崩心:最後の砦
「何、を……何を言っているんだ、お前は……。エッタが、いない……?」
ジュリアスの顔が凍りついた。
だが次の瞬間には、あいつの脳裏には、僕があの可憐で無垢なブルネッタを無残に殺害したという最悪の光景でも浮かんだのだろう。
一瞬にして絶望が激しい怒りへと変わり、手足の拘束を力任せに振りほどこうと、狂ったように暴れ始めた。
鉄枷が肉を削り、鈍い音が地下牢に響く。
「貴様……ッ!!エッタを殺したのか!?あの身重の身体に何をした、この化け物がァ!!人殺し!悪魔め!!呪われて死ね、カース!!!」
口から血混じりの唾を吐き散らし、ありとあらゆる罵詈雑言の限りを尽くして僕を呪うジュリアス。
僕はその醜い足掻きを、まるで壊れた玩具を憐れむような目で見下ろしながら、小首を傾げて美しく微笑んだ。
「まさか。人聞きが悪いな。僕はそんな酷いことはしないよ、ジュリアス。彼女はね――自分の意思で、お腹の子と一緒に実家へ帰っただけさ」
「……、……な……?何を、言って……」
現実逃避をしているのか、頑なに理解を拒む彼の耳元で、僕は死神の囁きのように甘く、残酷な真実を吹き込み続けた。
「言葉通りの意味だよ。彼女はもはや君の妻じゃない。君という泥舟から、実に賢く飛び降りたのさ。自分と息子の身の安全も、実家の存続も――君の命以外はすべて僕と交渉して守りきったよ。情より実利を取る、本当に貴族らしい高潔な女性だね?」
ブルネッタ夫人自身が城の鍵を開け、手引きしたという『共犯の核心』だけは、あえて伏せておいてやった。
けれど、案の定、ジュリアスにとって、その事実は何よりも重く、冷酷な現実としてその胸に突き刺さった。
自分が命をかけて守ろうとした牙城。
自分を愛してくれていると盲目的に信じていた、可憐な妻。
そのすべてが、自分がこの暗い地下で血を吐きながら苦しんでいる間に、自分を見捨ててとっくに光の当たる場所へと逃げ去っていたのだ。
「う、嘘だ……嘘だ!エッタが私を見捨てるはずがない……!私を愛していると言ってくれたんだ!そんなの、嘘だァァァ!!」
『見苦しいわねぇ、ジュリアス。愛?そんなもの、破滅が決まった男の前で何の役に立つっていうのよ。彼女が愛していたのは「辺境伯としてのあなた」であって、「地下牢の家畜」になったあなたじゃないのよ』
脳内で『私』が、冷ややかな嘲笑を浴びせる。
この広い世界に、自分を助けに来る味方など、最初から一人も存在しない。
完全に孤立無援であることを悟ったジュリアスは、やがて叫ぶ気力すら失っていった。
喉を詰まらせ、ただ壊れた人形のように激しく涙を流して、終わりのない絶望の深淵へと沈んでいく。
復讐の天使が奏でる旋律は、弟の肉体だけでなく、その魂の最後の拠り所すらも、容赦なく冷酷に磨り潰していくのだった。
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