最悪の終曲
「……だったら、もういい。行かせないぞ。母上は、永遠に私のものだ……!」
ジュリアスが、血走った目で、ボソリと呪詛を吐いた。
「ジュリアス、おやめなさ――」
母上が怯えと悲しみの混じった声をあげ、我が子を制止しようと手を伸ばす。
しかし、その拒絶の言葉が、少年の壊れた心にとどめの一撃を与えてしまった。
「拒むなァァァッ!!!」
僕たちが、そして周囲を囲んでいた屈強な衛兵たちが事態を察知して動き出すよりも、ほんの一瞬、ジュリアスの狂気が早かった。
ジュリアスは完全に理性を失い、常軌を逸した怪力で、隣に佇んでいた母上の細い首へと両手を掛け――。
――ゴキッ。
肉と骨が、あってはならない方向に捻じ曲げられた、鈍く静かな音が、重厚な謁見の間に残酷に響き渡った。
「……あ」
僕の口から、情けないほど小さな、掠れた声が漏れる。
母上の身体から、一瞬にしてすべての生気が失われていくのが分かった。
光を失った瞳が天を仰ぎ、糸が切れた操り人形のように、どさりと大理石の冷たい床へと崩れ落ちていく。
首があらぬ方向へ折れてもなお、その端正な顔立ちは精巧な人形のようで。
死してなお、悲しいほどに美しかった。
「は、母上……?」
もう一度呼んだ僕の声は、掠れてほとんど音にならなかった。
世界を動かし、数百万の民を狂信させたあの奇跡のソプラノが、いまは恐怖と絶望で完全に凍りついている。
目の前の現実を、脳が理解を拒む。
僕がすべてを投げ打って、何万人、何十万人もの命を背負って、泥水を啜りながらようやくここまで辿り着いた、その旅路の目的のすべてが、いま、目の前で物言わぬ肉塊に変わってしまった。
「ヒャハハハハ!ハハハハハハ!!」
凄惨な静寂に包まれた謁見の間に、甲高い、正気を失った笑い声が響き渡る。
声をあげて笑っているのは、実の母を手にかけた狂人だった。
「これで私のものだ!誰にも渡さない!兄上にも、世界にも、誰にもだァ!!」
ジュリアスは血走った目で僕を指差して笑い転げた後、完全に狂乱した様子で、背後の隠し通路へと脱兎のごとく逃げ出して行った。
「追え!大罪人を逃すな!」と叫び、衛兵たちが慌ててその後を追っていくが、地鳴りのような怒号も、僕の耳にはもう何も届かなかった。
『嫌……。嘘、嘘でしょ……エルザさん……!?カース、カース、しっかりして、カースーーーッ!!!』
脳内では『私』が、狂ったように僕の名を叫び、泣き叫んでいる。
けれど、僕の身体は鉛のように重く、指先一つ、半歩すらも動かすことができない。
呆然と立ち尽くす僕の耳の奥で、遠ざかっていくジュリアスの狂気混じりの悍ましい笑い声だけが、いつまでも、いつまでも冷酷に木霊していた。
――全てを取り戻したはずだった。
優しい仲間と妻の愛に支えられ、今度こそ平和な結末を迎えるはずだった。
だが、この世界を縛る冷酷な『運命』は、僕から最後の救いすらも、最も残酷で、最も悍ましい形で奪い去っていったのだった——。
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