ギャンブル
「ハァ、ハァ……! 間に、合った……!」
激しい港の喧騒の中、すぐそこまで迫る追っ手の足音を背後に聞きながら、僕はタラップを文字通り駆け上がり、出港間際の巨大な船の甲板へと滑り込んだ。
見上げれば、潮風に激しく翻るマストの旗。
そこには、確かに僕たちが目指すべき唯一の希望たる島国――『ブリタニア諸王国』の紋章が刻まれている。
((よかった、ブリタニア国籍の船だ……。これで、これでやっと大陸を脱出できる……!))
視界の隅に映った時計塔が少しずつ小さくなっていく。
船が出港したのだ。
だが、完全に追手を振り切り、僕が安堵から震える胸をなでおろしたのも、本当に束の間だった。
しっかりと足を踏み締め、船の甲板に立ち上がった瞬間、僕は全身の毛が逆立つような、異様なまでのピリついた殺気に包まれたのだ。
そこに並んでいたのは、端正で規律正しい船乗りたちではなかった。
顔に生々しい一文字の傷を持つ大男たちや、不気味な笑みを浮かべて抜き身のサーベルを弄ぶ、お世辞にも上品とは言えない、血生臭い海の荒くれ者たち。
そう――僕が命からがら飛び乗ったのは、合法的な交易を行うお堅い商船などではなく、カリブの海を荒らし回るブリタニア直系の『私掠船』だったのだ。
「おやァ? 随分と妙なドブネズミが迷い込んできたじゃねぇか。……ほーぉ、よく見れば極上の面構えのガキじゃねぇか、あァ?」
男たちの奥から、ゆっくりと足音を響かせて現れたのは、不敵に傾いた三角帽子を被り、潮と血痕と思しき黒い染みに汚れた、豪奢なコートをまとった船長だった。
その獰猛な肉食獣を思わせる金色の目が、僕の華奢な身体を頭のてっぺんからつま先まで、値踏みするようにねっとりと品定めしてくる。
『ちょっとカース!?一難去ってまた一難どころか、今度は秒で詰みかねない大ピンチよ!?カストラートの、それも元貴族の美少年なんて、海賊からしたら恰好の人身売買の商品。それも闇オークションの「最高級の目玉商品」よ!下手に怯えて泣き言でも言ったら、そのまま奴隷市場に直行で売り飛ばされちゃうわ!!』
((分かってる……!ここで舐められたら僕の人生は本当に終わりだ。『ミーナ』、僕に力を貸して!前世の知識と、これまで培ってきた貴族としてのハッタリ、全部乗せして交渉するんだ……!))
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