夜の訪問者
その夜、僕が滞在する王宮の客室は、蝋燭の炎が心細く揺れるだけの静寂に包まれていた。
昼間の喧騒が嘘のように冷え切ったその部屋に、気配を殺した足音が近づき、扉が静かに開く。
現れたのは、キャプテン・スカロだった。
彼は海賊帽を乱暴に脱ぎ捨てると、いつもの豪快な笑みを完全に消し去り、僕の正面にある椅子へ音もなく腰掛けた。
その鋭い眼光が、じっと僕の顔を値踏みするように見つめる。
「昼間は随分と物騒なツラをしてたじゃねぇか、カース。……お前らしくもねぇ」
低く、けれど確かな重みを持った声が室内に響く。
僕は思わず不快感を隠そうともせず、冷ややかな視線を返した。
「……僕らしくない? 僕は、奪われたものを取り戻したいだけだ。あの帝国が僕たちにした悪逆を思えば、滅ぼされて当然の――」
「お前、そっくりだよ」
スカロは僕の言葉を容赦なく遮った。
けれど、その瞳に宿っていたのは、激しい怒りではない。
僕の心を見透かすような、哀れむような、それでいてどこか不器用な優しさを孕んだ眼差しだった。
「親兄弟に理不尽に振り回されて、身体を傷つけられ、利用され尽くしたお前とな。……いいか、カース。帝国の一般国民も、全く同じなんだよ。誰も好き好んで世界を敵に回したいわけじゃねぇ。あいつらは、狂った皇帝や軍部っていう理不尽な『実家』に振り回されているだけの、憐れな被害者なんだ」
「――っ!?」
スカロの言葉が、僕の胸に鋭く突き刺さった。
みぞおちを強く殴られたような衝撃が走り、息が詰まる。
吐き出そうとした言葉が喉の奥で凍りついた。
かつて父上に『化け物』と罵られ、ジュリアスに居場所も尊厳も全てを奪われた、あの泥水を啜るような日々——。
あの時の僕が抱えていた、世界そのものを呪いたくなるような絶望と、今、帝国の身勝手な上層部の命令で戦場に駆り出され、あるいは同盟軍という巨大な暴力の脅威に怯えている帝国の民の絶望が、同じだと言うのか——。
いつから僕は、自分が一番憎んでいたはずの『理不尽に踏みにじる側』に回ろうとしていたのだろうか。
驚愕に震える僕を見つめながら、スカロはふっと口元を緩め、どこか遠い目をして語りかけた。
「お前の歌は、人の怒りを鎮め、傷ついた心を癒す力がある。神殿前で歌ったあの歌を、俺は今でもハッキリ覚えてるぜ。……お前のソプラノなら、敵の心の傷だって癒せるはずだ。銃や大砲じゃなく、歌で終わらせてみせろよ、なぁ『権天使』様よ」
スカロの言葉は、肥大化した僕の全能感を優しく、しかし、確実に溶かし、流していった。
己の傲慢さに気づかされ、呼吸が浅くなる僕の脳裏に、追い打ちをかけるように『私』の静かな声が染み込んでいく。
『……スカロの言う通りよ、カース。私も、彼に全面的に同意するわ。私たちが本当に戦い、打ち倒すべきなのは、帝国という国そのものじゃない。こんな風に人間を追い詰める運命の不条理や、人の心を狂わせる世界の仕組みそのものなのよ』
脳内の『私』の言葉と、目の前の男の言葉。
二つの灯火が、僕の足元に広がりかけていた暗闇を優しく照らし出す。
復讐の炎に焼かれ、怪物になりかけていた僕の手の中で、指揮杖が微かに震えていた。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけると大変励みになります!
基本毎日更新です。
今後もよろしくお願いします!




