見当違いのパニック
寄宿舎の豪奢な2人部屋。
部屋の両端に設置されたベッドで僕とミハイルは向かい合うように座っていた。
「……分かったぞ、ミハイル。これは大変なことになる!いや、もう手遅れかもしれない!!」
「えっ!な、何が分かったんだいカース!?急に叫んで驚かせないでくれよ」
僕が不意に弾かれたように立ち上がると、ミハイルもベッドから跳ね上がり、固唾をのんで続きを促す。
消えた『5人目』の正体。
そして、捕まった楽器科の4人が、頑なに口を割ろうとしない本当の理由。
それらを脳内の『私』が持つ前世の『歴史』や『サスペンス』の知識と擦り合わせ、僕なりに徹底的に考察した結果——。
とんでもなく恐ろしく、そして壮大な結論に達してしまったのだ。
パズルのように、何度思考を巡らせてもこれ以上にしっくり嵌まるピースが見つからない。
僕は長いこと頭を抱え、そのあまりの恐怖にガタガタと身震いしていたが、ついにその『正体』を告白するべく、顔を上げてミハイルを真っ直ぐに見据えた。
「いいかい、ミハイル?これは待遇格差の腹いせなんかじゃない……おそらく、もっと過激な『思想犯』によるテロだ……!ほら、僕たちの身体は、人為的な処置によって男性としての機能を失っているだろう?前世の――いや、歴史的にも、こういう『自然の理に反した身体』を歪んだ正義感や宗教的狂信で排除しようとする、恐ろしい差別主義者の襲撃事件は、闇から闇へと葬られてきただけで、実際には何度も起きているんだよ!」
「な……っ!?」
「つまり犯人たちの真の目的は、格差の腹いせなんかじゃない!この世からのカストラートの『完全なる根絶』だ!!」
僕はミハイルの肩を掴み、興奮のままにまくしたてる。
「大変だよ!消えた『5人目』はきっと、その過激派組織から送り込まれた冷酷なリーダーだ!奴らは楽器科の不満分子をただの鉄砲玉として利用したに過ぎない!今頃、この王都だけじゃなく、世界中の歌劇場や音楽院にいるカストラートが、同時に狙われているかもしれないんだ……!!」
「…………」
部屋を包む、数秒の沈黙。
「……いや、世界中って。さすがにそれは大げさすぎないか、カース……?」
ミハイルは完全に引き気味の目で、哀れみの視線を僕に向けていた。
陰謀論の沼にハマったかのように一人で大騒ぎし、壮大な世界危機を語る寮友が――まさか異世界の女性と記憶や知識を脳内で絶賛共有している最中だなんて、ミハイルには知る由もなかったのである。
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