第一章 第二話 後処理は有料
私――テレサは世界で一番、自分が美しいと思っている。
それは驕りや謙遜でもない。
歴然たる事実だ。
私を褒め称えるのに、飾り立てたお世辞など不要。
――美しい。
その言葉だけで、事足りる。
簡素ながらも、私という存在を表し、自己顕示欲を満たすのに相応しい。
私は常日頃、欲求不満である。
別に暴食であったり、性欲がアホほど強いわけではない。
どちらも普通だ。
そんな慎ましやかな私にとって、魔王の地位は最高だった。
民衆には尊敬の念を、幹部からは畏敬の眼差しを向けられ、側近にはエロい目で見られる。
特に私の側仕えであるメイドの視線の、なんとハレンチなことか。
本人は気付かれていないと思っているのかもしれないが、日夜下卑た視線を感じている……胸と尻に。
私が艶やかな吐息をすれば頬を紅潮させ、色気のある流し目をやると、ゴクッと息を飲む。
いやはや、実に素晴らしい反応だ。
このハレンチメイドのおかげで、私は毎日欠かさず欲求を満足させている。
少し不満……というより言いたいことがあるとすると、私の脱ぎたてのパンティーを密かに嗅いでいること。
私の体臭は甘美である。
故に、一日穿いていたパンティーが臭いわけもない。
それはそれは、香ばしいことであろう。
今度、わざと内側に染みでも作っておいてやろうか。
さぞや喜ぶに違いない。
嬉しさのあまり、気絶してしまうかもな。
――ハハハッ。
と、寝室のベッドの上で自慰行為に耽りながら、悪戯っ子のような笑みをしていた私だが、その未来が現実になることはなかった。
――どうしてこうなった。
私は回る視野の中で、刹那に考える。
目端に見えるのは、切断されたドレスを着た女性の胴体。
私の美しい身体だ。
うむ、相変わらず絶世の美女であるな。
我ながら、見惚れてしまいそうだ。
そんな世界で最も美しい私を斬ったのは、忌々しいクソ勇者ソウマ。
この男の名前を初めて聞いたのは、三年程前か。
知り合いの……とカテゴライズするほど親しい間柄でもなかったが、腐れ縁の魔王エリスが、ソウマに討たれたという訃報を小耳に挟んだ。
当時はそれはそれは笑い転げたものである。
あの殺しても死なないような、厚顔無恥の権化が遂に殺されたか、と。
私は執務室の真ん中で、海老反りをして喜びの咆哮を上げたあと、窓を伝い城の屋根に登り、そこで全裸となって魅惑的な踊りで祝福をしてやった。
赤い満月が綺麗な夜のことであった。
私の尊厳の為に言っておきたいが、ソウマの実力を侮ってはいなかった。
余裕でボコせると舐め腐っていたわけではないのだが、私は美しいので勝てるだろうと確信していた。
美しいとは、それだけで正義なのである。
どんなジャンルに於いても、美しければ負けはしない。
首チョンパされた私が言うのだから、間違いない。
説得力のある名言だ。
私の生首が床に落ちるまで、二秒ほどか。
不思議と憎悪の悪感情は湧かなかった。
敗北も悔しいとは思わない。
だって、私は負けてはいない。
いや、何なら私の勝利ではないだろうか。
このクソ勇者は、美しさの土俵で戦うことから逃げ、武力行使に出た。
それは実質、私の勝ちを意味している。
ベチャッ、と不快な音が鼓膜に響いた。
私の美しい顔面が床にヒットしたわけだ。
――ブチュ。
と、私の唇が謁見の間の床にキッスをする。
最悪だ。
以前、酒に酔った宰相が糞を漏らした箇所に、丁度唇が合わさった。
使用人が毎日、掃除をしているとはいえ、嫌なものは嫌だ。
まさか最期に思い出すのが、宰相の脱糞映像とはな。
人生とは何があるか、分からないものだ。
私は宰相のスッキリした表情に見送られ、その生涯を終えた。
§
私は勇者の首を詰めた瓶を《異界収納陣》にしまう。
ガキでも使える簡単な収納系統の《魔法》だが、便利な術式だ。
内部空間の時間が停止しているので、生物を入れておいても腐らない。
売買する前に腐食してしまっては、売り物にならないのでしっかりと保存をしておいたほうが良い。
勇者の首は……異世界人の身体は、高値で売れる。
それなりの頻度で勇者召喚などが行われている実情ではあるが、しかし希少性に変わりはない。
違法な手段を使ってでも売買される理由は、異世界人にしか宿らない特殊な能力――《星の意思》だ。
勇者ソウマは死亡した。
宿っていた《星の意思》が、どういう《権能》なのかは知らないが、〈哀憐の慈母〉魔王エリスに続き、〈月下の亡霊〉魔王テレサを倒した勇者だ。
それなりに強力な《星の意思》だったのではなかろうか。
いや、そうであってもらわないと困る……私が。
ただでさえ、今回の舞台を整えるのに、多額の経費を使っている。
この勇者を売り払って幾らの値が付けられるのかは定かではないが、どうにかして元を取らなければいけない。
でないと金にうるさい事務に、小言を言われる。
彼女は『女神部』に対して、いつも当たりが強い。
赤字を出したときには、どんな罵詈雑言が飛んで来るのやら。
あの残業のストレスで刻み込まれた、深い隈が愛らしい三白眼を想像するだけで嫌な汗が出る。
念の為、言い訳……ご機嫌取り用に、ネイリィの好きな菓子でも買って帰ろう。
「どうしたんスかー、先輩」
私が内心、憂鬱になっていると、近衛兵に指示をしていた幹部の一人がやってきた。
否、その男は魔王軍の幹部ではない。
そういう役を演じていたに過ぎず、本業は『女神部』のしたっぱ社員。
私の後輩君であり、面倒事を押し付けるのにもってこいの部下だ。
「まーた、ネイリィさんに借金でもしたんスかー?」
と、先輩で上司の私に対し、そんな舐めた口調を叩いてきた。
正社員には見えない風貌をした若い青年だ。
名前はルイ。
これは『女神部』に入社した際に、女神カトレア様が授けて下った御名前であって、彼個人の本名ではない。
私も本名は知らない。
光沢のある特徴的な銀色のウルフカットには濡羽色のメッシュが入っている。
ワックスでも塗っているのか、洒落た形に整えられていた。
盛大に欠伸をしている顔は年相応。
しかし、勤務で培われた精悍さが備わっていて。
着崩したスーツに、チャラチャラと音を立てる金属製のアクセサリーを、顔や手に付けている。
全体的に軽薄そうな雰囲気があった。
「また、とは何だ。失礼な奴だな、お前は。まだしていない」
「あはは。まだ、ってことは……これから、するんじゃないスかー」
「可能性の話だ。確定はしていない」
あははー、とルイが首の後ろで手を組み笑う。
「先輩がそう言ったあとって、大体ネイリィさんがブチギレてる印象っスけどねー」
「記憶力の良い奴だな。余分な事ばかり覚えている」
「アザース。んじゃ、そのついでに一個、余計なお世話を言ってもいいっスか?」
「なんだ」
すると、ルイが顔を動かした。
それを私も辿る。
「アレ、どうするんスか? 消滅させます? 忘却します? それとも、処理します?」
「物騒だな。物事には順序というものがある。まあ、平和的に行こうじゃないか」
「それ勇者ぶっ殺した、先輩が言うんスか? 全然、穏便な解決じゃなかったっスよ」
私とルイの視線の先にある、小さな肉の塊。
〈月下の亡霊〉魔王テレサの生首だ。
勇者ソウマのケツを拭う前に、この魔王城の秩序を整えなければならない。
幸か不幸か、ソウマは魔王城の内部に直接転移をして乗り込んできた。
なので、城下町は異変を察知していない。
通常の平日を送っている。
魔王城を元通りの状態に修復しておけば、今回の出来事が外部に漏れることは無い訳だ。
「とりま、蘇生かましますか?」
「ああ、頼む」
「ういーす」
ルイが右手を上げ返事をすると、テレサの元に行き、しゃがみ込む。
既に魂は、現世にない。
だが、ルイはそんな亡骸に手を翳して。
「《悪魔の導きは破滅の調べ》」
ルイの赤みがかった銀朱の瞳に、紋様が浮かび上がる。
瞳に宿った、先天的な《魔眼》だ。
ルイは生まれつき、《模淵の魔眼》を持っていた。
そして、《模淵の魔眼》を媒介として術式を発動することに長けている。
ルイの掌から銀朱の粒子が放出され、それは吸い込まれるように、首の切断面に入っていった。
「忘れてるぞ」
「……あ、スンマセン」
私がテレサの身体を移動させる。
頭と胴体を繋ぎ合わせた。
すると、銀朱の魔力が切断された部位を覆う。
《悪魔の導きは破滅の調べ》は、蘇生に類似した《魔法》だ。
似ているのは、《蘇生魔法》とは性質が異なるからで――。
《悪魔の導きは破滅の調べ》で生き返った者は、〈屍人間〉あるいは〈吸血鬼〉といった種族になる。
自然の摂理に逆らった代償だ。
「うっし。良かった、成功っスねー。失敗したら死体処理面倒だから、助かったっスー。いやー、流石俺」
と、ルイが言うと粒子が弾けて消える。
そこには元の、美しいワインレッドの長髪をもった魔王が、瞼を閉じて横たわっていた。
私が《魔眼》で診る。
体内に血が流れ、魔力が循環している。
魂が現世に戻って、テレサの中に収まっていた。
「魂の導き手、として飯を食っていただけはあるな」
「あはは、いつの時代の話してんスかー。そのバイトしてたの、もう千二百年位前っスよ」
「まだ、たったの千二百年だろう。転職しても腕が衰えていないのは、お前の実力だ」
「なんスか、そんな褒めて……気持ち悪い。俺を持ち上げても、ネイリィさんの説得には同行しませんよ?」
「……そんな腹積もりはない」
「あるじゃないっスか」
普段は抜けているクセに、こういう場面では無駄に勘の良い後輩である。
何故、半ば確定しているネイリィの説教に巻き込んでやろうという、私の優しい心遣いがバレたのだろう。
不思議なものだ。
ルイは人の心が読めたりするのかな。
と、思ったとき。
――タラリタラリタラリラララ♪
そんな軽快な電子音が鳴った。
「俺……のじゃないっスね。先輩じゃないっスか?」
「……ああ」
私は若干、嫌な予感を抱きながら燕尾服の内ポケットに手を入れる。
折りたたみ式の、小型の通信機器を開いてボタンを押した。
「はい、どちらさ――」
『いやっほおぉぉぉ!!! ハロハロハロー!!! 元気かい? うん! 勿論、ボクは元気だともさ!! え? なになに!? なーるほど!! 良いだろう、教えてあげよう!!!』
その奔放さが溢れ出る、ハイテンションな大声に、私は思わず耳から通信機器を離す。
ポチポチポチ、と急いで音量を下げた。
隣では、ルイが乾いた笑いをして同情している。
やれやれ、嫌な予感が的中してしまった。
いまは……いや、いつの時間であっても聞きたい声ではない。
私は溜息を吐いて、電話をしてきた相手に話しかけた。
「はい、どちらさまでしょうか。おかけになった番号は現在使われておりません」
『ななな……なんだってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ……って、そんなわけあるかいっ!! きゃはっ、久しぶりにノリツッコミしちゃったZE!! 普段、人に迷惑をかける側のボクにツッコませるとは……やるね!! ヴィル君!!』
「はぁぁぁぁぁ……」
と、ルイの大袈裟な溜息。
ありがとうね……私の代わりに呆れてもらって。
出来る後輩君だ。
【次話予告】
狂った研究者が伝える朗報――。




