完璧なる交渉術
僕は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、父上のデスクへと滑らせた。
そこには、僕が昨晩徹夜で書き上げた起死回生のプランが記されている。
【カースの三大提案】
1.次期当主の座を速やかに弟へ委譲
御家騒動の種を事前に摘み、領内の安定を図る。
2.芸術(音楽)分野での家門への貢献
現在、王宮では空前のオペラブーム。
ここに我が家門から歴史に残る歌い手を輩出することで、王家への強力なアピールと、実家の文化的ステータスを爆上げする。
3.そのための「投資」の要求
国内最高峰の『サントマリオ・ピエタ・カプアナ音楽院』への入学金・学費、および受験までの期間、一流の音楽家庭教師を雇う費用を請求する。
「お前が、歌い手に……?」
父上は値踏みするような目で僕を見た。
それもそのはず。
ピアノとヴァイオリンこそ嗜み程度に弾けるが、声楽はほとんどやったことがない。
突然「歌手になりたい」などと言い出せば、父上が訝しがるのも当然だ。
だが、幸か不幸か。
条件が揃いすぎている。
馬に蹴られたおかげで僕の声帯は変声期を迎えることはなく、今までもこれからも、神に愛されたかのような美しいボーイ・ソプラノを保つ。
ニッポンの高等音楽教育を受け、古今東西あらゆる歌唱理論を叩き込まれた『私』なら、僕の身体を余すことなく活用し、そこらの神童など遥かに凌駕する歌声を響かせるはずだ。
「投資としては決して安くありません。ですが、数年後、王宮の舞台で私が喝采を浴びれば、『あの天才カストラートを排出した名門辺境伯家』として、我が家の名は歴史に刻まれます。」
ここまで一息で言い切ると、僕はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、さらに畳み掛けた。
「ただの『穀潰しの長男』として僕を修道院に幽閉するより、遥かに実利があるとは思いませんか?」
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