毒婦の貌
一週間後。
夜の闇が深く垂れ込める頃、僕は教皇の金で雇い入れた冷酷な私兵たち、そして闇医者ドクター・ピオを従え、トラッド辺境伯邸の北口へと辿り着いた。
ブルネッタ夫人が手紙に記していた通り、勝手口の見張りはすべて彼女の手の者に差し替えられていた。
鉄錆の匂いが混じる冷たい夜風の中、僕たちの侵入を咎める者は誰一人としていない。
それどころか、夫人の息がかかった案内役の侍女が、僕たちを執務室の奥、ジュリアスが引きこもる寝所へと音もなく導いていく。
城を内側から開け放つ裏切りの手際の良さに感心しながら進む中、薄暗い回廊の角で、僕は今回の『共犯者』であるブルネッタ夫人と初めて直接、顔を合わせることになった。
「……あなたが、カース様ですね」
そこに佇んでいたのは、臨月間近の大きなお腹を優しく抱えた、まだ少女の愛らしさを多分に残した若く健康な美女だった。
豊かに波打つ艶やかなオリーブブラウンの髪、月光に濡れる榛色の大きな瞳、そして守ってあげたくなるような儚げな雰囲気。
夜の森に遊ぶ無邪気な妖精のようなその姿は、とても、自分の夫を地獄へ売り飛ばす手引きをした張本人には見えなかった。
『……嘘でしょう。あんなに可憐で無垢に見える若奥様が、裏では実家と自分のために、夫を拷問死させる計画に加担してるなんて……。女って本当に恐ろしいわね。共犯者の私たちでさえ「まさかこの人が?」って騙されそうになるもの』
脳内で『私』がゾッと身震いするような気配と共に呟く。
((フッ……だからこそ最高さ。完璧な嫡男として育てられたあのジュリアスだ。さぞかし、この美しく従順な新妻を溺愛し、盲目的に信じ切っていたことだろう。その愛妻からの、文字通り『命をかけた裏切り』だ。あいつにとって、これ以上の絶望はない……))
ブルネッタ夫人は、僕の冷徹な姿を見るなり、非の打ち所がない優雅な所作で一礼した。
そして、自らの大きなお腹をいかにも愛おしそうに撫でながら、鈴の鳴るような心地よい声で囁いた。
「お待ちしておりました、カース様。主人は奥の寝室で、迫り来る恐怖を紛らわせるように酒に溺れて眠っております。……どうか、私と、このお腹の子に、輝かしい未来を」
「約束は守るよ、夫人。君の実家の安全もね。……賢い選択をしてくれて、ありがとう」
僕が唇の端を吊り上げて冷たく微笑むと、彼女も満足そうに微笑み返し、何事もなかったかのように音もなく闇の奥へと去っていった。
自分の夫が、これからどれほど凄惨な地獄を味わうことになるのか。
そんなことは、もう彼女の綺麗な頭には一切ないのだろう。
ただお腹の中の我が子と、自分の実家の安泰だけを見つめている。
「――さて、ドクター。愛しい弟の寝顔を拝みに行くとしようか」
「クク……御意にございます、カース様」
僕は闇医者と私兵たちを従え、裏切りによって完全に無防備となったジュリアスの寝室の扉へと、ついに辿り着くのだった。
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