壊れた旋律
『ABC同盟』が誇る圧倒的な軍事力を背景に、僕たちはローデンブルク帝国へ向け、最後にして最も寛大な『降伏勧告』を突きつけた。
グロリアーナからの痛烈な忠告と、スカロから教わった「被害者としての帝国民」への配慮。
そして何より、僕を支えてくれる最愛の妻の愛。
それらが僕の暴走しかけた怒りを完全に鎮め、提示された講和条件は、同盟軍の将兵たちが眉をひそめるほど、極めて理性的なものとなった。
「帝国領の割譲は要求しない。賠償金も最小限に留める。その代わり、条件は三つ。我が国の領土の完全な回復。全捕虜の解放。そして、帝国の庇護下にある我が母エルザ、および弟ジュリアスの身柄を、生きた状態でこちらに引き渡すこと」
この破格とも言える条件に、主力戦力を失い瓦解寸前だった帝国軍部は諸手を挙げて飛びついた。
すぐさま、帝国領となっていたトラッド辺境伯邸へと皇帝の直属軍が派遣され、幽閉同然だった母上は丁重に保護。
同時に、王国を裏切った大罪人であるジュリアスも、逃亡の隙を与えられず、抵抗もできぬまま捕縛された。
――そして、歴史的な調印式の幕が上がる。
舞台は帝国の首都、燦然と輝く大理石の重厚な謁見の間。
張り詰めた静寂が支配する空間で、ついに人質の引き渡しの瞬間が訪れた。
重々しい音を立てて大扉が開かれ、不安そうな表情で現れたのは――かつて冷酷な実家の中で、唯一僕を優しく抱きしめ、その存在を肯定してくれた、最愛の母上だった。
「――母上……!」
玉座の手前に立っていた僕は、理性を忘れて声を裏返らせた。
「カース……!ああ、カース、無事だったのね……!生き延びていてくれたのね……!」
夫と次男の引き起こした謀反に心を痛め、長男の生還を祈り続けていた母上。
その身体は酷くやつれ、衣装も生気を失ったように煤けていた。
けれど、僕の姿をその瞳に映した瞬間、母上は大粒の涙を流し、感極まった様子で僕の名を叫んだ。
その細く、今にも折れそうな身体をきつく抱きしめようと、僕が歓喜に震えながら一歩を踏み出した、その時だった。
「……カース……!?」
母上のすぐ後ろ。
罪人として、兵士たちに厳重に左右を固められて現れた弟――ジュリアスの顔が、この世のものとは思えないほど不気味に、悪鬼のごとく歪んだ。
「またか……!?また私を差し置いて兄上を……あの化け物を呼ぶのか……母上ぇぇぇッ!!」
狂気と嫉妬に完全に呑まれたジュリアスの、獣のような絶叫が、厳かな謁見の間に忌々しく響き渡った。
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