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【本編20万字完結】カストラート 〜傾国の歌劇(オペラ)〜【幕間更新あり】  作者: nhhtn
復讐編

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薄紫の鎮魂歌


血と涙、そして絶望のすべてが染み付いた地下牢の後始末を私兵たちに任せ、僕はアスクレピオを伴って地上へと這い上がった。

腕の中に抱えたジュリアスの身体は、完全に魂が抜け落ちていて、驚くほどに重かった。


「カース様、私がその男のむくろを運びましょう。そのお身体では……」

「……触るな」


アスクレピオが気遣わしげに手を伸ばしてきたが、僕はそれを冷たい一言で拒絶し、息を切らしながら進む。

去勢され、華奢な骨格のままの僕の身体では、弟の亡骸を僅かに持ち上げて引き摺るのが精一杯だった。

それでも、他人の手には絶対に委ねたくなかった。

この哀れな弟の最期だけは、僕自身の手で、僕の責任において埋葬してやりたかったのだ。

向かったのは、辺境伯邸の広大な敷地の最果て――かつて僕たちを縛り付け、狂わせたトラッド家が眠る、先祖代々の墓所だった。

夜明けの柔らかな光が冷たい石碑の群れに差し込む中、僕は泥に塗れながら土を掘り、弟の骸を静かに横たえた。

包帯を外すと赤黒く焼け焦げた坊主頭が顕になる。

その閉ざされた瞼に包帯の代わりにリボンを掛け、組まれた手の中に2通の手紙を持たせてやった。

アスクレピオが黙って差し出したシャベルを、僕も無言で受け取り、静かに弟の身体に土をかけていく。

足、腹、胸、肩、そして顔——。

ついに完全に弟の姿が見えなくなり、小さな土盛りができた。

そして、その土の上に、僕たち双子の瞳と同じ、透き通るような薄紫色の小さなスミレの花をそっと供えてやった。

僕は、そのささやかな墓標に静かに語りかける。


「――ジュリアス、ブルネッタ夫人のことでもう一つ。さっき伝え損ねた、二つ目の報せだ。君の息子の名前はね、オーギュストというらしい。シーザー(きみ)の後継者に相応しい、とても良い名前だと思うよ」


ふっと、朝の冷たい風が僕の髪を揺らした。


「そして……これは僕の想像でしかないけれど。彼女はね、トラッドの家門ではなく、夫である君の血をこの世界に残したくて、僕と交渉したんだ。本当に、憎たらしいほど高潔で、聡明な女性だよ。……僕には、トラッドを離れて名を変えた彼らを追う理由は無い。だから、安心してほしい――」


墓所を静かに風が吹き抜ける。

手向けたばかりの小さな薄紫の花が、僕の言葉に応えて小さく頷いているように見えた。

僕は胸の前でそっと手を組み、目を閉じる。

かつて周囲を欺くため何度も口ずさんだ、あの祈りの旋律を小さく口ずさんだ。


「……また会う日まで、また会う日まで、神のまもり汝が身を離れざれ——」


今度こそ演技フェイクではない、本心から彼の行く末を祈る鎮魂歌。

僕たちの再会は、そう遠くない未来、濁った地獄の底になるだろう。

けれど、もしも。

もしも、地の底の暗闇にまでも神の光が届くのならば――。


((僕が地獄に堕ちるその日まで、どうか、この哀れな弟をお守りください——))


脳内で『私』もまた、静かに目を閉じて僕の祈りに寄り添ってくれていた。


「これで本当に終わりだ、ジュリアス。もう、誰も君を縛らないし、父上の期待に怯えることもない。誰も君を脅かさないよ。……ゆっくりお休み」


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