崩せない壁
しかし、学長はトントンとデスクの上で書類を整えると、まるで何も知らない子供を哀れむような目で僕を見た。
「カース君。君が首席特待生として、また貴族の長男として、学校全体の調和を考えてくれたことは非常に素晴らしい。――だがね、答えは『却下』だ」
「なぜですか!?」
「簡単な算数だよ、カース君」
学長は冷徹な笑みを浮かべ、分厚い帳簿の表紙をノックするように、トントンとその肉付きの良い指で叩いた。
「我が校の絶対的なブランドを支えているのは、世界中の大歌劇場で主役を張るカストラートたちだ。彼ら一人を完璧な『至高のガラス細工』として育てるには、君の想像を遥かに絶する金がかかる」
「最高級の食事、最高峰の医療、そして超一流の教師陣……。これらを維持するためには、パトロンからの投資だけでは到底足りんのだよ。楽器科からの支援金も全て注ぎ込まねば、カストラートの育成クオリティを保てない。そして、『未熟なカストラートを輩出する』ということは、我が音楽院のブランドの死を意味するのだよ」
「で、ですが……!それでは楽器科の生徒たちの不満は、彼らの尊厳はどうなるのですか!?」
必死に食い下がる僕に向かって。
「彼らは『お客様』だ」
学長はあっさりと、残酷な本音を口にした。
「高額な代金と引き換えに、名門音楽院の『卒業生』という肩書きを買いに来ている、おめでたい貴族の凡才たち。一方、カストラートは我が校の看板となる『商品』であり、命を賭して守るべき『財産』だ。お客様が支払った代金を、商品価値を極限まで高めるべく君たちに再投資する。商売として、一体何が悪いというのかね、うん?」
学長の言葉が、ナイフのように僕の胸に突き刺さる。
「……そもそも芸術の世界は平等ではない。才能も、機会も、待遇も、その全てがだ。出自と才能に恵まれ、首席特待生としてこの場にいる君が、一番理解しているはずだろう?」
「……っ」
何も、言い返せなかった。
脳内でいつもあれほど騒がしかった『私』さえも、今は冷や水を浴びせられたように静まり返っている。
僕が毎日、当たり前のように受けている至高のレッスンも、至れり尽くせりの健康管理も、この恵まれた環境も……。
すべては楽器科の生徒たちの『搾取』の上に成り立っている、歪んだ砂上の楼閣だったのだ——。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけると大変励みになります!
基本毎日更新です。
今後もよろしくお願いします!




