小さな歪み
しかし、一瞬だけ脳裏をよぎったその不気味な違和感すらも、いまの僕の胸の奥底で膨れ上がる、肥大化した『万能感』が瞬く間に塗りつぶしていった。
押し寄せる勝利の果実と、数百万の人間を動かしているという全能の快感が、警戒心の針を麻痺させていく。
「……まあ、いいじゃないか。結果オーライだよ、『ミーナ』」
口元にふっと冷ややかな笑みを浮かべ、僕は心の内でそう嘯いた。
『カース……?』
脳内の彼女の声が、微かに震える。
いつになく弱気な、そしてどこか引いたような声音。
けれど、今の僕にはその戸惑いすら心地よいノイズに過ぎなかった。
「これでジュリアスもレオンも終わりだ。僕を『化け物』と呼んだ父上の言葉が、何から何まで間違っていたんだと、世界に証明できる。僕にはそれだけの価値があるんだ。もう誰も、僕を見下すことなんてできない……」
独りごちるように呟きながら、僕は壁に掛けられた大きな姿見の前に立った。
じっと、鏡に映る自分の顔を見つめる。
そこには、かつて音楽院の片隅で、ただ純粋に歌を愛し、友と笑い合っていた無垢な少年の面影は残っていない。
他者を盤上の駒として冷酷に操り、大義名分という名の免罪符を掲げて権力の頂点に君臨する男。
美しく整ったその輪郭には、かつて僕をカストラートという呪われた道へと突き落とした、あの憎き血脈と同じ――どこか冷たく、傲慢に歪み始めた『権力者』の貌が、確かに刻まれ始めていた。
『(嘘……。カース、あなた、少し変わっちゃった……?復讐のために、あの最悪な父親やジュリアスと同じような「傲慢な側」に……あいつらと同じ地獄に、引きずり込まれそうになってる……!?)』
脳内で、彼女が息を呑む気配がした。
けれど、恐怖に満ちたその戦慄の呟きすら、今の僕の耳には、世界の頂点へと登り詰める階段の足音にしか聞こえなかった。
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