届かぬ親愛
薄暗い尋問室の冷たい空気の中、椅子に縛り付けられた父・ルドルフは、自嘲気味に、しかし奇妙なほど誇らしげにこう語り出した。
出陣する前、トラッド辺境伯邸の自室の机に、ある一通の『遺書』を遺してきた、と。
「……『此度の謀反、および帝国への内通の全責任は、このルドルフ・ディ・トラッド一人が負うものである。次期当主ジュリアス・ディ・トラッドは何も知らぬ』とな。ククク……これで王国も、帝国も、貴様の同盟軍も、ジュリアスを咎めることはできん。我が愛すべき嫡男は、無罪放免だ」
「な、んだって……?」
耳を疑う僕に、父上は冷酷な、しかし一人の父親としての狂気的なまでに歪んだ愛に満ちた目で告げた。
父上が遺したその遺書の目的――それは、すべての罪を自分が背負って死ぬことで、最愛の息子であるジュリアスを『残虐な父親に騙されただけの、哀れな無実の被害者』に仕立て上げること。
そして、トラッド辺境伯家の血脈と未来のすべてを、彼一人に託すことだったのだ。
((じゃあ……僕が今まで、命がけで帝国から助け出そうとしていた母上は……?ジュリアスを無罪にするプロセスのための、ただの『巻き添え』の部品だったっていうの……!?))
『ふ、ふざけないでよ……ッ!!じゃあ何、この最低の父親は、クソ泥棒弟のためだけに、国を売り、お母様を危険に晒し、カストラートのあなたを道具として使い潰したっていうの!?どこまであいつを贔屓すれば気が済むのよ!!』
あまりの理不尽さに激昂する脳内の『私』の絶叫を裏で聞きながら、僕は震える足で、鉄格子の向こうの父上へと一歩、近づいた。
「どうして……どうしてそこまでジュリアスばかりを愛するんですか……っ!僕だって、あなたの血を引く息子だ!あなたに一言でも『よくやった』と認められたくて、世界最難関の音楽院で必死に努力して、頂点まで上り詰めたんだぞ!トラッド辺境伯家の名声も上がって、僕はあなたや家門に貢献できたはずだ!それなのに、どうして……っ!」
溢れそうになる涙を堪え、魂を絞り出すように訴える僕に対し――。
父上は、僕が生れてから一度も見せたことのないほどの、凄まじい『憎悪』を全身から剥き出しにして、ガンッ!!と鉄格子を激しく叩きつけた。
「黙れッ!この『去勢された化け物』めがッ!!」
「――っ!?」
あまりの怒声の風圧に、僕は息を呑んで立ちすくむ。
「貴様さえ、貴様さえこの世に生まれなければ……!ジュリアスが最初から我が家の完璧な、唯一無二の嫡男として輝けたのだ!人を誑かす類稀なる悪魔の歌声を持って生まれ、周囲の耳目を集め、カストラートなどという不完全な紛い物の身体になり下がってもなお、世界に名を馳せる貴様の存在が……ッ!常にジュリアスの未来の邪魔をし続けたのだ!貴様さえ、我がトラッド家に生まれなければ……っ、ジュリアスは私の誇りある、完璧な息子でいられたのだ!!」
鉄格子の向こうで、狂ったように叫ぶ実の父親。
その目に宿るあまりにも純粋な『嫌悪』に、僕はただ、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
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