捨てられる。
だが、当時の桜縁教の片翼……聖女を神輿に担ぎ上げた創生派が、《桜樹の臓腑》の復活を画策していた。
生まれたばかりとはいえ、〈邪神族〉は人の手には負えない。
そこで桜縁教に枢機卿として潜り込んでいたルイに、どうにかしろ、と命令が下された訳だ。
『あああぁぁぁ!! マザコンのヨハン君だっ!! ラヴェたんの占いに狂いはなかったねっ! これは、もう運命だよ!』
そういえば、電話が繋がったままだった。
音量を最小にしていても尚うるさい。
「おい。お前まで運命だのなんだの言い出すのはやめろ。合理的な研究者が、奇跡に頼るな」
『この天才錬金術師のボクを、合理的だと評価しているとは見る目があるね!』
「……皮肉っスよ」
しかし、めでたい頭のディーヴァには伝わらない。
『ラヴェたんがね! 朝の占いコーナーで言ってたんだ! 『金髪ツインテールで、髪の毛を乾かさずに寝る、女神の体液入りのクッキーが好きな若い女の子に、運命の王子様が現れる』ってさっ!』
どんな占いだ、それは。
占術ですら無い気がする。
そんな奇天烈な条件に、ピンポイントで当て嵌まる人物がいるのか。
「お前、金髪でもないしセミロングじゃなかったか。年齢だって、千超えのクソババアだろ」
「……あー、ラヴェたん……ラヴェリラルって、ウチの本部の社内放送をしてる〈天使族〉の娘でしたっけ?」
『そうそう! さっすがルイ君、分かってるぅ! 無駄に長生きしてるだけで成長しない、どこぞのクソジジイとは大違いだねっ!』
パタン、と私は通信機器を閉じて、電源を落とす。
これ以上、あの女の喧しい声を聞いていると、女神カトレア様にいただいた機械を握り壊してしまいそうだった。
「先輩、気にしてます?」
「なにを」
「……いや、何でもないっス」
「邪推してないで、仕事しろ」
「ういーす」
その適当な返事を置き去りに、私は間合いを詰めていた。
一瞬の移動でヨハンの襟を掴み、空いている右手で殴る。
拳が当たる寸前に気付いたようだが遅い。
《魔法》で障壁を張る余裕もないヨハンは、鈍い音を立て中空に飛ばされた。
謁見の間の天井付近にめり込み、吊るされたシャンデリアと一緒に床に落ちる。
ガシャアァァァン!! と、金属や硝子の破片が飛び散り、土埃が舞った。
「蜘蛛みたいな野郎だな」
私が謁見の間、その高い天井を見上げた。
ウネウネ、と人の手足程の太さをした根が蠢いている。
それを支えに、ヨハンが張り付いていた。
祭服の中に仕込みがあるのか、《魔法》で作り出した四肢なのか。
ヨハンは器用に根を動かして――。
「《桜樹に還る自然の恵み》」
シュンッ! と鋭い風切り音を鳴らし、三本の根が振るわれた。
その標的にされた私が最初の二本を避けると、残りの一本を回し蹴りで粉砕する。
直後、私は跳躍して後ろに飛び退いた。
私がいた所に、細長い槍のような棘が刺さっている。
根に紛れさせていたのだろう。
素手で払わず避けたのは、棘に毒性が含まれているのを見抜いたからで――。
私には致命傷にならない効果だが、しかしわざわざ食らってやることもない。
「地力じゃ勝てないのが分かってるから、こういうセコいやり方を取るのが桜縁教の戦法か」
「先刻、申し上げた筈ですが……? 私の主は、急激な変革を望まれていない。それは我ら縁徒も同様――」
己の手と足のように自在に根を伸長させ、ヨハンが天井を逆さまに張っている。
植物の鉄仮面を着けた顔が首ごと、ゴキリッと回転し、こちらを見下ろしてきた。
《桜樹の臓腑》の信者……縁徒といえど、身体は〈人間族〉だと思うが――。
そんなに曲げて痛みは無いのか。
特殊な構造を……改造をしているのかな。
桜縁教は、人体実験をやっている組織だし。
「――故に、我らは不変にして盤石。それは世界に根を張り巡らせる、数多の生命の源……桜樹のように」
「生憎とご高説を傾聴してやる義理も時間もない。……ルイ」
「はいっス」
と、ルイが短剣を投げ渡す。
仕事用に持ち歩いている物だが――。
濃密な魔力は宿っていないし、特殊な威力を発揮するわけでもない。
『女神部』に支給された、安物だ。
普段は死体が詰められた段ボール箱を開封したりするのに使っている。
安価な刃物だが、手に馴染みやすい上に刃が丈夫なので、何かと重宝していた。
名は、アルベルト君。
「……っと、ぶないな。刃先しまえよ」
「ああ、スンマセン。そういうときもあるっス」
「二回に一回はそうだろ」
「壊さないよう気を付けて下さいっスよ、エドワード君を」
「……エドワード? 前はアルベルトって、呼んでなかったか?」
「ローレンスっスね。その前がシャーロットで、レオナルド」
「何か途中で、女体化してるな」
「思春期っスねー。あの頃のエドワード君は尖っていた」
「……ああ、私もそういう反抗的な時があった」
私が短剣を受け取り、飛来した木の根――《桜樹に還る自然の恵み》を斬る。
目的は私の捕縛ではない……殺傷に見えた。
雨のように降る根が私を貫こうと、うねりを上げ射出される。
ルイのことは、一向に狙ってこない。
忘れているのか、はなから脅威だと思われていないのか。
後処理が大変になるので、あまり城内を壊さないでもらいたい。
斬っても砕いても、きりがない《桜樹に還る自然の恵み》。
ヨハンの《固有体質》が再生に起因すると考えるなら、それにより《桜樹に還る自然の恵み》が強化されているのかもしれない。
相性の良い《固有体質》と《魔法》だ。
「舐められたものですねぇ。《魔法》を使えば、イチイチ避ける必要も無いでしょう」
「別に舐めてない。仕事だからな、一応真面目にやってるつもりでいる。単純に、お前ら桜縁教に、アホらしい教義が定められてるように、『女神部』にも後処理上の社内規則があるんだよ」
なので、と私は。
《魔眼》を光らせ軽薄に笑って――。
「お前如き劣等種に魅せる技は無いんだよ」
そんな冷酷な声音が、ヨハンの耳元で囁かれる。
天井に這うヨハン、その隣に私が滞空していた。
――スッ。
と、ヨハンの胴体が縦にズレる。
鉄仮面を着けた顔から、根と化した足に至るまで、それは真っ二つに裂かれたのだった。
術者のヨハンが死に、《桜樹に還る自然の恵み》が枯れ、そして木屑となり崩れ去る。
私が短剣の刃を鞘にしまい、地面に着地した。
「いやー、流石は世界最大規模の宗教団体、桜縁教の枢機卿っスねー。コイツが入ってきたときには、どうなるやらとヒヤヒヤしたっスよー。……あ、どうでした使い心地は、レイモンド君の」
「エドワード君だ。枢機卿だったのか、コイツ。……じゃあ、お前の元同僚か」
「っスねー。自分、人に興味無いんであんま印象に残ってないっスけど。勇者ソウマ……でしたっけ? アイツ桜縁教に何やらかしたんスかね?」
「知らん。俺ら『女神部』の仕事は、物語の後処理であって、真相を究明する主役ではない。そんな哀れな役回りは、三日前にヴィナグレイスに転生した異世界人にでも押し付けておけ」
「あのガキ、大人になるまで生きれると思うっスか? 今回の後処理前に、ディーヴァさんが言ってたっスよ。何か過去に例の無い、怪奇な運命の只中にいるとか」
「怪奇なのは、アイツの脳みそだ。どうせ、それも占いだろ」
「ラヴェたんの、ね。アレ、結構当たるんスよー」
ニヤリ、とルイが意地の悪い笑みをする。
桜縁教の枢機卿、ヨハンの乱入という不測の事態があったが、予定通り後処理は終わった。
『女神部』の仕事は完了だ。
魔王城の修復作業は『変転部』の管轄である。
神界に帰ったら、報告書に必須事項を記入して、事務のネイリィに提出しないといけない。
謁見の間は主柱やら玉座やら、色々とぶっ壊れているが、これは勇者のせいにしておこう。
死人に口無し。
私は無実。
理知的な言い訳である。
なんて、私は賢いのだろうか。
『女神部』は、やるべき職務を忠実に遂行したのだ。
堂々とした態度と爽やかな笑顔で、帰還をすれば良い。
「何してんスか」
と、ルイが変なものを見る目をする。
私は城の外に繋がる回廊を歩きながら、素敵な笑みを練習した。
【次話予告】
『女神部』の管理を任されている事務員の苦悩――。
これにて序章が終了となります。
次話から『過去から送られた禁断の箱』編の本章になりますので、お待ちいただければと思います。




