親友の発破
ある日の夕暮れ、部屋が夕日で真っ赤に染まる頃――ミハイルが、いつになく険しい表情で僕の部屋の扉を乱暴に開けて入ってきた。
彼はベッドに力なく座り込む僕に歩み寄ると、痩せ細った両肩を強く掴み、無理やり引き剥がすように冷たい床の上へと立たせた。
「いつまでそうやって拗ねているつもりだ、カース!」
「……っ」
声が出ない僕は、ただ苦痛に顔を歪めることしかできない。
そんな僕を、ミハイルのどこまでも真っ直ぐな瞳が射抜く。
「君を呪って死んだ男の言葉と、君の歌を愛して、君のおかげで生きている僕たちの言葉。どちらが真実か、まだ分からないのか!?歌うことを止めた君なんてただの抜け殻、死んだも同然だ!」
ミハイルは僕の胸ぐらを掴み、その美しく透き通ったソプラノを限界まで張り上げた。
それは、腫れ物に触れるようなただの慰めではない。
かつてSMPC音楽院で、共に魂を削りながら頂点を競い合った『生涯の好敵手』としての、誇り高き怒りだった。
「……だったら、これで勝負だ。高音勝負だ、カース!」
ミハイルは僕の目を真っ直ぐに見据え、不敵に、そして強烈に挑発してみせた。
「かつて音楽院の誰もが届かなかった、あの超高音域の限界に、今ここで、どちらが先に到達できるか勝負する。もし君が声も出せずに負けたら――今日から僕が、君に代わって『権天使筆頭』の座を名乗らせてもらうよ!!」
その言葉に、僕の脳内で息を潜めて見守っていた『私』が、ガタリと立ち上がった。
『――っ!よくも言ってくれるじゃない、ミハイル! カース、聞いた!?あいつ、あなたの命よりも、魂よりも大切な「権天使筆頭」の座を、横取りするって言ってるのよ!音楽院で死ぬ気で勝ち取ったあの栄光を、こんなところでみすみす譲り渡すつもり!?』
ミハイルの鋭い眼差しが、僕の胸の奥深く、氷の下で燻っていた小さな火種をジリジリと焦がしていく。
((……譲れない。実家に裏切られ、ジュリアスにすべてを奪われ、レオンに笑われ……傷付きながらそれでも守り抜いた、僕と『ミーナ』の絆の証。その唯一の証だけは……大親友にだって、譲ることなんて、絶対にできない……!))
理不尽への怒りと、音楽家としてのプライド。
それらが、凍りついていた僕の喉を猛烈に突き動かした。
僕はミハイルの手を、その胸を力任せに押し返し――2ヶ月ぶりに、涸れ果てていたはずの声を荒々しく絞り出した。
「……受けて、立つよ……ミハイル……っ!」
カサついた、けれど確かな意志を孕んだ僕の声に、ミハイルの口元が歓喜に歪む。
失意の底から、いま一度『音楽』という名の戦場へ。
親友が仕掛けた命懸けの発破に、折れかけていた天使の翼が、再び微かに翻ろうとしていた。
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