聡明なる毒婦
ジュリアスの妻、トラッド辺境伯夫人ブルネッタの行動は、僕の予想を遥かに超えて迅速、かつ冷徹極まるものだった。
彼女の実家は、王国北西部に領地を持つ中堅貴族のデキムス子爵家。
先の戦争において、トラッド辺境伯家と共に親帝国派の旗頭として謀反に加担していた、いわば同じ穴の狢であり、ドブネズミの身内だ。
僕が教皇の刺客を使って北部領主たちを次々と見せしめに血祭りに上げている現状を、彼女が知らないはずがなかった。
ブルネッタは、僕が送ったあの悪魔の脅迫状を読んだ瞬間、目の前に突きつけられた残酷な現実とその冷徹な本質をすべて見抜いたのだ。
((僕の狙いが『今は』ジュリアス一人だとしても、このまま夫に寄り添って抵抗を続ければ、自分もお腹の子も、そして北部領主同盟に名を連ねる実家の親兄弟も、一人残らず僕の私兵によって残酷に磨り潰される……))
そして数日後、僕の秘密の私邸に、彼女からの返信が音もなく届けられた。
机の上に広げた上質な紙の末尾には、彼女自身の指から流された、生々しく赤黒い血判がはっきりと押されていた。
「……ふっ、実に見事な決断だ、辺境伯夫人」
彼女にとって、すでに正気を失いかけている夫など、沈みゆく泥舟でしかなかったのだろう。
僕はその血判を指先でなぞりながら、低く笑った。




