涙の詰問
ある夜、僕が教皇庁の裏口から、王宮に間借りしている自室へと戻った時のことだった。
カチャリと扉を開けると、明かりの消えた暗がりの部屋の中に、二つの人影がじっと佇んでいた。
ミハイルとアイシャが、並んで僕を待っていたのだ。
月光に照らされた二人の表情は一様に硬く、そして見ていられないほど悲痛な色に染まっていた。
「……やっと帰ってきたね、カース」
ミハイルが、いつになく低く、張り詰めた怒りを孕んだ声で静かに僕を呼び止める。
「教皇庁の終身専属歌手なんて、歌うたいにとってはこれ以上ない名誉だ。だから、君が一般の舞台に立たなくなっても、僕は君の選択を応援しようと思っていた。……だけどさ、いくらなんでもおかしいだろう?!夜も満足に帰ってこないで、君は一体裏で何を企んでいるんだ……!君が裏社会の怪しい傭兵どもに、莫大な金を流していることくらい、僕の耳にだって入っているんだぞ……ッ!!」
「カース様……っ」
その隣で、アイシャが大きな瞳からポロポロと大粒の涙をこぼしながら、僕の外套の裾を掴んだ。
いまだ不自由なその脚で、崩れ落ちそうになりながらも、必死に僕に縋り付こうとしてくる。
「妻の私にも、親友のミハイル様にも、ずっとそんな隠し事をするなんて……酷いです……!お母様が亡くなられてから、最近のカース様はなにか、絶対におかしいです!まるで心だけが別の——どこか恐ろしい場所にいってしまったみたいで……。お願いです、お願いですから、本当のことを話してください……!」
二人の、魂を削り出すような叫び。
僕を心から心配し、あの日までの『優しかったカース』に戻ってほしいと切に願う、純粋すぎる愛の波動で、容赦なく僕の胸を刺し貫こうとする。
『カース……。お願い、もうこの辺りで二人には本当のことを伝えてあげて……。あなたのやってることは、あなたを一番大切に思ってくれている人たちを、一番深く傷つけているわ……!』
脳内で『私』が、耐えかねたように絶望的な声を上げる。
けれど――。
僕の胸の奥で、ゴウゴウと禍々しい音を立てて燃え盛るジュリアスへの憎悪の炎は、彼らの美しい愛を受け入れることすら拒絶した。
本当のことを話せば、彼らは間違いなく僕の復讐を止めにかかるだろう。
「そんなことをしてもお母様は喜ばない」と、綺麗事を並べて。
ジュリアスを最も凄惨な方法で嬲り殺すという僕の『聖戦』を、彼らの無垢な『正しさ』で邪魔されてたまるものか。
「ミハイル……アイシャ……」
僕はうつむき、狂人の仮面を貼り付けたまま、掠れた声で呟いた。
「……ごめんよ」
次の瞬間、僕は強く掴まれていたアイシャの細い手を、優しく、けれど確固たる拒絶の意志で以て振り払った。
差し伸べられた救いの手を自ら断ち切り、僕は完全に、引き返せない闇の深淵へと足を踏み出すのだった。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけると大変励みになります!
基本毎日更新です。
今後もよろしくお願いします!




