化けの皮
『それから、純粋に「歌」で稼ぐにしても、カストラートは歴史上、最強のハイリターンを叩き出せる職業だったわ。画家や彫刻家と違って、高価な絵の具や大理石、専門の画材を買い揃える必要が一切ない。あなた自身の喉一つが最高級の商品だから、初期投資のコストが実質ゼロなのよ』
脳内の『私』は、プロのプロデューサーさながらに冷徹な数値を弾き出しながら、さらに言葉を続けた。
その声には、覚悟を決めた者特有の鋭さが宿っている。
『これから世界中の大劇場や宮廷を巡業して、得られる破格の出演報酬や、盲目的なパトロンたちから貢がれる高価な宝石、美術品の類をすべて裏の貯蓄に回して、私兵の軍資金にするの。かつて地球の歴史では、一回のステージで普通の兵士の年収どころか、小さな街が丸ごと買えるほどの富を動かした伝説的なカストラートも実在したんだから』
((コストゼロの、純粋な利益、か……。実に見事な選択肢だ。世界中の愚民どもが、僕のこの声を求めて飢えている。なら、その渇望を利用して、毟り取れるだけの金を徹底的に毟り取ってやるまでさ))
ベッドの上で虚ろな狂人を演じ、アイシャたちの涙を誘いながらも、僕の脳内では『効率的な資金調達』と『パトロンの精神的籠絡』という、冷徹極まるマネープランが恐ろしい速度で構築されていく。
そんな僕の昏い野心に寄り添うように、脳内の彼女は深く息を吐き、どこか開き直ったような不敵な声を響かせた。
『……本当にやるのね、カース。あなたのあの神聖で美しい歌声を、血生臭い私兵を集めるための道具にするなんて……本当は胸が張り裂けそうよ。でも、私がどれだけ止めても、今のあなたは絶対に聞き入れないんでしょう?だったら――どうせやるなら完璧にサポートしてあげるわ。世界中の大富豪や権力者どもを、あなたのソプラノで骨抜きにして、身ぐるみ剥いでやりなさい!』
((ふふっ……ありがとう、『ミーナ』。やっぱり君は、僕の最高の共犯者だ。頼りにしているよ))
「また会う日まで……神のまもり……汝が身を離れざれ——」
部屋の外に誰かの気配を感じて、僕は再び、壊れた人形のようなソプラノで小さく賛美歌を呟いた。
周囲の人間が「哀れなカース様」と涙を流し、同情を寄せているすぐ足元で、権天使の皮を被った怪物は動き出していた。
実の弟を地獄の底へ引きずり下ろすための『最凶のパトロンギルド』を裏で形成すべく、少年は静かに、自らの牙たる喉を研ぎ澄まし始めるのだった。
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