調律の始まり
僕が短く合図を送ると、部屋の外で気配を消し待機していた屈強な私兵たちが、勢いよく扉を開け放った。
にやにやと下品な笑みを浮かべながら一歩前へと踏み出し、ジュリアスの退路を完全に塞ぐ。
剥き出しにされた濃厚な悪意。
それに気圧され、蛇に睨まれた蛙のように竦み上がったジュリアスは、腰を抜かしたまま部屋の中央へとずるずると後ずさる。
そんな哀れな獲物へ向けて、拘束役の私兵二人が容赦なく距離を詰めた。
「ひっ、離せ!離せッ!私はトラッド辺境伯だぞ!!お前たち、自分が誰に手をかけているか分かっているのか!?」
ジュリアスは二日酔いで覚束ない身体のまま、怒りと恐怖に目を真っ赤に血走らせ、意味不明な怒号を喚き散らしながら必死に暴れた。
しかし、数多くの死線をくぐり抜けてきた大柄な私兵二人を相手に、ここ数週間ですっかり酒に溺れ切った身体で拘束を振り払うことなど、最初から叶うはずもなかった。
「大人しくしな、若旦那」
「っ、がは……っ!?」
ジュリアスの両腕は瞬時に背後へと捻り上げられ、容赦なく床に組み伏せられる。
ガチリ、と冷たく重い鉄の錠が嵌められる音が、静かな寝室に非情に響き渡った。
そのすぐ傍らでは、当代最高の闇医者ドクター・ピオが、朝日を受けて銀色に煌めくメスや不気味な形をした医療器具をカチャカチャと弄んでいた。
「クク……素晴らしい活きの良さですな。これなら、いくら刻んでもそう簡単には壊れませんぞ、カース様」
闇医者が歪んだ笑みをジュリアスに向けると、彼はガチガチと歯を鳴らして怯え、さらに狂ったように叫び始めた。
「いやだ、助けてくれ!エッタ!エッタ、どこだ!!私を助けてくれ、誰か――!!」
最後まで、自分を裏切ったとも知らずに愛しい妻の名を叫び、拘束から逃れようと必死に身を捩り抵抗するジュリアス。
だが、その悲痛な叫び声が響き渡る回廊の先には、あいつを地獄の底へと売り飛ばした張本人、ブルネッタ夫人の姿など、影も形もなかった。
「往生際が悪いな。さあ、行くぞ」
「止めろ!離せ、離してくれカース――!!」
自分の足で立つことすらできなくなったジュリアスは、そのまま私兵たちによって両脇を抱えられ、陽の光も一切届かない、冷たく不気味な地下牢へと、引き摺るように連行されていった。
絨毯に残された、無様な抵抗の跡を一瞥し、僕は静かに獲物の後を追う。
さあ、待ちに待った特等席での鑑賞タイムだ。
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