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第20話

 はてさて、困ってしまった。

 仮に、仮にダイナ君の思い人がおじさんだとすると、非常に困るのである。

 何が困るのかというと、そう。

 おじさんには、恋愛というものがとんとわからないのである。


 結婚は村長の娘としての義務だったし、それから解放された今となっては結婚のけの字も意識していなかったわけで。

 前世でもそういうものとは無縁であった。

 学生時代は勉強漬けだったし、大人になってからもそういう対象を見つけられることはなかったのだ。


 仕事の付き合いでキャバクラとかガールズバーに連れていかれた時も、逆に相談相手になっていたぐらい枯れていた人生だった。

 黒服の人に、嬢を泣かせたと怒られたときは怖かったなぁ。嬢の子がフォローしてくれて助かったけれど。


 なので、正直なところよくわからない。

 そういう対象として相手を見ることも、そういう対象として見られることも。


 いや、これはあくまで仮定の話。

 決めつけてしまってはダイナ君に失礼だ。


「――ニギルさんって、ダイナ君のお師匠さんなんですよね?」

「え? ああ、そうなるかな」

「昔のダイナ君の話を聞かせてもらってもいいですか? この町に来た時の事とか」


 これ以上この話題が続くと困るおじさんが選んだ行動は、話題を逸らすこと。

 同じ話題を続けずに、何もなかったことにしてしまえばいい。

 選択の後回し? そうかもしれない。


 けれども、どうすればいいのかさっぱりわからないのだ。

 ダイナ君も、意思表示をはっきりとしてくれたわけでもないし。

 下手に触れて傷つけるような真似はしたくない。

 だから、今は見なかった振りをさせてほしい。


「……そうだね。当時の話をするなら、死にかけの子供が転がり込んできたのに驚いたかな」

「死に……っ!」


 そんなつもりで軽く振ったはずの話は、想像以上に重苦しいものだったらしい。


「おい、その話は」

「いいや。彼女には聞く権利があるんじゃないかな?」


 聞く権利って何ですか。おじさんに原因の一因があるんですか。

 いやあるかも。

 十年前っていうとあの事故の直後だし、ダイナ君が自罰的になっていてもおかしくない。


「なにせ、君が傷つけた子というのがこの子なのだろう?」

「それは……そうだが」

「なら、話を聞かせるべきだ。君が贖罪したいと願う相手が、目の前にいるのだから」


 しょ、贖罪?

 まさか、ダイナ君って十年間ずっとあの事件を引きずっていて……?

 いや、でも。

 違う、そうじゃない。


 おじさんは許すつもりでいたけれど、ダイナ君からすれば、謝ることもできないまま出立してしまったんだ。

 だから、あの後どうなったのか、本当に知らないまま……。

 六歳の子供が、あれだけの血を見てどれだけショックを受けるのか、おじさんは正しく把握できていなかったんだ。


「自分を傷つけることで、極限まで追い詰めることで、少しでも罪悪感を紛らわせようとしてたんだよ、この子は」


 ダイナ君は悪戯を叱られた子供のようにばつの悪い顔をしている。

 今となっては、後悔してくれている、という証左だろうか。

 それなら、良かった。


「だからまあ、私の役割はまずは限界まで追い込んでも耐えられる肉体作りを始めるところからだったかな」

「いや、止めてくださいね!?」


 そんなにこやかな表情で言われましても。

 限界まで追い詰めずにいられないなら、追い詰めても耐えられればいいじゃないんですよ。

 追い詰めない方がいいに決まって……ああっ! この人ダンギさんの仲間だった!

 ダンギさんだったら多分同じことを言う。

 雰囲気が違うだけで、ひょっとして根本のところ同じだったりします……?


「いやいや、止めても意味がないんだよ」

「……と、言いますと?」

「止めたところで、どうせ見てないところで繰り返すんだから。それなら、根本原因を何とかしたほうが早いと思わない?」


 それに、いざという時に極限まで戦い抜けるのは紛れもなく戦士としての才能だと。

 思いのほか、ニギルさんは当時のダイナ君を高く評価していたみたい。


 ……ああ、はい。やっぱりこの人もダンギさんのお仲間さんだ。

 実は、色々あった後ダンギさんがおじさんを鍛えようとした時期もあったんだよね。

 拒絶したけれど。流石に筋肉ムキムキ村娘になるのはおじさん嫌だったかなぁ……。

 健康アピールになるから、ひょっとしたら婚活的にはそっちの方がよかったのかも?

 でもちょっと、嫌かも。流石に。


「まあ、聞くよりも見てもらう方が早いかな。と、言うわけでだ、ダイナ」

「なんだ」

「軽く手合わせといこうじゃないか。君がどのぐらい強いのか、見せた方が早いだろう?」


 おじさんが不安になるのは、実際ダイナ君がどれほど強いのかわからないからだと。

 いや、ものすっごく強いのは知ってますけどね?

 三十人以上の盗賊を一人で無傷で何事もなかったかのように退治して頭領生け捕りにするってとんでもないことだってわかってますけどね?


 じゃあそれが一般常識からしてどのぐらい強いのかって言われると……あんまりわからないかもだけれど。

 いや、冷静に考えて上澄みも上澄みだよね。うん。

 でもダンギさんいるしな……。

 この世界、割と実力の格差が激しすぎる感じだったりするのかな?


「ああ、安心してください」

「?」

「一部の人間が飛びぬけているだけですよ。実際、私ではダイナにかないません」


 思考を読まれた……?


 今のニギルさんの言葉にダイナ君は不服そうだ。


「弱い奴が弱いだけだ」

「ダイナ。誰もが君のように極限状態を繰り返せるわけではないんですよ」

「最終的に生き残れればそれで十分だろう」


 ……そっか。ダイナ君の強さは、何回も死ぬ間際を乗り越えたからこその強さなんだね。

 それを十年間。ずっと。

 ダイナ君にその選択をさせてしまったのは、紛れもなくおじさんの罪だ。


 いや、十年前の選択にあれこれ言うのはそれこそ無意味なのだけれど。

 それでもと思わざるを得ない。


「盛り上がっているところ申し訳ありません。おふた方、アルカナ様がお呼びです」

「きゅい!」


 急に背後で声がした。

 慌てて振り向くと、そこには美人なメイドさん? が毅然とした態度で立っている。

 なんというか、たたずまいに品格がある人だ。

 真面目で、仕事ができて、キリっとしている。みたいな印象を一目で受ける。


「ルピガナさん」

「ニギル様。ご歓談の最中申し訳ございませんが、このお二人をお連れしても?」

「ええ、構いませんよ。ダイナ、手合わせはまた今度頼むね」

「どうせいつもの型稽古だろう。隙間時間にでも付き合うさ」


 この方はルピガナさんというらしい。

 アルカナ様の側近だったりするのかな。だとすれば、きっと凄い人だ。


「……そんなに食い入るように見られては困ります」

「あっ、そうですよね。ごめんなさい、つい……」

「はい。美少女に見つめられると、取って食べてしまいたくなるので。気を付けてくださいね」


 ……ん?

 今なんて言った?

 聞き間違いかなー? あはははー?


「カメリア、気をつけろ。こいつは色狂いで有名だ」

「失礼ですね。男性でも女性でも、平等に愛を振舞っているだけです」

「それを見境がないというんだ」


 ――なんか、凄い一瞬で印象が変わったなぁ。

 ひょっとしてアルカナ様が集めてる人材ってこういう人多かったりします?

 おじさんといいダイナ君といい。いや、おじさんは色物だって自覚はあまりありませんが。

 外から見れば、きっと色物なのでしょう。はい。何となくわかってます。


「私はダイナ様でもいいんですよ?」

「ふざけるな。殺すぞ」

「殺されるのは困りますね。まだ業務が残っていますので」

「あははは……」


 うん、ユーモア。ユーモアの一環だと思おう。

 おじさんは何も聞かなかったことにするよ。

 うん。見てる分には凄い真面目そうでまともそうな人だからね。


「それで、アルカナ様がお呼びって、どちらに向かえば?」

「おお、そうでした。カメリア様の美しさの前に本題を忘れてしまうところでした」

「流れで口説くな。また怒られるぞお前」

「アルカナ様になら何をされてもご褒美です」


 ……これを苦笑い以外でどうかわせと?

 辛い、辛いよ。

 これまで関わったことがないタイプの人種だよぉ。

 都会、怖い。


「それでは、ご案内します。ニギル様、ではまた後程」

「ああ。二人とも、行ってらっしゃい」


 ニギルさんに見送られて、おじさんたちはルピガナさんの後ろをついていく。

 鈍いおじさんにでもわかるぐらい、ダイナ君がルピガナさんへ不機嫌オーラを放っていた。

 この二人、相性悪そうだなぁ。


 おじさんは既に先行きが怖くなってきてしまったのでした。

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