開演
僕は、恐怖でガタガタと小刻みに歯を鳴らすジュリアスの頬を、冷たい掌で包み込みそっと持ち上げた。
二次性徴を迎え、僕よりはいくぶん逞しく育っている。
しかしまだ、あの忌々しい父上よりは遥かに華奢な体格だ。
髭こそないけれど、肩ほどまで伸ばした髪を上品なリボンで纏め、前髪を後ろに撫でつけた髪型は父上そっくりで、見ているだけで虫酸が走る。
掴んでいた手を不意に離してやると、ジュリアスはグッと顎を引き、憎悪を孕んだ目で僕を睨みあげてきた。
まだそんな抵抗の意思が残っているとは、実に素晴らしい。
それでこそ、徹底的に壊しがいがあるというものだ。
シュル、と微かな衣擦れの音を立てて、彼の髪を縛っていたリボンを指先で解いてやる。
拘束が解けた髪が、ハラリと彼の頬に落ちてきた。
オリーブブラウンのサテン地に、榛色の刺繍――それは昨晩、僕に夫を売り渡したブルネッタ夫人の色彩そのものだった。
「夫人と同じ色なんだね。……その髪型は、父上の真似かな?」
不意にリボンを奪われ、僕の言葉の意味を察したのか、ジュリアスが狂ったように暴れ出す。
鉄鎖が激しくジャラジャラと音を立てた。
「そのリボンを返せッ!エッタを……私の妻を何処へやった!!彼女に指一本でも触れてみろ、私はお前を絶対に――!」
「ふふ、夫人の心配をするのが、少しばかり遅いよ、ジュリアス」
我が子を身籠っている妻を置き去りにして部屋に引きこもっていた男が、今更になって夫人の名を叫ぶなど、情けないことこの上ない。
((僕なら、何があっても真っ先にアイシャの心配をするのにね……))
僕は熱り立つ弟の怒号を完全に無視して、愛おしげに言葉を続けた。
「ああ、でも、やっぱり僕たちの顔は母上似だよね。こうして髪を下ろすと、本当にそっくりだ……」
ピクリとジュリアスの動きが止まり、ハッと息を呑む気配がした。
『女にみえる』という言葉の真意を――これからその身に何が起こるのかを、彼は正しく理解したのだろう。
まるで鏡を見ているかのように僕と瓜二つの、けれど恐怖で醜く歪みきった弟の顔。
「綺麗な髪だね、ジュリアス」
こればかりは本心だった。
僕のアイシャには決して敵わないが、ここ数週間、酒浸りで乱れた生活を送っていたというわりには、酷く傷んでいるようには見えない。
艷やかな髪に僕の細い指先が触れると、彼はビクリと大きく肩を震わせ、蛇に睨まれた蛙のように僕の手を凝視した。
僕はそのまま彼の髪に指を通し、子供を宥めるかのように、優しく、優しくその頭を撫でてやる。
「何、を……何をする気だ……!まさかお前、私に――」
「ジュリアス、僕は勘のいい子が大好きだよ……」
((勝手に最悪の展開を想像して、勝手に極限まで怯えてくれるからね……))
脳内の『私』が、あきれ果てたように『最近のあなた、本当に性格が悪いわよ……』とため息を吐いたのが分かった。
「兄上……!頼む、頼むから許してくれ……!悪かった、私が悪かったから……!」
「許すわけないだろう、ジュリアス」
僕は引き攣った笑みを浮かべる弟の耳元にそっと顔を寄せた。
そして、かつて世界を魅了した、あの甘美で美しいソプラノで、愛を囁くように残酷な言葉を紡ぐ。
「ジュリアス、君は男としての誇りに満ち溢れていたよね。その完璧な肉体で、僕を化け物と蔑んだ。……だからまずは、それを綺麗に壊してあげるよ」
僕がパチンと室内に響く音で指を鳴らす。
それを合図に、地下牢の重い鉄扉の向こうから、欲望に目をぎらぎらと血走らせた大柄な私兵たちが、下卑た笑みを浮かべて次々と姿を現した。
じっとりとした男たちの視線が、床に転がるジュリアスへと注がれる。
迫り来る異様な気配に、ジュリアスが顔を青ざめさせ、ガチガチと歯を鳴らしながら後ずさろうとする。
僕は私兵たち全員に聞こえるよう、再度、最初の演目を宣言した。
「お前は僕の身体を切り刻み、不完全な化け物にした。……今度は、お前がその完璧な身体を、男たちの手でめちゃくちゃに汚される番だ。お前が絶望して泣き叫んで、その綺麗な顔が血と涙で汚れていくのが、本当に楽しみだよ――」
僕は底冷えするような笑みを浮かべ、男たちに向けて静かに右手を挙げた。
「――存分に可愛がってあげなさい。死なない程度に、ね」
「い、嫌だ……!来るなッ!触るな!触るなァァァーーーッ!!!」
地下牢の冷たく湿った空気の中に、ジュリアスの限界を迎えた絶望の絶叫が木霊する。
かつて僕が奪われたすべてを、今度は僕があいつから、肉体だけでなく精神の根底から貪り尽くしてやる。
トラッドの完璧な嫡男を永遠の地獄へと突き落とす、血と蜜に塗れた『真の復讐劇』が、いま、最も悍ましく美しい形でその幕を上げるのだった。
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