支配者の帰還
「――え?」
ジュリアスの動きが、完全に凍りついた。
差し出しかけた手が空中でぴたりと止まり、その瞳が信じられないものを見るように見開かれる。
彼の耳に届いたのは、鈴を転がすような美しい声。
ただし、愛しい妻のブルネッタのものとは明らかに違うそれは――かつて自分が『去勢された化け物』と呼び、地下牢へハメ、母もろともすべてを奪ったはずの、あの美しすぎる兄のソプラノだった。
「愛しい夫人でも、従者でもなくて悪いね。でも代わりに、優しい兄上が会いに来てあげたよ」
シャァッ、と音を立ててカーテンを大きく開けてやると、容赦のない朝の光が僕の顔をはっきりと照らし出した。
天性の美貌に底知れぬ暗黒の陰を纏った、復讐の権天使の姿を。
「ひっ……!か、か、カース……!?な、何故、何故お前がここに……!?おい、衛兵!誰か、誰か!!」
ジュリアスは短い悲鳴を上げながらベッドから無様に転げ落ち、狂ったように扉を両手で叩いて叫んだ。
激しい衝撃で扉がガタガタと音を立てる。
だが、どれだけ喉を枯らして叫ぼうとも、彼を助けに駆けつける者は誰もいない。
北口の見張りも、この部屋の周囲の近衛兵も、すべては彼の愛する『エッタ』によって、とうの昔に排除されているのだから。
冷え切った廊下には、ただ彼自身の情けない叫び声が虚しく反響するだけだった。
「無駄だよ、ジュリアス。どれだけ叫んでも誰も来ない。君の誇る頑強なお城はね、もう僕の庭なんだ」
ゆっくりと歩みを進め、僕は扉の前で腰を抜かして這いつくばるジュリアスを見下ろした。
彼の顔が、信じられないほどの恐怖と絶望によって、みるみるうちに醜く歪んでいく。
かつて僕をこの辺境伯邸から追い出した時の、あの傲慢な余裕などどこにもない。
『最っ高の目覚めね、ジュリアス。待ちに待った復讐劇の開幕よ。さあ、たっぷり楽しませてもらいましょうか』
脳内で『私』が、極上のざまぁに高揚し、歓喜に震える声を上げて高笑いを響かせた。
((ああ、始めよう。僕とお母様が味わった、あの暗く冷たい地獄の分の――長い長い、終わりのない復讐の時間をね))
「……お前たち、出番だ」
「クク……お待ちしておりました」
僕の呼びかけに応じ、部屋の影からドクター・ピオと拘束役の私兵二名がその不気味な姿を現す。
僕は床に這いつくばる実の弟を見下ろし、かつてないほど深く、そして残酷にほくそ笑むのだった。
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