手向け
最後の数日間、僕はそれ以上の肉体的拷問をすべて止めさせた。
アスクレピオには、ジュリアスの鼓膜の治療と、これからのために体力を回復させることだけに専念させたのだ。
「ドクター、片耳だけでもいい。ほんの僅かでもいいから、こちらの声が聴こえるように治療するんだ」
「クク、畏まりました。このアスクレピオ、主様のご期待に命を懸けてお応えいたしましょう」
僕の指示に、闇医者はその歪んだ歓喜を満面に浮かべて応えた。
彼は超人的な裏の医術と秘薬を用い、数日のうちにジュリアスの右耳の聴力を奇跡的に、最低限だけ引き戻してみせた。
すべては、死にゆく弟に『最悪の手向けの花』を贈るため。
五感を奪われ、暗闇の中でただ死を待つだけのあいつに、あの残酷な真実――最愛の妻であるブルネッタが、自ら僕と手を取り合い、夫であるジュリアスをこの地獄へ売り飛ばしたという『本当の事実』を、その耳でしっかりと理解させてから逝ってもらうために。
数日後、僕は、白い包帯と赤黒い火傷で変わり果てたジュリアスの枕元に立ち、横たわる彼の右耳のすぐ傍へと顔を寄せた。
そして、世界を魅了する、あのどこまでも美しいソプラノの声を優しく響かせた。
「聴こえるかい、ジュリアス?君の愛しいエッタのことで、二つ、どうしても伝えておきたいことがあってね。……まずは一つ目、君にとって『最悪の報せ』だ」
「……、あ……」
包帯の隙間から覗くジュリアスの唇が、微かに戦慄いた。
「君をこの地下牢へ引きずり込むために、屋敷の北口の鍵を開け、見張りをすべて僕の私兵に差し替えたのは――。他ならぬ、君が命を懸けて溺愛していたブルネッタ夫人自身さ。彼女はね、君の命と引き換えに、自分とお腹の赤ん坊の命、そして実家の存続を僕から買い取ったんだよ。君は最初から、愛する妻に売られていたんだ」
「――ッ!!!――ぁ、ぁあ……が、ぁあ……っ!!」
ジュリアスの全身が、まるで電流が走ったかのように激しく、狂ったように痙攣した。
目も見えず、身体も動かせない絶望の暗闇の中で、僅かに回復した右耳が、世界で最も残酷な真実を彼の脳髄へとダイレクトに叩き込んだのだ。
自分が最後の瞬間まで信じ、助けを求め続けていた最愛の妻。
彼女こそが、自分をこの生殺しの地獄へ突き落とした張本人であり、最初から自分を冷酷に見捨てて一人で幸福を掴み取っていた。
「エッタ……何故、だ……。どうし、て……お前が、私を……裏切……っ」
爆発によって無残に潰れ、固く閉ざされていたはずの瞼の隙間から、ドクドクと赤黒い絶望の血涙が溢れ出した。
それは炭化してひび割れた頬を伝い、冷たい床へと音もなく流れ落ちていく。
信じていた愛のすべてが偽りであり、自分という存在が世界の誰からも必要とされていなかったという、完全なる精神の崩壊。
『魂の底から、粉々に壊れたわね……。お見事よカース。これ以上ない、極上の精神の地獄が完成したわ』
脳内で『私』が、極上の美酒に酔いしれるかのような深いため息を漏らす。
((ああ、お待たせしました、母上。……さあ、本当の最後の仕上げだ、ジュリアス))
僕は血涙を流して震えるジュリアスの首へと、冷たい両手をそっと回した。
あの忌まわしき調印式の日、最愛の母の命が散らされた、あの悍ましい記憶と全く同じ角度で、その肌に指を食い込ませる——。
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